世界を救った聖女ですが、浮気されたので魔王と手を組みます

藤原遊

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第5章 人間側との決裂

5-6

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朝の魔王城は、相変わらず忙しかった。

配給の調整、農園予定地の確認、復興計画の進捗。魔王軍はまだ再建の途中にあり、やるべきことは山ほどある。その中心で帳簿を広げているのが、サキュパスのリリスだった。

「……はいはい、そこは削減。こっちは優先」

指先で紙を叩きながら指示を飛ばす。
その背後で、リュミエールが静かに立っていた。

「この数字、少し違うわね」

「あ、そこ?」

覗き込んでくる距離が、近い。

リリスは一瞬だけ眉を上げたが、何も言わない。

「……ほんとだ。助かる」

それだけで会話は終わる。
礼も、遠慮も、過剰な敬意もない。

しばらくして、ヴァルが執務室から姿を見せた。

「次の会議は午後だ。午前は各自判断で動いていい」

簡潔な指示。
その視線が、自然とリュミエールのいる位置を捉えていることに、リリスは気づいた。

ほんの一瞬。
けれど、確かに。

リュミエールもまた、その声に反応して顔を上げる。
必要以上に意識している様子はない。ただ、呼ばれれば振り向く、それだけの動き。

「……ねえ」

リリスは帳簿を閉じ、肘をつく。

「気づいてる?」

「何を?」

リュミエールは首を傾げる。

「城の空気。少し変わった」

「そう?」

「そう」

即答だった。

「ヴァルも、あんたも。
前より、余計な距離を取らなくなった」

リュミエールは少し考えてから、肩をすくめる。

「仕事が増えただけじゃない?」

「違うわね」

リリスは即座に否定する。

「近いのよ。
寄りすぎでもないし、離れすぎでもない。
でも、以前とは違う」

言い切ってから、ふっと笑う。

「……あんたたち、安心してる顔してる」

リュミエールは、その言葉に一瞬だけ視線を伏せた。

否定はしない。
肯定もしない。

「名前を付けるほどのものじゃないわ」

ぽつりと、そう言う。

「今は、まだ」

「そう」

リリスは頷く。

「急いで決める必要なんてないもの」

立ち上がり、窓の外に視線を向ける。

「魔族はね、言葉より空気で分かるの。
誰のそばが楽なのか、どこに戻るのか」

リュミエールは答えない。
ただ、書類に視線を落としたまま、その言葉を受け取る。

執務室の向こうで、ヴァルが魔族たちに指示を出している。
王としての声だが、以前より硬さがない。

リリスは小さく息を吐く。

「……似てるわね、あんたたち」

「そう?」

「ええ」

それ以上は言わない。

リュミエールも、何も返さなかった。

関係に名前はない。
約束も、定義も、まだ存在しない。

けれど――
この距離を、不自然だと感じる者は、もう誰もいなかった。

城の中で、静かに、確かに。
二人の間にあるものは、周囲にだけ、ゆっくりと伝わり始めていた。
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