18 / 103
知らない素顔
しおりを挟む
午後四時。
毎日欠かさず、セレスタイン城で行われる監視ティータイム。
スカーレットは、窓辺に頬杖をつきながら、重いため息をひとつついた。
(……自分で「毎日顔を合わせていれば誤解も解ける」って言い出したけど……)
(ほんっっっとうに、会話が続かないのよね……!)
無言の時間が続けば続くほど、相手の冷たい目が刺さるようで居心地が悪い。
それでも「やめよう」と言い出せないのは、きっと意地と、それから――少しだけラファエルのことが気になっているからだ。
スカーレットは視線を落とし、膝の上をそっと見やる。
そこでは、小さな魔物が丸くなって眠っていた。
漆黒の体毛。
額には小さな角がひとつ。
片方の翼には白いガーゼが巻かれ、うっすらと滲んだ赤が痛々しい。
(名前……“コルネ”でいいわね。角があるし。可愛いし)
この子を初めて見たのは、天井裏――城の屋根の崩れた先に迷い込んでいたところだった。
ひどく怯えて、羽根からは血を流し、近づけば小さな牙をむいて威嚇してきた。
それでも。
(放っておけるわけ、ないじゃない)
柔らかなガーゼを巻いたときも、最初はプルプルと震えていた。
だが今では――こうして膝の上でぐっすりと寝息を立てている。
「……コルネ」
小さく呼びかければ、ピクリと耳のような突起が動く。
「私、そろそろ“監視ティータイム”に行かないと怒られちゃうのよね。……でも、君を置いていくのは心配だし」
スカーレットは、コルネをそっと抱き上げる。
軽くて、ぬくもりがあって――不思議と胸の奥が、ほんのりあたたかくなった。
「……もう、連れて行っちゃおうかしら。ラファエル様が何か言ったら、“監視されてる側の自由”って言ってやるわ」
くすっと笑いながら、スカーレットは立ち上がる。
その腕の中で、小さな魔物――コルネは、気持ちよさそうに尻尾を揺らしていた。
いつものように、セレスタイン城の応接間には静かなティータイムの時間が流れていた。
……と言いたいところだったが、今日のスカーレットには、いつもと少しだけ違う“荷物”があった。
彼女の腕の中、ふわふわの毛並みを揺らしながら、ぬいぐるみのような小さな魔物――コルネがすやすやと眠っている。
(この子、意外と図太い神経してるわよね……こんなに人の腕の中で熟睡できるなんて)
クッションの上にそっと寝かせてやり、用意されたティーカップの前に腰かける。
そして……。
「……遅い」
黒衣の男が現れたのは、その数秒後だった。
漆黒のマントを翻し、冷たい眼差しで彼女を見下ろす男――ラファエル。
「……またギリギリだ。お前は一体、どれだけ“監視”という言葉を軽んじている」
「その言い方、まるで時間に厳しい執事みたいですわね。……それとも、ティータイムに期待してたとか?」
「……は?」
思わず口から出た挑発気味な台詞に、ラファエルの眉がわずかに動いた。
その時だった。
「ぴいっ」という小さな鳴き声がして、クッションの上でコルネがむくりと起き上がる。
その金色の瞳がぱっとラファエルを捉えた――次の瞬間。
「ぴぃぃぃ!」
ばさっと小さな翼を羽ばたかせ、嬉しそうにラファエルへと駆け寄っていくコルネ。
その様子に、スカーレットが目を丸くしたのは当然だった。
(えっ……!?)
