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第7章:お姫様は歯槽膿漏で歯抜けの12歳ですが何か?

第3話

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「さて、今日の診察で問題がなければ、王女様は晴れて歯科治療から開放という訳ですが…」
「奴隷さん奴隷さん、あたくし、もうすっかりいいのよ。ほら、ご覧になって。あ~ん!」
「どれどれ…と。はい、いいですね。歯磨きもしっかりしてらっしゃるみたいですね」
「あたりまえでしょ。あたくしを誰だとお思いなの?」
「王女様、歯磨きを忘れずにできているのは、お世話係の皆様のおかげである事をお忘れにならないよう」
「わ、わかってますわ。副室長のあなたに言われなくとも…」
「歯磨きの上手な王女様、次は歯の表面を見せて頂けますか? はい、い~」
「いぃ~!」
「差し歯の様子も問題ないですね。若干、健康な歯と色が違いますが、まあ近づいてよく見ないと解らないでしょう。普段の生活や、食事では不便はないですか?」
「不便どころか、絶好調ですのよ。よく眠れるようになりましたし、扇子で口を塞がずとも、大声で笑えるようになりましたの。お肉も塊にかぶりつける様になりましたのよ? お菓子も美味しくって…」
「それで、少しお太りになられましたね、王女様」
「ふ、副室長は少しおだまりなさいな」
「…失礼しました。ふふっ。でも、最近、王女様は笑顔が増えたように思いますよ」
「よろしい。歯周ポケットの深度も、まあ許容範囲です。では、王女様の虫歯治療はこれにて終了です」
「やったぁ!」
「あとは定期検診ですね」
「て、テイキケンシン…」
「また虫歯ができるといけないですからね。3ヶ月に1回はお口の様子を見せて下さいね」
「わ、わかりましたわ…」
「シカイさん、お礼を申し上げます。王女様の歯をここまで良くしていただいて。思ったより回数がかかりませんでしたね」
「矯正が不要でしたからね。幸いでした」
「…ちなみに、今日おいでなのは、シカイさんとターコネルさんのお二人だけですか?」
「はい、そうです。もう大掛かりな治療は不要でしょうから、最少人数で推参しましたが…何か?」
「実は、国王がお忍びであなた方にお会いになりたいそうです。ですので、できるだけ人数は少ない方が都合がよいと思いまして。特に、あの元気な女性の…」
「クーリーさんですね。確かに、彼女は少し、考えるより先に言葉に出てしまうタチでしょうから…」
「ですので、シカイさんとターコネルさんであればその心配がないかと…。しかしながら、国王と直接お会いになった事は決して口外しませんよう。国王が奴隷と直接会話したとなると国家の沽券にかかわりますので…」
「ええ、承知しております」
「副室長、国王が入られます」
「了解です、秘書室長。こちら室内問題ありません。お招きして下さい」
「国王、こちらへどうぞ。王女様もいらっしゃいます」
(こ、こ、この、この方が…こく、国王様…)
(お忍びだからでしょうか、服装は質素ですね。でも威厳があります)
「室長、こちらが?」
「ええ、こちらが、今回王女様の歯の治療をしたシカイ殿と、ターコネル女史です」
「そうか、あなた方が。噂は聞いている。それに、治療の様子や経過は、娘からも聞かされている。よくやってくれた」
「国家のお役に立てて、光栄です」
「うん。正直、他国から連れてきた奴隷だと報告を受けていた故、娘の治療にあたらせるのは悩んだ。当然、我が国家に怨恨があるだろうからな」
「ええ、信用していただいてありがとうございます。でも、僕は奴隷として連れられてくる前の国で、どういう立場でどういう人間だったか、覚えていないのです。ですから、怨恨と言われても、実はピンと来ないんです」
「それも聞いている。が、あなたを信頼できるかは解らなかった。だから、事前に色々と情報を収集させてもらった。最後はミドルトンとカネマラの首と交換だった。娘の治療中に何かあれば、すぐに対処できる体制を、裏では整えていたのだ。容赦願いたい」
「お父様、あたくしは奴隷さんの事を、そんな風には考えていなかったですわ」
