世界を救った聖女ですが、浮気されたので魔王と手を組みます

藤原遊

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第6章 選択と未来

6-1

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城の外は、夕暮れに沈みつつあった。

城壁の向こうに広がる荒地は、農園予定地として整えられ始めている。まだ土は固く、芽吹きの気配もない。それでも、ここに根を張らせるつもりなのだと、誰の目にも分かる光景だった。

リュミエールは、その様子を見下ろしながら、城の回廊に立っていた。

人間の国からの使者は、もう来ていない。
取り戻すための言葉も、謝罪も、説得も――すべて尽きた。

それでも、完全に終わったわけではない。
戻ろうと思えば、戻れる。

肩書きも、役目も、用意された居場所も。
向こうには、まだ形だけは残っている。

背後から、足音がした。

振り返らなくても、誰かは分かる。

「……ここにいたか」

ヴァルの声だった。

「ええ」

短く答える。

しばらく、二人は並んで景色を眺めていた。
会話はない。けれど、沈黙は重くなかった。

「人間の国から、正式な連絡は来ていない」

ヴァルが、事実だけを告げる。

「今後も、来ないだろう」

「そうでしょうね」

リュミエールは淡々と応じた。

奪えないと分かれば、執着は形を変える。
人はいつも、そうだった。

ヴァルは一拍置いてから、続ける。

「……もし」

その言葉に、わずかな間が生まれる。

「戻るつもりがあるなら、止めはしない」

命令でも、引き留めでもない。
王としての判断でもない。

ただの、確認だった。

リュミエールは、すぐには答えなかった。

城の中で過ごした日々を思い返す。
役割を求められない時間。
名を呼ばれるだけの関係。
必要以上に近づかれず、遠ざけられもしない距離。

そして――
夜の静けさ。

「……戻らないわ」

視線を前に向けたまま、はっきりと言う。

「もう、戻る理由がないもの」

ヴァルは何も言わない。
驚きも、安堵も、表に出さなかった。

それでも、その沈黙は拒絶ではなかった。

「ここにいるのは」

リュミエールは続ける。

「誰かに求められたからじゃない。
守る役目があるからでもない」

一度、息を吸う。

「私が、ここにいたいと思っただけ」

それは、聖女としての選択ではない。
使命でも、義務でもない。

ただの、個人の意思だった。

ヴァルは、ゆっくりと頷く。

「……分かった」

それ以上、何も問わない。
条件も、見返りも、言葉にしない。

その態度に、リュミエールは小さく息を吐いた。

「不思議ね」

「何がだ」

「こうやって言葉にしたら、迷いが消えた」

ヴァルは、ほんのわずかに目を細める。

「選んだということだ」

肯定でも、誘導でもない。
ただ、事実を受け止めただけの声だった。

空の色が、完全に夜へと移る。

城の中に、灯りがともり始める。

リュミエールは、その光を見つめながら、静かに言った。

「ここにいるわ。これからも」

約束ではない。
誓いでもない。

けれど、その言葉は、もう戻れない選択だった。

ヴァルは、城へ向かって歩き出す。

「……夕食の時間だ」

「ええ」

並んで歩く。
肩が触れそうな距離。

名前のない関係のまま、
それでも同じ方向を選んだことだけは、はっきりしていた。

この選択が、何に繋がるのか。
まだ、誰も口にしない。

だが――
引き返す道が、静かに消えたことだけは、確かだった。
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