だって、ラファエルはあの冷酷無比な堕天使様なのだ。
人間にも、まして魔物にも一切の情を見せないと噂される彼が――
「……怪我は、もういいのか」
そう呟いて、ラファエルは自然な手つきで、コルネをひょいと抱き上げた。
そして、小さな背をぽんぽんと優しく撫でる。
コルネは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らしていた。
その光景に、スカーレットの思考は一瞬、停止した。
(……なに、この優しい顔)
思わず、ラファエルを見つめてしまう。
(この人……こんな顔、できるんだ……)
目の奥に宿る鋭さはそのままに、けれどその手つきも、表情も――
まるで慈しむような温度があった。
彼の内に、こんな穏やかな一面があるなんて思いもしなかった。
そのとき、ラファエルはふと視線をスカーレットへ向けた。
「あの屋根裏で見つけたのか。……この個体、珍しい“黒羽の幼体”だ。おそらく絶滅種に近い。角も……稀少種の証だな」
「え……そうなの?」
「普通なら、すぐに貴族の間で噂になり、高値で取り引きされる。翼がある魔物は特に金になる」
「……っ!」
思わず、コルネを抱き寄せそうになったスカーレットの様子に、ラファエルの瞳が細められる。
「だが、お前は売るどころか、ここまで世話をして……。馬鹿か?」
「……そう思うなら、助けてくれたときに見捨てればよかったじゃない」
「……放っておけば死んでいたぞ」
「でも、あなたは――助けてくれた」
小さく呟いたスカーレットの声に、ラファエルは沈黙する。
その視線が、すんすんと彼の胸に顔をこすりつけるコルネへと戻った。
(誰も魔物になど目を向けやしない……。特に、この“黒羽”は魔王直属の守護種とされる存在。
貴族に狙われる危険を、ジルベール様も何度も懸念していた。)
(だが、この女――スカーレットは、そんなことなど関係なく、手を差し伸べた)
「……他の貴族とは、違うみたいだな」
そう呟くラファエルの声音は、ほんのわずかに――揺れていた。
毎日欠かさず、セレスタイン城で行われる監視ティータイム。
スカーレットは、窓辺に頬杖をつきながら、重いため息をひとつついた。
(……自分で「毎日顔を合わせていれば誤解も解ける」って言い出したけど……)
(ほんっっっとうに、会話が続かないのよね……!)
無言の時間が続けば続くほど、相手の冷たい目が刺さるようで居心地が悪い。
それでも「やめよう」と言い出せないのは、きっと意地と、それから――少しだけラファエルのことが気になっているからだ。
スカーレットは視線を落とし、膝の上をそっと見やる。
そこでは、小さな魔物が丸くなって眠っていた。
漆黒の体毛。
額には小さな角がひとつ。
片方の翼には白いガーゼが巻かれ、うっすらと滲んだ赤が痛々しい。
(名前……“コルネ”でいいわね。角があるし。可愛いし)
この子を初めて見たのは、天井裏――城の屋根の崩れた先に迷い込んでいたところだった。
ひどく怯えて、羽根からは血を流し、近づけば小さな牙をむいて威嚇してきた。
それでも。
(放っておけるわけ、ないじゃない)
柔らかなガーゼを巻いたときも、最初はプルプルと震えていた。
だが今では――こうして膝の上でぐっすりと寝息を立てている。
「……コルネ」
小さく呼びかければ、ピクリと耳のような突起が動く。
「私、そろそろ“監視ティータイム”に行かないと怒られちゃうのよね。……でも、君を置いていくのは心配だし」
スカーレットは、コルネをそっと抱き上げる。
軽くて、ぬくもりがあって――不思議と胸の奥が、ほんのりあたたかくなった。
「……もう、連れて行っちゃおうかしら。ラファエル様が何か言ったら、“監視されてる側の自由”って言ってやるわ」
くすっと笑いながら、スカーレットは立ち上がる。
その腕の中で、小さな魔物――コルネは、気持ちよさそうに尻尾を揺らしていた。
いつものように、セレスタイン城の応接間には静かなティータイムの時間が流れていた。
……と言いたいところだったが、今日のスカーレットには、いつもと少しだけ違う“荷物”があった。
彼女の腕の中、ふわふわの毛並みを揺らしながら、ぬいぐるみのような小さな魔物――コルネがすやすやと眠っている。
(この子、意外と図太い神経してるわよね……こんなに人の腕の中で熟睡できるなんて)
クッションの上にそっと寝かせてやり、用意されたティーカップの前に腰かける。
そして……。
「……遅い」
黒衣の男が現れたのは、その数秒後だった。
漆黒のマントを翻し、冷たい眼差しで彼女を見下ろす男――ラファエル。
「……またギリギリだ。お前は一体、どれだけ“監視”という言葉を軽んじている」
「その言い方、まるで時間に厳しい執事みたいですわね。……それとも、ティータイムに期待してたとか?」
「……は?」
思わず口から出た挑発気味な台詞に、ラファエルの眉がわずかに動いた。
その時だった。
「ぴいっ」という小さな鳴き声がして、クッションの上でコルネがむくりと起き上がる。
その金色の瞳がぱっとラファエルを捉えた――次の瞬間。
「ぴぃぃぃ!」
ばさっと小さな翼を羽ばたかせ、嬉しそうにラファエルへと駆け寄っていくコルネ。
その様子に、スカーレットが目を丸くしたのは当然だった。
(えっ……!?)