「解ってる。だが、当然の対応だ」
「当然だと思います。だから、僕もそれなりに覚悟して臨みましたよ。でも、まだ僕の事を信頼しきるのは不用心だと思います。僕は、王女様を治療したことに対するメリットを頂いておりませんから」
「うん。そうだな。相互に対等な取引があって然るべきだろう」
「国王、お言葉ですが、いち奴隷と国家が取引をするのは、国威や威信の観点から感心できませんよ」
「秘書室長、お前の言うことはもっともだ。だが、それと同じくらい、お前がこの歯科医療技術の水準を兵器に例えたのも、国家として同意できる。この戦力を逃す手はない」
「しかし…取引は全て文面で記録が残ります。公になるまでもなく、契約室の人間は納得しないでしょう。もし情報がどこかから市井に漏れたとして、国民の理解を得られませんから」
「ねえ、お父様。国家として取引するのではなく、あたくしが個人として取引するのであればどうかしら? であれば、公な書面は必要ないでしょう?」
「お前が…か? ふむ…」
「ねえ、お父様、あたくしの治療の見返りに、奴隷さんに何を差し上げるの? 土地? お金? 宝石?」
「国家は、シカイ殿のチームとは末永く付き合いを続けていきたい。特に、兵力の増強の観点から言えば、すぐにでも歯に悩みのある兵士…残念ながら、それはほとんど全員かもしれないが…の治療に当たって欲しい。つまり、国家専属歯科医としてあなた方を召し抱えたい」
「国家専属…ですか…」
「不満か? 奴隷の就ける立場としては、これ以上は望めないぞ」
「そうですね…。不満ですね」
「も、もし、シカイ殿…。国王に対して、口の利き方に留意願いたいところです。下名がとりなした謁見で死者を出したとなると…たとえ奴隷の立場だとしても…」
「…面白い。言ってみろ。何が不満だ?」
「僕は、自分の医院を、一部の人間のための物にしたくないのです。国家専属となると、一般市民の歯の治療はできなくなるでしょう?」
「一般市民を優先したいのか? それは何故だ。金のためか? であれば、国家専属として働いた方が、いい金が出るぞ」
「いえ、誰かを優先する、という話ではないのです。ボランティアや慈善事業で歯科医療をするつもりは一切ありませんから。ただ、独立した医療法人として在りたいんです。国から、兵士に対する歯科検診や治療の仕事がこれば、その時の稼働状況をみて請けますし、市民の治療で手があかなければ、そちらを優先しつつ、国に診療予約をちゃんととってもらうようにしたいんです」
「ほう。この国で医院を開業しながらにして、国の命令には従えない、という事か。国家に充分なメリットがなければ、医院開業を拒絶する選択肢だってあるわけだが…」
「それは民主主義的ではないですね…」
「そうだ。この国は民主主義国家ではないからな。ましてや、お前は奴隷だろう」
「国家が僕の医院の経営に口を出せれば良いのでしょう?」
「経営…。まあ、そうなるかな」
「であれば、医院の株式を国で買ってくれませんか? この方法なら、国にも僕にも双方にメリットがあると思います」
「株式…か。なるほど。だが、買うとなれば、それなりの比率を買い上げるぞ」
「いいですね。安くないですよ、うちの株式は。国が株を持っているとなると、1株あたりの値段は釣り上がりますからね」
「国王、国家で株式を買うなんて、前代未聞です。判断は急がずに、契約室の人間やその他大臣の意見も聞いてからにした方がよろしいのではないでしょうか…」
「秘書室長の懸念はもっともだが、タイミングを逃したくない。既に今、選択肢は2つしかない。医院の株を買って経営に口出しをし、国家の為に働いてもらうか。あるいは歯科医チーム全員を切り捨てて技術が国外に流出することを防ぐか、だ」
「お父様、秘書室長さん、問題ありませんわ。あたくしが買います」
「え? 王女様、今、何とおっしゃいましたか?」
「ですから、あたくしが買います。奴隷さんの医院の株を、あたくしのお小遣いで買いますわ。この方法なら、国の威信と、奴隷さんの株価上昇の両立が可能ではなくって?」
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