人間を裏切った元勇者ですが、なぜか相棒が迎えに来ました。

藤原遊

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第1章 裏切り

第3話 託すという裏切り

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転移陣が展開されるとき、音はなかった。

空間が折り畳まれる感覚だけが、足元から這い上がってくる。
慣れた感覚だ。天使として、戦場で何度も使ってきた。

――だから、平気だ。

そう思おうとして、思考を止める。

光が反転し、視界が切り替わる。
湿り気を帯びた空気と、重い魔力の層。
魔王城の結界内だ。

背後で、高位悪魔が一歩距離を取る。
護衛として、干渉しないという意思表示。

私はそれに頷きも返さず、歩き出した。

考えない。
振り返らない。

ここで立ち止まったら、意味がなくなる。

石造りの回廊を進みながら、意識の端に、どうしても浮かぶものがある。

――最後に一緒にいたのは、ユリアだった。

剣を抜こうとしていた姿。
理解できない状況でも、前に出ようとした気配。

ベルなら、あの場にいたら、絶対に違う選択をした。

止めただろう。
話を聞いただろう。
交渉という形で、私を連れ戻そうとした。

それが分かっていたから。

だから、ベルがいない状況を選んだ。

……それ以上は、考えない。

理由を並べ始めたら、必ず「言えばよかった」という結論に行き着く。
そうなったら、足が止まる。

私は、自分で選んだ。
それだけで、十分だ。

「――こちらです」

悪魔の声が響く。
丁寧で、感情のない案内。

私は頷き、視線を前に固定する。

胸の奥に、鈍い痛みが残っている。
名前をつけるなら、後悔に近い。

でも、それを後悔だと認めた瞬間、
私は引き返してしまう。

だから、これは違う。
違うことにする。

「ベルを頼んだよ」

あの言葉が、意図せず蘇る。

お願いでも、命令でもない。
期待でもない。

……それでも、手放した言葉だった。

ベルの隣に立つ未来を、私自身が切り離した。

それを、誰のせいにもできない。

魔王城の中庭に出る。
空は暗く、けれど不思議と穏やかだった。

ここでなら、姉は守られる。
魔族たちも、回復を必要としている。

だから――正しい。

そう言い聞かせる。
証明する必要はない。
疑問を持つ必要もない。

私は歩く。
前だけを見る。

今はまだ、これでいい。

正しかったかどうかは、
いつか――考えられる日が来たら。

そのときまで、
私は、この選択を「考えない」まま抱えていく。
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