だって、ラファエルはあの冷酷無比な堕天使様なのだ。
人間にも、まして魔物にも一切の情を見せないと噂される彼が――
「……怪我は、もういいのか」
そう呟いて、ラファエルは自然な手つきで、コルネをひょいと抱き上げた。
そして、小さな背をぽんぽんと優しく撫でる。
コルネは気持ちよさそうに目を細め、喉を鳴らしていた。
その光景に、スカーレットの思考は一瞬、停止した。
(……なに、この優しい顔)
思わず、ラファエルを見つめてしまう。
(この人……こんな顔、できるんだ……)
目の奥に宿る鋭さはそのままに、けれどその手つきも、表情も――
まるで慈しむような温度があった。
彼の内に、こんな穏やかな一面があるなんて思いもしなかった。
そのとき、ラファエルはふと視線をスカーレットへ向けた。
「あの屋根裏で見つけたのか。……この個体、珍しい“黒羽の幼体”だ。おそらく絶滅種に近い。角も……稀少種の証だな」
「え……そうなの?」
「普通なら、すぐに貴族の間で噂になり、高値で取り引きされる。翼がある魔物は特に金になる」
「……っ!」
思わず、コルネを抱き寄せそうになったスカーレットの様子に、ラファエルの瞳が細められる。
「だが、お前は売るどころか、ここまで世話をして……。馬鹿か?」
「……そう思うなら、助けてくれたときに見捨てればよかったじゃない」
「……放っておけば死んでいたぞ」
「でも、あなたは――助けてくれた」
小さく呟いたスカーレットの声に、ラファエルは沈黙する。
その視線が、すんすんと彼の胸に顔をこすりつけるコルネへと戻った。
(誰も魔物になど目を向けやしない……。特に、この“黒羽”は魔王直属の守護種とされる存在。
貴族に狙われる危険を、ジルベール様も何度も懸念していた。)
(だが、この女――スカーレットは、そんなことなど関係なく、手を差し伸べた)
「……他の貴族とは、違うみたいだな」
そう呟くラファエルの声音は、ほんのわずかに――揺れていた。
0
あなたにおすすめの小説
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる
無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士
和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
第四王子の運命の相手は私です
光城 朱純
恋愛
闇の魔力の持ち主が世界を滅ぼすと、見下される国カイート王国。
生まれてきた者は隠され、貶められ、蔑まれ、まともな生活を送ることは許されなかった。
圧倒的なその力に、いつ呑み込まれるかわからない闇の魔力の持ち主を救えるのは、聖の魔力の持ち主のみ。
そんな国に生まれ落ちた第四王子は闇の魔力を持つ。
聖の魔力を持って生まれた相手に恋をして、側にいることが叶えば、その愛はとどまることを知らない。
やがて運命の相手との力は国を守り、民を助ける。
聖と闇。その二つの魔力を持つ者がお互いを信じ結ばれた時、その力は何倍もの大きさになって国に繁栄をもたらすだろう。
闇魔法の使い手である第四王子。聖魔法の使い手の侍女エラ。運命の相手との立場を超えた恋愛のいく末はーー。
表紙はイラストAC様からお借りしました
「今とっても幸せですの。ごめんあそばせ♡」 捨てられ者同士、溺れちゃうほど愛し合ってますのでお構いなく!
