世界を救った聖女ですが、浮気されたので魔王と手を組みます

藤原遊

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第5章 人間側との決裂

5-3

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夜も更け、魔王城は静まり返っていた。

扉を叩く音は、控えめだった。
リュミエールが応じると、そこに立っていたのはヴァルだった。手には、湯気の立つミルクと、小さな皿に載せた菓子。

「……遅くにすまない」

そう言いながら、どこか気まずそうに差し出す。

その光景に、リュミエールは思わず笑った。

「あなたが、ミルクとお菓子を持って人の部屋を訪ねてくるような人だって分かっていたら」

肩の力を抜いたまま、冗談めかして言う。

「戦わなかったかもしれないわ」

ヴァルは一瞬、言葉に詰まり、それから小さく息を吐いた。

「……それは困るな」

「え……?」

「君は余計な被害を出さないように戦ってくれていた。君が戦ってくれなければ被害はもっと大きかっただろう」

部屋に入り、簡素な卓にミルクを置く。
沈黙が落ちるが、それは居心地の悪いものではなかった。

しばらくして、ヴァルが低く問いかける。

「……悲しくはならないのか」

視線は合わせないまま、けれど声音は真剣だった。

「自分が守った人間に、ああやって裏切られて。
辛くないわけがないだろう」

その言葉と同時に、ヴァルの手が伸び、そっとリュミエールの頬に触れる。

指先は、驚くほど優しい。

堪えていたものが、そこで決壊した。

一筋、涙が頬を伝う。

リュミエールは何も言わない。
ヴァルも、何も言わず、その涙を静かに拭った。

「……もう割り切ったはずなのに」

小さく、独り言のように呟く。

「おかしいわね」

ヴァルは、距離を詰めるでもなく、ただ隣に腰を下ろす。

「何も、おかしくない」

短く、はっきりと。

「君は、ちゃんと傷ついた。
それだけだ」

少し間を置いて、続ける。

「今は対等な仲間だ。
……頼っていい」

その言葉に、リュミエールはゆっくりと息を吐いた。

「……羨ましかったの」

視線を伏せたまま、正直に言う。

「魔王軍の、仲間同士の信頼関係が。
命を預け合って、役割を分かち合って……」

ヴァルは、穏やかに言った。

「もう、その仲間だろう?」

リュミエールは顔を上げ、涙を残したまま、泣き笑いになる。

「こんなお人好しが魔王だったなんて。
私に負けるわけだわ」

ヴァルは、少しだけ目を細める。

「だからこそ、仲間に恵まれた」

その答えに、リュミエールは声を立てて笑った。

二人は顔を見合わせ、同じように笑う。

それは、勝者と敗者でも、聖女と魔王でもない。
ただ、同じ夜を共有する者同士の笑顔だった。

静かな部屋に、温いミルクの香りが残る。

この夜、二人の間にあったのは誓いではない。
約束でもない。

ただ――
確かな信頼だけだった。
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