5 / 6
第2章 魔王軍の日常
第2話 正しい護り
しおりを挟む
魔王軍の戦場は、ひどく整っていた。
混乱はない。
怒号も、無秩序な踏み込みもない。
前に出る者、距離を取る者、後方で詠唱を待つ者――それぞれの位置は最初から決められていて、誰もがその枠から外れない。
「リュシエル様はこちらへ」
護衛の声に導かれ、私は自然と一歩下がった。
最前線から半歩後ろ。敵の魔力も、衝撃も、直接届かない位置だ。
回復役としては、理想的な配置だった。
視界は広く、味方全体の動きが見える。詠唱を妨げられることもなく、魔力の消耗も最小限で済む。
求められるのは判断ではなく、反応だけだ。
傷が生じた瞬間に回復を重ねる。
指示が飛べば、それに従う。
無駄がなく、無理もない。
誰も死なない。
――それなのに。
戦闘が終わったあと、胸の奥に残ったのは、奇妙な空白だった。
「ありがとうございます、リュシエル様」
兵たちは深く頭を下げる。
その敬意も感謝も、本物だと分かる。だからこそ、返す言葉に一瞬だけ迷ってしまう。
役に立っていないわけじゃない。
むしろ、私は“最適に使われている”。
それなのに、どこか遠い。
自分は確かに戦場に立っていたはずなのに、気づけば一歩引いた場所から眺めていたような感覚が残っている。
「……問題はありませんでしたか?」
護衛が気遣うように声をかけてくる。
「ええ。大丈夫です」
そう答えると、相手は安堵したように頷いた。
それ以上、何も問われない。
判断を仰がれることもない。
危険を引き受けるかどうかを選ぶ必要もない。
――選ばなくていい。
その事実が、なぜか胸に引っかかった。
これは守られているということだ。
姉も、魔王も、私を危険に晒したくないだけなのだと分かっている。
分かっているからこそ、この違和感を否定できない。
私は戦場にいる。
回復役として、求められた役割を正確に果たしている。
それでも、“任されている”感じがしない。
できることをやっているだけ。
求められた分だけ、働いているだけ。
それが、少しだけ――息苦しい。
戦闘が終わり、隊列が解ける。
誰も怪我をしていない。それは良い戦だったはずだ。
それなのに私は、無意識に拳を握りしめていた。
何かを失ったような気がして、
それが何なのか、まだ言葉にできないまま。
混乱はない。
怒号も、無秩序な踏み込みもない。
前に出る者、距離を取る者、後方で詠唱を待つ者――それぞれの位置は最初から決められていて、誰もがその枠から外れない。
「リュシエル様はこちらへ」
護衛の声に導かれ、私は自然と一歩下がった。
最前線から半歩後ろ。敵の魔力も、衝撃も、直接届かない位置だ。
回復役としては、理想的な配置だった。
視界は広く、味方全体の動きが見える。詠唱を妨げられることもなく、魔力の消耗も最小限で済む。
求められるのは判断ではなく、反応だけだ。
傷が生じた瞬間に回復を重ねる。
指示が飛べば、それに従う。
無駄がなく、無理もない。
誰も死なない。
――それなのに。
戦闘が終わったあと、胸の奥に残ったのは、奇妙な空白だった。
「ありがとうございます、リュシエル様」
兵たちは深く頭を下げる。
その敬意も感謝も、本物だと分かる。だからこそ、返す言葉に一瞬だけ迷ってしまう。
役に立っていないわけじゃない。
むしろ、私は“最適に使われている”。
それなのに、どこか遠い。
自分は確かに戦場に立っていたはずなのに、気づけば一歩引いた場所から眺めていたような感覚が残っている。
「……問題はありませんでしたか?」
護衛が気遣うように声をかけてくる。
「ええ。大丈夫です」
そう答えると、相手は安堵したように頷いた。
それ以上、何も問われない。
判断を仰がれることもない。
危険を引き受けるかどうかを選ぶ必要もない。
――選ばなくていい。
その事実が、なぜか胸に引っかかった。
これは守られているということだ。
姉も、魔王も、私を危険に晒したくないだけなのだと分かっている。
分かっているからこそ、この違和感を否定できない。
私は戦場にいる。
回復役として、求められた役割を正確に果たしている。
それでも、“任されている”感じがしない。
できることをやっているだけ。
求められた分だけ、働いているだけ。
それが、少しだけ――息苦しい。
戦闘が終わり、隊列が解ける。
誰も怪我をしていない。それは良い戦だったはずだ。
それなのに私は、無意識に拳を握りしめていた。
何かを失ったような気がして、
それが何なのか、まだ言葉にできないまま。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―
喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。
そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。
二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。
最初は手紙も返ってきていたのに、
いつからか音信不通に。
あんなにうっとうしいほど構ってきた男が――
なぜ突然、私を無視するの?
不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、
突然ルイスが帰還した。
ボロボロの身体。
そして隣には――見知らぬ女。
勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、
私の中で何かが壊れた。
混乱、絶望、そして……再起。
すがりつく女は、みっともないだけ。
私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。
「私を簡単に捨てられるとでも?
――君が望んでも、離さない」
呪いを自ら解き放ち、
彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。
すれ違い、誤解、呪い、執着、
そして狂おしいほどの愛――
二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。
過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃
ぜらちん黒糖
恋愛
「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」
甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。
旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。
「それは本当に私の子供なのか?」
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
婚約破棄された夜、最強魔導師に「番」だと告げられました
有賀冬馬
恋愛
学院の祝宴で告げられた、無慈悲な婚約破棄。
魔力が弱い私には、価値がないという現実。
泣きながら逃げた先で、私は古代の遺跡に迷い込む。
そこで目覚めた彼は、私を見て言った。
「やっと見つけた。私の番よ」
彼の前でだけ、私の魔力は輝く。
奪われた尊厳、歪められた運命。
すべてを取り戻した先にあるのは……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる