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七斗学院の静かな午後。
俺とククルは、学院の迎賓室に案内されていた。
いつもの応接室よりも、さらに格式高い部屋だ。
部屋に入ると、先客が一人──青みがかった長い髪に、透き通るような水色の瞳。
繊細な顔立ちに穏やかな微笑みを浮かべた、ノイトラール共和国の学生──ウェバルが待っていた。
「ジム、ククル。今日は突然呼んでしまって、ごめんね」
そう言うウェバルの声は、いつものように柔らかい。
だが──その背後に控えている彼の侍従らしき男たちが、彼の立場を静かに物語っていた。そういえば、ノイトラール共和国の首長の子だったか。
「い、いえ……こちらこそ、わざわざありがとうございます」
ククルが緊張気味に礼を述べる。俺も慌てて頭を下げた。
「……ご招待、感謝します」
ウェバルは小さく首を振った。
「ううん。そんなに構えなくていいんだよ。今日は正式な外交じゃなくて、少しだけ君たちと話がしたくて来たんだ」
そう言うと、侍従に軽く目配せをし、部屋から下がらせる。
途端に、空気が少しだけ柔らかくなった。
「七斗学院は楽しい?」
ククルは少し笑顔を浮かべて頷いた。
「はい。勉強も大変ですけど……でも、ジムも一緒ですし」
「そっか。良かった」
ウェバルは嬉しそうに目を細めた。まるで年下の弟のような無邪気さがあった。
けれど──本題は、ここからだ。
「……実は、君たちのことは前々から気にしてたんだ。ノイトラール共和国としてね」
ウェバルの声音が少しだけ真剣になる。
「君たちは、特にククルは──混血でありながら本当に貴重な資質を持ってる。ジムもそう。竜族の血を引き、なおかつ理知的に立ち回れる混血は、そう多くないから」
──そう、俺たちは今、立場を巡って各国から水面下で注目されている。
フェーゲの竜族ナーガ家、天使の系譜を重んじる学術者たち。
レイド王国の旧貴族たちの思惑──
それは何となく、俺も察していた。
「もちろん、君たちが今すぐに国を移すべきなんて思ってないよ?」
ウェバルは柔らかく笑う。
「今のラグエンティ伯爵家、ニコラウス商会──その庇護は立派なものだ。僕はその恩を君たちが大切に思ってるのも理解してる」
俺は少し息を吐いた。
「……ありがとうございます。正直に言えば、今はその恩を返したい。ここまで来られたのは、ラグエンティ伯爵家とニコラウス商会のおかげですから」
「僕も同じです」
ククルもすっと隣で続けた。
相変わらず控えめながらも、芯の通った声だった。
ウェバルは、ふっと小さく笑った。
「──だと思った。でもね、ジム、ククル」
彼は声を少しだけ潜める。
「世の中、何が起きるか分からない。もし──君たちの今の庇護先が揺らぐようなことがあったら」
そこまで言って、彼は優しく言葉を重ねた。
「その時は──ノイトラール共和国へおいで。僕たちの国は、混血の子たちの逃げ場所でありたいと思ってるから」
その言葉は、まるで温かな毛布のようだった。
強引な引き抜きではなく、ただの「避難場所の約束」。
ククルが少し潤んだような瞳でウェバルを見上げた。
「……ありがとうございます。とても……心強いです」
「いいんだよ。僕は君たちに無理をさせるつもりはない。ただ──覚えておいてくれたら嬉しい」
ウェバルの笑顔は本当に優しくて、押し付けがましさは微塵もなかった。
──まるで、この目の前の幼ささえ感じさせる少年こそが”中庸の国”ノイトラールの象徴なのだと感じるほどに。
「……感謝します」
俺は素直に頭を下げた。
こうして──また一つ、俺たちは新たな繋がりを得たのだった。
**
その夜。
学院寮の自室で、ククルは小さく俺の袖をつまんだ。
「……ジム」
「ん?」
「……僕、やっぱり今はここにいたい。ジムの隣で、学院で学んで、皆と一緒に」
その顔は、儚げで、それでも確かな決意を宿していて──
「ああ。お前がそう思う限り、俺はここにいるさ」
俺はそっと、ククルの細い肩を抱き寄せた。
「どんな国から誘われたって──お前が望まない限り、俺たちは変わらない」
ククルは小さく笑い──俺の胸元に静かに額を預けてきた。
「……ありがとう、ジム」
その温もりに、俺もそっと目を閉じた。
──まだ道のりは続く。
だが、こうして支え合う限り、俺たちはきっと大丈夫だ。
