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貴女から奪ったすべてを、今

貴女から奪ったすべてを、いま

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 もう、昨日までのラウではない。
 ちいさな可愛いラウ。
 ころころと喜怒哀楽の表情を変える幼いラウ。

 アリストラムだけのラウでは──なくなっているのに。
 狂おしいほどにまだラウでいて欲しい、いてくれればいいと願い続けて、叶わずにまた、抱く。

 ここにいるのは。
 死にかけの。
 雌の魔狼だ。

 ラウがびくりと身体を震わせた。
 全身がおそろしいほどの熱を帯びはじめている。

 狂ったように熱が上昇してゆくラウの身体を、アリストラムは自らの肌で冷やし抱いた。
 いくら冷たく濡らした布を置こうとしても、発作が起きればラウはすべてを引き裂いてしまう。他に方法はなかった。

 アリストラムは手を、身体を洞窟の氷水に浸し、その冷え切った手で暴れるラウの頬を、首を、全身を押さえ込みながら冷やし続けた。

 もう、自分のことはどうでもよかった。次に発作が起きたら、今度こそ耐えきれないかも知れない。意識さえ取り戻してくれたら……そう思うものの、ただ同じ事を繰り返すだけではもう、きっと、二度とラウは目覚めない。

 残る手段は、ひとつ。
 噛みきられた唇から流れる血をぬぐい、アリストラムはラウの裸身を見下ろした。

 いつか、こうなることは分かっていた。犯した罪からは決して逃れられない。

 ラウと出会った、あの日。
 街の肉屋をさんざん荒らしまわったという小憎らしい魔妖のこどもを追いつめ、それでも必死にソーセージと骨付き肉を両手にひっつかんで何とか逃げようとする首ったまを引っ掴んで、ぶらんとぶらさげて。
 じたばたする尻尾をぎゅっと引っ張ると、その小さな狼は逃げられないと分かっていてもまだ諦めず、がぶりと噛みついてこようとした。

(おやおや、元気の良いことですね。でも、泥棒は悪いことです。悪いことをする子はお仕置きですよ。いいですね?)
(う、う、うるせえッ! なれなれしく触るんじゃないっ! ニンゲンのくせにっ!)

 振り向いた瞬間、翡翠の瞳が子供っぽい怒りの涙でいっぱいになっているのを見た。

 ゾーイと同じ翡翠の眼をしていた。
 ゾーイと同じ銀碧の毛並みを持っていた。
 ゾーイとうりふたつの顔立ちをした、ちいさな、ちいさすぎる狼の子。


「貴女から奪ったすべてを」
 アリストラムは眼を閉じた。ラウに引き裂かれた傷だらけの胸に手を当てる。
 ぽつん、と、翡翠色の光が滲み出た。
「今、貴女に返せば」
 アリストラムは苦痛に顔をゆがめた。

 光はますます強まり、隠しきれぬ奔流となってこぼれ出てゆく。
 押さえた指と指の間から、まるで血のように翡翠の光があふれ、したたりおちる。
「眼を覚まして……くれますか……?」
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