若松だんご
恋愛
「キサマとはやっていけない。婚約破棄だ。俺が愛してるのは、このマリアルナだ!」
婚約者である王子が開いたパーティ会場で。妹、マリアルナを伴って現れた王子。てっきり結婚の日取りなどを発表するのかと思っていたリューリアは、突然の婚約破棄、妹への婚約変更に驚き戸惑う。
「姉から妹への婚約変更。外聞も悪い。お前も噂に晒されて辛かろう。修道院で余生を過ごせ」
リューリアを慰めたり、憤慨することもない父。マリアルナが王子妃になることを手放しで喜んだ母。
二人は、これまでのリューリアの人生を振り回しただけでなく、これからの未来も勝手に決めて命じる。
四つ違いの妹。母によく似たかわいらしい妹が生まれ、母は姉であ、リューリアの育児を放棄した。
そんなリューリアを不憫に思ったのか、ただの厄介払いだったのか。田舎で暮らしていた祖母の元に預けられて育った。
両親から離れたことは寂しかったけれど、祖母は大切にしてくれたし、祖母の家のお隣、幼なじみのシオンと仲良く遊んで、それなりに楽しい幼少期だったのだけど。
「第二王子と結婚せよ」
十年前、またも家族の都合に振り回され、故郷となった町を離れ、祖母ともシオンとも別れ、未来の王子妃として厳しい教育を受けることになった。
好きになれそうにない相手だったけれど、未来の夫となる王子のために、王子に代わって政務をこなしていた。王子が遊び呆けていても、「男の人はそういうものだ」と文句すら言わせてもらえなかった。
そして、20歳のこの日。またも周囲の都合によって振り回され、周囲の都合によって未来まで決定されてしまった。
冗談じゃないわ。どれだけ人を振り回したら気が済むのよ、この人たち。
腹が立つけれど、どうしたらいいのかわからずに、従う道しか選べなかったリューリア。
せめて。せめて修道女として生きるなら、故郷で生きたい。
自分を大事にしてくれた祖母もいない、思い出だけが残る町。けど、そこで幼なじみのシオンに再会する。
シオンは、結婚していたけれど、奥さんが「真実の愛を見つけた」とかで、行方をくらましていて、最近ようやく離婚が成立したのだという。
真実の愛って、そんなゴロゴロ転がってるものなのかしら。そして、誰かを不幸に、悲しませないと得られないものなのかしら。
というか。真実もニセモノも、愛に真贋なんてあるのかしら。
捨てられた者同士。傷ついたもの同士。
いっしょにいて、いっしょに楽しんで。昔を思い出して。
傷を舐めあってるんじゃない。今を楽しみ、愛を、想いを育んでいるの。だって、わたしも彼も、幼い頃から相手が好きだったってこと、思い出したんだもの。
だから。
わたしたちの見つけた「真実の愛(笑)」、邪魔をしないでくださいな♡
カラダからはじめる溺愛結婚~婚約破棄されたら極上スパダリに捕まりました~
結祈みのり
恋愛
結婚間近の婚約者から、突然婚約破棄された二十八歳の美弦。略奪女には生き方を全否定されるし、会社ではあることないこと噂されるしで、女としての自尊心はボロボロ。自棄になった美弦は、酔った勢いで会ったばかりの男性と結婚の約束をしてしまう。ところが翌朝、彼が自社の御曹司・御影恭平と気がついて!? 一気に青くなる美弦だけれど、これは利害の一致による契約と説明されて結婚を了承する。しかし「俺は紙切れ上だけの結婚をするつもりはないよ」と、溺れるほどの優しさと淫らな雄の激しさで、彼は美弦の心と体を甘く満たしていき――。紳士な肉食スパダリに愛され尽くす、極甘新婚生活!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる