堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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決壊する断罪フラグ(泣)

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「この婚姻――承ります」

静かな声だった。
だがその一言が、祝宴の空気を一瞬で凍らせた。

言葉の主は、漆黒の礼装に身を包んだ青年。
冷えた瞳に感情の色はなく、まるで予め決められていたかのように口を開いた。

廃太子・ラファエルの“肯定”。

スカーレットの頭の中で、何かが――パキン、と音を立てて砕けた。

(……はぁぁぁぁああああ!?)

表情こそ凍りつくことなく微笑を貼りつけているが、その内側では叫びが乱れ飛んでいた。

(いや、そこは断りなさいよ!?)

(あなたが愛してるのは“マリア”でしょ!?)

(なに悪役令嬢と婚姻関係を結ぼうとしてんの!?)

(そんな暇あったら、セシル王子からマリア様を取り返すとかしなさいよ!!)

一方的にYESと言われた形となり、スカーレットに選択肢は残されていない。

彼女は内心で舌打ちした。

(……でも、ここで私がNOを言ったところで、どうせ誰も聞いてはくれない)

(私は“光の加護”を持たない唯一の貴族令嬢。ただの飾り物で、悪役令嬢扱い。婚約破棄されたところで、もう“後がない”と思われてるのよ)

(だったら――)

視線を伏せて一拍置いたあと、再び顔を上げる。

「――分かりましたわ」

会場が一斉に息を飲む。

「ラファエル様がそのように仰るのであれば、私もその婚約を……受け入れます」

さらりと微笑みながら告げたその声は、まるで貴族のたしなみとして当然のように響いた。

(ここは受け入れる“フリ”だけしておいて、後で正式に“離婚”すればいいのよ……。結婚さえしなければ命は守られるはず!)

(あくまでこれは“建前”――そのつもりよ)

周囲からは驚きのどよめきが起こる。

「まさか……スカーレット様が……」
「堕天使様と……」
「まぁ……あのラファエル殿下が婚姻を受け入れるなんて……」

そのざわめきの中、
誰よりも静かに、そして誰よりも苦しげな表情を浮かべている男が一人いた。

カリム・アルベール・アーサー。
スカーレットの幼馴染であり、騎士見習いの青年だ。

その拳は、いつの間にかぎゅっと握りしめられていた。

(……なんだよ、それ)

(俺はてっきり、スカーレットのことを……セシル殿下も、少しは想ってたのかと思ってた。でも、浮ついた噂が本当で、あっさりマリア様の方にいくなんて……)

(それでも、きっと……スカーレットは、自由になって喜ぶはずだって……)

そう信じていた。
だが今、スカーレットは――あろうことか、“堕天使”と恐れられる廃太子との婚約を結ばされた。

しかも、笑ってそれを受け入れている。

(……笑ってんじゃねぇよ、スカーレット)

(お前、本当は……泣きたいんじゃないのか?)

胸の奥がざわつく。
守りたかった。
けれど、自分の立場も力も、まだ何一つ足りない。

(ちくしょう……!)

アーサーは、その拳に込めた悔しさを、誰にも見られぬように隠し続けた。

****

式場の隅、誰にも気づかれないように、白薔薇のように微笑みを浮かべるその顔の裏で――
聖女スーザン・サラン・マリアージュは、噛み切れそうなほど唇を噛んでいた。

(おかしい、おかしい、おかしい……!!!)

(なんでよ!? どうして!?)

視線の先には、堂々と黒と紅のドレスを纏い、式場の中心で涼しい顔をしているスカーレットの姿。

(本来ならこの婚約破棄イベントで、あなたは“白いドレス”を着てきて、
それで私と色かぶりしたって罵られて――怒りに任せてワインをぶちまけるんじゃなかったの!?)

(それが断罪の引き金! 断罪からの婚約式で大炎上して……そこから“死”へと落ちていくはずだったでしょう!?)

(なのに――なによ、この完璧な回避ムーブ……!!)

純白のレースドレスを纏った聖女マリアは、まさに“天使の象徴”。
その外見はいつも通り完璧で、周囲の視線も温かい。

だが、その心は今――炎上中だった。

(ワインもぶっかけられてない! 泣く準備もしてたのに!)

(それどころか、“離縁状”!? 何その回避技! 私、そのシーン知らない!)

(そもそもラファエルって……攻略対象の中で最難関中の最難関よ!?
イベントを全部こなしてもバッドエンドになりかける“隠しルートの闇属性男”なのに――)

(なに!? あの国王が突然割り込んできて、まさかの婚約者にラファエルをあてがうって……なにそれ!!!)

マリアは震えながら、内心で絶叫していた。

(おかしい……このゲーム、私の味方じゃなかったの!?)

(私は“聖女マリア”。可憐で健気で、みんなに愛されて、悪役令嬢が断罪されてこそ輝く“ヒロイン”だったはずよ!)

(なのに今、悪役令嬢は自由を手にして、私は予定通りのヒロインルートを進んでるはずなのに……どうして、こんなに空っぽみたいな気持ちなの……!?)

(まるで……“私が脇役みたいじゃない”……!!)

その瞬間、彼女の中で何かが軋んだ。

それは“聖女”の仮面にひびを入れる、小さなきっかけ。

それでも、マリアは必死に笑顔を取り繕う。
スカーレットが扉の方へ歩き去るその背に、愛らしい微笑みを向けながら――心の中で強く、強く叫んだ。

(……許さない。あなたが私より目立つなんて、絶対に――許さない!!)

(あなたの死は、ゲームの中で確定していたはずなのよ……私の勝利のために!)

マリアの視線が、黒衣の青年――ラファエルへと向けられる。

そこには、聖女のような慈愛は一欠片もなかった。

――ただ、燃え盛るような執着と、ヒロインを奪われた女の嫉妬が、ひっそりと揺らめいていた。

(だったら――彼女から、すべて奪えばいいだけ)

(私はゲーム通りにセシル王子を攻略し、次はラファエルルートに入れば……)

(これでハーレムルートに突入できる)

(そもそもラファエルは、マリアに“重すぎる愛情”を抱いている。彼が私を嫌いになるなんてこと、絶対にないわ)

(ええ、どれだけ彼が他の誰かに目を向けようとしても――結局最後に愛するのは、この私なの)

(貴方は、スカーレット。
どこまで足掻こうと、結局は“悪役令嬢のまま”――朽ち果てる)

(そう、決まっているのよ。この世界のルールでは)

マリアの笑みは、まるで純白の薔薇のように美しかった。

だがその内側は、毒と執着に染まっていた。

――そして、誰よりも怖ろしい“もうひとりの悪役”が、今、静かに目を覚まし始めていた。
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