堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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午後四時の距離感

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セレスタイン城・スカーレットの私室。
薄明かりのランプの下、机に広げられたのは――手書きの作戦メモ。

『作戦名:スカーレット VS 魔眼(ステルス爆破作戦)』

・目標:監視用魔眼の完全破壊
・目的:毎朝の寝癖を他人に見られない権利の回復!!
・方法:できるだけ自然に壊す(=故意じゃないフリ)
・懸念点:クラウス様にバレると地獄。ラファエル本人にバレたら、もはや命がない

「……ふふふ。名付けて、“誤って落としてしまいました作戦”。完璧すぎる……!」

スカーレットは、手に小型の掃除棒を構え、棚の上にある魔眼に向かってすっと狙いを定めた。

(この絶妙な角度……振り返った拍子に“うっかり”ぶつける……!)

「……よし、いくわよ……これで最後の朝見られ寝癖とはおさらばよ……!!」

そのときだった。

「――何をしている」

「ぎゃっ!?」

背後から突然の低い声。
スカーレットは盛大に体を跳ねさせ、掃除棒を床に落とした。

「ら、ラファエル様!?な、何の用なのですか!?朝から私の部屋に来るなんて不審者ですよ!」

「お前の寝癖が予想以上に派手だったからだ」

「見てたんですね!!」

ラファエルは相変わらず無表情だったが、確かに目の下のクマが深くなっている気がした。

「……いや、違う。“監視”だ。あくまで。監視用の記録を定期的に確認しているだけで……」

「うそでしょ……! 毎朝の記録を“定期的”って、どれだけマメな監視なんですか!」

「……クラウスが留守中だったから、代わりに監視記録を点検して……」

「うわあ、顔赤い! 目逸らしてるますわ!ラファエル様、完全に見てたでしょ! 私の爆睡寝相まで!!」

「見てなどいない……いや、正確には“見ていた”が、“見たくて見た”わけでは――っ」

「それ、見てたって言うのですわ!!!」

スカーレットの怒号が響く中、ラファエルは軽く咳払いして背を向けた。

「……監視魔眼は撤去しておく。これ以上、意味があるとは思えない」

「……え?」

「そもそも、“悪役令嬢”らしい行動は一切見られなかった。……むしろ城の清掃係だ」

「失礼ですね!私は王都一の悪役令嬢ですわ!」

「……そんな肩書きに誇りを持つな」

ぼそりと呟いたラファエルはそのまま去ろうとするが、その背中にスカーレットが思わず問いかけた。

「……じゃあ、代わりに“ちゃんと会って監視”するのはどうでしょう?」

ラファエルの足が止まる。

「毎日数分でいいですわ。お茶でもしながら、“監視タイム”ってことで。
魔眼よりずっと……ちゃんとしたコミュニケーションになると思いますことよ。」

……沈黙。

ラファエルはゆっくりと振り返り、真剣な視線をスカーレットへ向けた。

「――ならば、午後四時。中庭の東屋で。……遅れるな」

「……え、ほんとに?」

「……“監視”の一環だ」

(それ、だいぶ柔らかくなってきてるわよ)

心の中で微笑みつつ、スカーレットは頬を緩めた。

その日、セレスタイン城に新たな“日課”が刻まれることになる。

それは、
堕天使と悪役令嬢の、監視という名の“午後のお茶会”。

まだ恋には遠くても――確かに、距離は近づきつつあった。

午後四時。
セレスタイン城・東庭にある小さな東屋。
苔むした石造りの柱と、つる草が絡まる天蓋。その中心に、二脚の椅子と小さな丸テーブル。

「……遅い」

ラファエルは、黒の軍装のまま腕を組んで椅子に腰掛けていた。
表情はいつも通り無表情……なのだが、どこか落ち着きがない。

(来ると言ったのだから、来るはずだ)

(……いや、そもそも“監視”に期待などしてどうする)

自分に言い聞かせるように息を吐いた、そのとき。

「お待たせ~。ごめんなさい、ちょっとティーカップが見つからなくて……」

ぱたぱたとスカートを揺らしながら、スカーレットが小さなバスケットを抱えて現れた。
髪はゆるくまとめられ、今日に限ってはほんの少しだけ、ラファエルのためにリボンをあしらっている。

「……お前が茶を用意したのか」

「だって、城にはメイドがいないでしょ? クラウス様に全部任せるわけにもいかないもの」

彼女はそう言って笑いながら、テーブルの上にポットとティーカップを並べる。

ラファエルは黙ってその様子を見ていた。
かつて「悪役令嬢」として恐れられていたその令嬢が、今目の前で紅茶を注ぎ、ケーキを並べている。

(……何を考えているのだ、この女は)

「お砂糖は?」

「要らん」

「そう、じゃあ私は二つ。ケーキは苺の方が好きだけど、今日のはりんごタルトですのよ」

「……話しかけすぎだ」

「“監視”中なのに、会話なしなんてつまらないじゃない」 ですか!」

スカーレットはにこりと笑って、紅茶の湯気の向こうから彼を見つめた。
その視線が、ラファエルの心をわずかにかすめる。

(……無駄口が多いくせに、なぜか静かに思える)

(なんだ、この……奇妙な時間は)

「……いただく」

そう一言だけ告げて、彼は黙って紅茶に口をつけた。

その味は、思っていたよりも、ずっと……温かかった。

* * *

しばらく離れた回廊から、その様子を見守っていたのは、老執事・クラウス。

柱の影からそっと微笑み、ひとりごちる。

「……ラファエル様、また昔のような優しい表情をされることが多くなりましたな」

遠い昔、母親のイリスと共に、柔らかに笑っていた小さな少年を思い出す。
愛する者を失ってからというもの、誰にも心を開かず、冷たい仮面を被り続けてきた青年。

だが今、紅茶を啜りながら不器用に微笑んだその姿に、クラウスの胸は温かく満たされた。

「きっと、空の上からイリス様も……お喜びのはずでございます……」

風に揺れる木々の隙間から、ほんの少しだけ差し込む陽光が、東屋の中を柔らかく照らしていた。

まだぎこちない午後のお茶会。
だがその静寂の中で、確かに――小さな絆の芽が育ち始めていた。
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