人間を裏切った元勇者ですが、なぜか相棒が迎えに来ました。

藤原遊

文字の大きさ
4 / 6
第2章 魔王軍の日常

第1話 帰還

しおりを挟む
魔王城は、静かだった。

戦場に近い場所だというのに、血の匂いも、怒号もない。
石造りの回廊は広く、天井は高く、魔力の流れは穏やかに整えられている。

――記憶にある。

この空気。

天使の国が滅びる前。
父と母がまだ生きていて、城が「守るための場所」だったころの、あの感覚。

「リュシー!」

呼ばれた瞬間、抱きしめられた。

迷いのない腕。
羽根が擦れる音と、懐かしい香り。

「……姉様」

セラフィエルは、私の顔を確かめるように少し距離を取り、それからもう一度、強く抱き寄せる。

「無事でよかった……本当に……」

声が、震えている。

天使の国が滅び、離れ離れになってから、こんなふうに名前を呼ばれたのは久しぶりだった。
あの頃と同じ呼び方。
あの頃と同じ距離。

一瞬だけ、時間が戻ったような錯覚を覚える。

「心配をかけました」

そう言うと、セラフィエルは少しだけ眉を下げた。

「戦う必要なんてないのよ。リュシーは。
危ないことは、もうやめて」

責める声ではない。
守りたいという気持ちだけが、まっすぐに込められている。

私は視線を落とし、少し考えてから、静かに首を振った。

「……できることは、やりたいですから」

拒絶ではない。
でも、譲歩でもない。

セラフィエルは何か言いかけて、結局それ以上は口にしなかった。
代わりに、そっと私の肩に手を置く。

「あなたがそう言うなら……」

そのやり取りを、玉座の前から見ていた魔王が、ゆっくりと口を開いた。

「意思は尊重しよう」

低く、落ち着いた声。

「だが、セラフィエルの気持ちも分かる。
前線に立つなら、護衛をつける」

異論はなかった。
命令でも、取引でもない。

「無理はさせない」

ただ、それだけだった。

その日から、私は魔王軍の一員として迎え入れられた。

部屋は広く、必要なものはすべて揃っている。
回復役としての環境は、これ以上ないほど整えられていた。

移動の際には必ず護衛がつき、戦場では最も安全な位置が与えられる。
判断を仰がれ、指示は求められるが、最終的な決定は上位が下す。

回復役としては、理想的だ。

無駄な危険は排され、損耗は最小限に抑えられる。
誰も、私を使い潰そうとはしない。

「……守られている」

そう思った。

それは、間違いなく事実だった。

ここでは、誰も私を疑わない。
天使の血も、立場も、過去も。

ただ「リュシー」として、迎え入れられている。

城の窓から外を見下ろす。
整然とした兵の配置。
無駄のない動線。

すべてが、管理され、整えられている。

私は、胸の奥に残るものを、その時はまだ言葉にしなかった。

今はただ――
戻ってきたのだと、そう思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった

海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····? 友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...