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第7章:お姫様は歯槽膿漏で歯抜けの12歳ですが何か?

第2話

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「いいですか? 間もなく王女様がおみえになりますが、今回の治療の事は他言無用です。これは、単純に王女様の名誉のためというよりも、そもそも王族の健康状態に関わるあらゆる情報は国家機密なのです。その意味をよく理解して下さい」
「副室長の姉ちゃん、それはさっきも聞いたから、心配するなって。それよりも足踏み式ドリルと椅子の設置を始めちまってもいいのかい?」
「え、ええ。お願いします。あ、床の養生はお願いしますね。絨毯が敷いていない場所は大理石ですから」
「やれやれ。床を傷つけるな、ってか。おい、床屋の姉ちゃん、毛布かなんか敷いておいてくれ」
「え~、おっさんがやれよ…」
「き、きん、緊張しますね。お、おう、王女様に直接お会いできるなんて…」
「人並みに緊張しているのは、僕とターコネルさんだけのようですね。僕の場合は奴隷の立場ですから、余計に立ち居振る舞いを気にしてしまいそうです。手許が震えて失敗するような事がなければいいですけれど…」
「奴隷の兄ちゃん、ドリルと椅子の設置をするけどよ、今日は、診察で治療方針を固める方が先決じゃないのかい?」
「歯の状況によりますけれど、あまり出入りの回数は増やしてほしくないとの事でしたので、今日できるところはやってしまおうと思いますよ」
「出入りしてほしくない? ああ、妙な噂が立つとまずいからか。せっかく王室と関わりになれたのに、商売の宣伝に使えないとなるとギルド長は不満だろうな」
「まあそれは仕方ないですね。でも国に存在を公認して貰えるとしたらそれだけでも充分な価値がありますよ」
「あ、奴隷くん、みんな、お姫様が来たみたいだよ」
「では、皆さんお静かに。王女様がおいでになりました」
(か、かわいい…! ネグリジェ姿かあ…。ねえ奴隷くん、さすがお姫様って美貌だよな)
(まだ少女ですね。カネマラさんよりも若い。12歳前後でしょうか。無表情ですね…)
「王女様、こちらに。この方たちが、王女様の歯の治療にあたる者たちです」
「ぺこり」
「あ、ええっと…。じゃあ、この椅子に腰掛けて頂けますか? まず、口腔内の状態を診察させてください。あ、副室長さん、あそこの窓のカーテンを開けてしまってもいいですか?」
「あの窓ですか? もちろんです。開けてきましょうか」
「ああ、ありがとうございます。はい、大丈夫です。これで口腔内が見やすくなります。さてっと。じゃあ、王女様、口を開けて頂けますか?」
「……」
「口を開けて頂けます?」
「……」
「ええっと…。あの…その…。口を…」
「王女様、そのように固く唇を結ばれますと治療ができませんよ。口を開けて差し上げて下さい」
「…あ~ん…」
「あ、いいですね。そのまま顎をあげて。もうちょっと大きく口を開けて頂けます?」
「王女様、もう少し口を開けて差し上げて下さい」
「あ~ん! …って、口の中見せるの恥ずかしいんですからね! あたくし、自分の歯が誰よりも良くない事を、ちゃんと知っているんですのよ」
「王女様、お気持ちは解りますが、この者たちはプロの歯の医師ですから、恥ずかしがる必要はありません。プロの方が、王女様の歯を侮辱することなんてありませんから…」
「うわ~お姫様すげぇや。あたしが抜歯するまでもなく、歯抜けじゃん」
「おい、床屋の姉ちゃん、副室長の姉ちゃんの話聞いてたか? 口を慎めってんだ」
「だってさ、おっさん…」
「な、なんて無礼なんですの! …で、でも、本当の事だから、言い返せませんわ…」
「クーリーさん、王女様への侮辱はおやめ下さい。そして王女様、大人しく指示にしたがって下さいね」
「…わ、わかりました…。ふんっだ。あ~ん!」
「ご協力感謝しますよ、王女様。口を…そう、こっちに向けて下さいね。はい…はい…なるほど。ターコネルさん、症状と治療方針のメモをお願いしますね」
「は、はい、わか、解りました」
「正直、歯並びは悪くないですけれど、歯周病が酷いですね。歯周ポケットの深度を測るまでなく、歯周炎を起こしている歯が何本かありますし…抜けてしまったのは、やはり歯槽膿漏が原因でしょう。プラーク性ペリオ(歯垢や歯石が要因の歯周病)だな…。SRP(スケーリング&ルートプレーニング。歯周ポケット内の歯石を取り出す治療)だけでなんとかいけそうかな…。あとは細かな虫歯の治療ってとこでしょうか。抜けてしまった歯はインプラントしたいところですが…」
「い、いん、インプラント…」
「ええ、人工的に作った歯を、チタンのボルトで顎に固定するんです。審美性も機能性も高いんですが、さすがにこの世界では難しいかな…。他にも、ブリッジといって人工的に作った歯を被せるやり方もあるんですが、健康な両隣の歯を削らなければならないし、このドリルでそこまでの精度を出すのは難しいでしょう。あとは入れ歯かな…」
「お、おう、王女様、ぬけ、ぬけ、抜けてしまった歯は、ほ、保存してありますか?」
「抜けた歯? そんなの取ってある訳ないでしょ?」
「そ、そう、そうですか…」
「確かに、とってあればキルベガンさんのスキルで固定してしまう手がありましたね…。例えば、象牙のような物から削り出した疑似歯を使えればいいんですが…。象牙だと柔らかすぎるかな」
「奴隷くん、あたしの店にあるのでよければ、今までに抜歯した沢山の患者の歯が転がってるよ」
「ああ、抜歯した歯ですか…なるほど」
「ちょ、ちょっとまって下さいな。何の話をされているんですの? まさか、庶民が抜歯した歯を、あたくしに付けようなんて思ってらっしゃらないですわよね?」
「う~ん。でも、存外に合理的かもしれないですね。齲蝕している部分だけ削って、ギルド長のスキルで整形して貰った物を、キルベガンさんのスキルで王女様の歯肉に固定する」
「よ、よく解らないですけれど、聞いていてあまり乗り気がしませんわね…」
「王女様、この機会を逃すと、最新の治療を受けられないかもしれません。国王様から、王女様の歯をちゃんと治すように仰せつかっておりますので、我慢なさってくださいね。シカイさん、大丈夫なのですね?」
「そうですね。治療方針はかたまりましたので、後はお任せ下さい、と言うしかありません」
「奴隷さん、カネマラ一個隊長は、あなたの治療を受けたのでしたわね」
「カネマラさんですか? ええ、そうですね。まだ矯正治療中ですけれど。虫歯が治って、大好きだったお菓子を食べられるようになった、と喜んでいましたよ」
「大好きなお菓子…。それは…素敵ですわね…。解りましたわ…。治療を始めてくださる?」
「ご理解感謝しますよ。では王女様、今日は、SRPをした後に齲蝕の切削、型取り、それから歯磨き指導と行きましょうか。かなりの長丁場になると思いますが、我慢なさって下さいね」
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