堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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魔王様、現る

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セレスタイン城の昼下がり。
クラウスが所用で不在のその日、スカーレットは城の中庭の掃除をしていた。

「ふぅ……ようやく落ち葉も片付いたわね。あとは裏手の植え込み……」

と、思ったそのとき。

「やあやあ、ごきげんよう♪ ここが噂のセレスタイン城かあ。思ったよりボロいねぇ?」

「……え?」

その声に振り返ったスカーレットの目に飛び込んできたのは、
煌びやかな紫の外套を纏い、漆黒の髪をゆるく結った――とびきり軽そうな男だった。

その後ろに、無表情で控える黒服の男。
明らかに只者ではない気配が二人から漂っている。

(え、ちょっ……この二人って……まさか……!?)

スカーレットは内心で青ざめた。

(嘘でしょ……!?)

ゲームの中で登場シーンがほとんどなく、記憶も曖昧だったが――
この軽快な喋りと、何とも掴みどころのない雰囲気。

彼は、ラファエルの“父親代わり”であり、現・魔王――ジルベール。

そして隣にいる黒服の男は、魔王城執事にして全魔物の監察役・サム。

(よりによって、こんな日に!?)

クラウスもラファエルも不在という最悪のタイミング。
スカーレットは表情だけは保ちつつ、深く一礼した。

「ようこそお越しくださいました、魔王様。ラファエル様は今、不在にしておりますが……。応接室にご案内いたしますわ」

「はーい、ありがとー♪ やっぱり噂通り、お行儀はいいのね、君」

その笑顔の奥に何があるか読めず、背筋が冷える。

(な、なんなのこの人……ゲームの時より何倍も不気味……)

応接室へと通し、スカーレットは慣れない手つきで紅茶を淹れる。

やがて、ほわりと香る香茶の湯気の向こうで、スカーレットが問いを投げかけた。

「あ、あのう……一体、魔王様が私に何用でしょうか?」

「うーん、特に用ってわけじゃないんだけどね。ラファエルが結婚したって聞いたから、ちょっと顔を見に来ただけだよ? 噂の“悪女・スカーレットちゃん”にねぇ?」

「……そうなんですね!」
(私が悪女っていう噂、魔王城まで届いてるんかい!)

ジルベールは紅茶を一口飲みながら、にっこりと笑った。

「ねぇ君は、ラファエルのこと、好き?」

「っ……!」

思わずスカーレットはカップを持つ手を止める。

(で、出た――核心!!)

ジルベールはその反応を見て、ますます楽しげな顔になる。

「ほらさ。彼って本当は、君みたいな悪女じゃなくて、“聖女”マリアちゃんと結婚したかったはずじゃん? あーあ、可哀想な男だよねぇ」

「……そうでしょうか? ラファエル様は、“聖女様"を守るために私と婚約したんでしょう? そういう意味では、彼の望み通りでは?」

「おおぉ、うまく返すねぇ? 言葉選びが絶妙だなあ。さすが“元・公爵令嬢”」

スカーレットは微笑を崩さず、内心で脂汗をかいていた。

(この人、絶対に何か探りに来てる。しかも、こういうタイプの人って嘘が通用しない……!)

(“本音を見透かす”目をしてる。こっちが一つ言えば、十は見抜いてくるタイプ)

サムは背後で静かに控えたまま、その場の空気だけを読み取っているようだった。

ジルベールの視線は、紅茶を置いたスカーレットの手元、そして何気ない目線の揺れにさえ鋭く反応している。

(これは……一瞬の油断もできない)

スカーレットは静かに、けれど毅然とした声で言った。

「私は、“今この場で求められている役割”をこなすだけです。
それが“悪女”であっても、“監視対象”であっても、構いませんわ」

ジルベールの瞳がきらりと輝く。

「……へぇ。やっぱり、面白いねぇ。ラファエルってば、君に何か……特別なものを感じたのかもね?」

「さあ、どうでしょう。ラファエル様にしか分からないことですわ」

紅茶の香りが静かに漂う中、応接室には一瞬の沈黙が流れた。

やがて、ジルベールは立ち上がる。

「じゃ、そろそろ帰ろっかなー。また遊びに来るかもしれないから、そのときは紅茶、もっと美味しくなってるといいな♪」

「光栄ですわ、魔王様」

にっこりと笑って見送るスカーレットの背後で、サムが低く頭を下げ、魔王と共に扉の向こうへと消えていく。

スカーレットはその場に一人取り残され、心の中で深く、深くため息をついた。

(……何この精神削られるティータイム。監視ティータイムの方が百万倍マシよ!!)

***
魔王城・謁見の間。
その中心に、黄金の玉座のような椅子に脚を組んで座っているのは、魔王ジルベール。

「おやおや、いらっしゃいラファエル。相変わらず堅物顔でご登場~♪」
軽い口調で迎えながら、ジルベールはちらりと手元の茶菓子に目をやった。

ラファエルは黙って頭を下げると、いつものように魔王の前に立つ。

「……何の用ですか。呼びつけておいて茶化すつもりなら、他に用事があります」

「いやいや、そんな怒んなくてもいいでしょ? ちょっと君の“新婚生活”について、気になっただけだよ」

「……」

「でさぁ? 意外と君の婚約者様、面白いね? 気に入ったよ」
ジルベールはにやにやと笑いながら、あからさまにラファエルの表情をうかがってくる。

「極悪非道の悪女だって噂で聞いたから、君が虐められてるんじゃないかって心配してたけどさ~。いやー、大丈夫みたいで一安心したよ~?」

「……別に。あんな女に虐められても、倍返しするだけです」

静かに、ぴしゃりと断言するラファエルの赤い瞳は冷えている。

「ジルベール様が警戒するほどの価値は――あの女にはありません」

「ふうん? 本当にそう思ってるのかな、ラファエル?」

ジルベールは、意地悪く笑う。

「私の目にはね、君のその“監視”ってやつ、どうにも“過剰反応”に見えるんだけど?
見てないって言いながら、実はやたらチェックしてるって、サムも言ってたよ?」

「………………」

ラファエルは微動だにせず、ただ冷たい沈黙を返す。

その姿を見て、ジルベールは少し真面目な表情になった。

「まぁ――これから君と彼女がどうなるのか、私はけっこう楽しみにしてるけどね」

「……どうなる、とは?」

「愛のない結婚だったとしてもさ、永遠に愛がないと思ってたら――それは、間違いだよ?」

「……」

「人の心は思ったより脆くて、そして……想定外に強い。
君も、自分の“正しさ”だけを信じすぎないようにね?」

そう告げるジルベールの瞳は、軽口の裏に隠された深いものを湛えていた。

ラファエルは、それ以上何も言わずに踵を返す。

そして部屋を出るその背に向けて――

「ま、何かあったらまた相談してね? 私、恋バナ聞くのわりと好きだから♪」

その軽いひと言を、ラファエルはただ静かに無視した。

だが彼の中には、なぜか、スカーレットのあの何気ない笑顔が、ひっかかるように残っていた。
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