俺とククルは、学院の迎賓室に案内されていた。
いつもの応接室よりも、さらに格式高い部屋だ。
部屋に入ると、先客が一人──青みがかった長い髪に、透き通るような水色の瞳。
繊細な顔立ちに穏やかな微笑みを浮かべた、ノイトラール共和国の学生──ウェバルが待っていた。
「ジム、ククル。今日は突然呼んでしまって、ごめんね」
そう言うウェバルの声は、いつものように柔らかい。
だが──その背後に控えている彼の侍従らしき男たちが、彼の立場を静かに物語っていた。そういえば、ノイトラール共和国の首長の子だったか。
「い、いえ……こちらこそ、わざわざありがとうございます」
ククルが緊張気味に礼を述べる。俺も慌てて頭を下げた。
「……ご招待、感謝します」
ウェバルは小さく首を振った。
「ううん。そんなに構えなくていいんだよ。今日は正式な外交じゃなくて、少しだけ君たちと話がしたくて来たんだ」
そう言うと、侍従に軽く目配せをし、部屋から下がらせる。
途端に、空気が少しだけ柔らかくなった。
「七斗学院は楽しい?」
ククルは少し笑顔を浮かべて頷いた。
「はい。勉強も大変ですけど……でも、ジムも一緒ですし」
「そっか。良かった」
ウェバルは嬉しそうに目を細めた。まるで年下の弟のような無邪気さがあった。
けれど──本題は、ここからだ。
「……実は、君たちのことは前々から気にしてたんだ。ノイトラール共和国としてね」
ウェバルの声音が少しだけ真剣になる。
「君たちは、特にククルは──混血でありながら本当に貴重な資質を持ってる。ジムもそう。竜族の血を引き、なおかつ理知的に立ち回れる混血は、そう多くないから」
──そう、俺たちは今、立場を巡って各国から水面下で注目されている。
フェーゲの竜族ナーガ家、天使の系譜を重んじる学術者たち。
レイド王国の旧貴族たちの思惑──
それは何となく、俺も察していた。
「もちろん、君たちが今すぐに国を移すべきなんて思ってないよ?」
ウェバルは柔らかく笑う。
「今のラグエンティ伯爵家、ニコラウス商会──その庇護は立派なものだ。僕はその恩を君たちが大切に思ってるのも理解してる」
俺は少し息を吐いた。
「……ありがとうございます。正直に言えば、今はその恩を返したい。ここまで来られたのは、ラグエンティ伯爵家とニコラウス商会のおかげですから」
「僕も同じです」
ククルもすっと隣で続けた。
相変わらず控えめながらも、芯の通った声だった。
ウェバルは、ふっと小さく笑った。
「──だと思った。でもね、ジム、ククル」
彼は声を少しだけ潜める。
「世の中、何が起きるか分からない。もし──君たちの今の庇護先が揺らぐようなことがあったら」
そこまで言って、彼は優しく言葉を重ねた。
「その時は──ノイトラール共和国へおいで。僕たちの国は、混血の子たちの逃げ場所でありたいと思ってるから」
その言葉は、まるで温かな毛布のようだった。
強引な引き抜きではなく、ただの「避難場所の約束」。
ククルが少し潤んだような瞳でウェバルを見上げた。
「……ありがとうございます。とても……心強いです」
「いいんだよ。僕は君たちに無理をさせるつもりはない。ただ──覚えておいてくれたら嬉しい」
ウェバルの笑顔は本当に優しくて、押し付けがましさは微塵もなかった。
──まるで、この目の前の幼ささえ感じさせる少年こそが”中庸の国”ノイトラールの象徴なのだと感じるほどに。
「……感謝します」
俺は素直に頭を下げた。
こうして──また一つ、俺たちは新たな繋がりを得たのだった。
**
その夜。
学院寮の自室で、ククルは小さく俺の袖をつまんだ。
「……ジム」
「ん?」
「……僕、やっぱり今はここにいたい。ジムの隣で、学院で学んで、皆と一緒に」
その顔は、儚げで、それでも確かな決意を宿していて──
「ああ。お前がそう思う限り、俺はここにいるさ」
俺はそっと、ククルの細い肩を抱き寄せた。
「どんな国から誘われたって──お前が望まない限り、俺たちは変わらない」
ククルは小さく笑い──俺の胸元に静かに額を預けてきた。
「……ありがとう、ジム」
その温もりに、俺もそっと目を閉じた。
──まだ道のりは続く。
だが、こうして支え合う限り、俺たちはきっと大丈夫だ。
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