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白き使者
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「……やっぱり、おかしい」
ラファエルは、スカーレットの部屋の扉の前で立ち止まり、静かに己の指を見つめていた。あの夜――闇発作に飲まれ、我を忘れたあの忌まわしい夜。
彼女の首に残した牙の跡。その痕跡が、数日も経たぬうちに綺麗さっぱり消えていた。
(普通なら……癒えぬ。俺の牙は“ダスクファング”――闇の力を帯びた呪牙のはず。並の聖者でも癒しきれない)
にも関わらず、あの女は、何事もなかったかのように微笑みながら、今朝もクラウスと廊下の花瓶の飾りつけをしていた。
(加護がない? 本当にそうか?…)
その手首には“月の紋章”は見えなかった。加護を受けた者には必ず宿る、銀の月輪が。
だが――
(ならば、どうして……)
ラファエルの胸の奥に、小さな疑念が巣食い始めていた。
* * *
「コロネ、それはクッキーじゃなくて小麦粉よ。こっち、こっち!」
スカーレットは、厨房で小さな魔物・コロネと格闘していた。
黒くて小さな角が一本。翼にはまだ包帯が巻かれているが、すっかり元気になって、いまや厨房の“見習い助手”だ。
「ふふ……意外と器用じゃないの、コロネ」
小さな口でスプーンを咥えている姿がたまらなく可愛くて、思わず頬が緩む。
(……あの夜、私は死んでいてもおかしくなかった)
だが生きている。それどころか、ラファエルの様子も以前より少し柔らかくなった気がする。
彼の“本当の姿”を見た者は限られている。そして、自我を失っていたとはいえ、彼は私を傷つけようとして――それでも止まった。
(もしかして……ラファエルは、誰より“傷つきやすい人”なのかもしれない)
そんなことを考えながら、クッキー生地にチョコを混ぜていた時だった。
コン……コン。
窓を小さく叩く音。
「……え?」
窓の外には、ふわふわと舞う白い影。
それは、白い羽根をふくらませた、可愛らしい梟だった。
「ナイト……!?」
スカーレットは思わず声を上げた。
その梟の名は「ナイト」。彼女の幼馴染・アーサーが大切に育てている伝書フクロウ。
昔からもふもふで人懐こくて、スカーレットも大好きだった。
「どうして……あなたがここに?」
ナイトの小さなくちばしには、一通の封書が挟まれていた。
震える指でそれを取ると、見慣れた文字が目に飛び込んできた。
スカーレットへ
元気にしているか?
お前がラファエル様のところに嫁いでから半年が経とうとしてるけど、ラファエル様から酷い目にあったりしていないか?
もし困ったことがあればナイトを通して俺に伝えてくれ。必ずお前を助けに行くー。
今回手紙を送ったのは気になる噂を聞いたからなんだ。
お前がセシル王子の婚約者になった聖女・マリア様に脅迫めいた手紙を送っていると。そしてラファエル様の目を盗んで街へ降り、マリア様に嫌がらせをしていると。そもそも幼馴染である俺でさえお前に会えていないのにそんな噂が流れる時点で不可解すぎると思ったんだ。誰かが、お前を窮地に立たせようとしてる。何かお前もわかったらナイトを通して伝えてくれ
アーサー
彼の筆跡を見た瞬間、胸の奥に押し込めていた何かが、じんわりと滲んできた。
手紙を握りしめたまま、スカーレットは深く息をついた。
「ありがとう、ナイト……」
彼女の手に優しく頬を寄せるように、ナイトがふわりと羽ばたいた。
その横で、コロネが「くぅ?」と小さく首を傾げていた。
(私の知らない所で断罪フラグが立ち始めてる?一体、誰が、何のために?いいえ、今はそんなことを考えてる場合じゃない!アーサーにお願いしてその脅迫めいた手紙とやらを手に入れてもらう。私が断罪されそうになった時に、私は無罪だという証拠が必要だもの。私は簡単には死なないわ。絶対に生き延びてみせる!)
静かな決意を胸に、スカーレットは手紙をそっと胸元にしまった。
その瞳の奥には、もう迷いはなかった。
ラファエルは、スカーレットの部屋の扉の前で立ち止まり、静かに己の指を見つめていた。あの夜――闇発作に飲まれ、我を忘れたあの忌まわしい夜。
彼女の首に残した牙の跡。その痕跡が、数日も経たぬうちに綺麗さっぱり消えていた。
(普通なら……癒えぬ。俺の牙は“ダスクファング”――闇の力を帯びた呪牙のはず。並の聖者でも癒しきれない)
にも関わらず、あの女は、何事もなかったかのように微笑みながら、今朝もクラウスと廊下の花瓶の飾りつけをしていた。
(加護がない? 本当にそうか?…)
その手首には“月の紋章”は見えなかった。加護を受けた者には必ず宿る、銀の月輪が。
だが――
(ならば、どうして……)
ラファエルの胸の奥に、小さな疑念が巣食い始めていた。
* * *
「コロネ、それはクッキーじゃなくて小麦粉よ。こっち、こっち!」
スカーレットは、厨房で小さな魔物・コロネと格闘していた。
黒くて小さな角が一本。翼にはまだ包帯が巻かれているが、すっかり元気になって、いまや厨房の“見習い助手”だ。
「ふふ……意外と器用じゃないの、コロネ」
小さな口でスプーンを咥えている姿がたまらなく可愛くて、思わず頬が緩む。
(……あの夜、私は死んでいてもおかしくなかった)
だが生きている。それどころか、ラファエルの様子も以前より少し柔らかくなった気がする。
彼の“本当の姿”を見た者は限られている。そして、自我を失っていたとはいえ、彼は私を傷つけようとして――それでも止まった。
(もしかして……ラファエルは、誰より“傷つきやすい人”なのかもしれない)
そんなことを考えながら、クッキー生地にチョコを混ぜていた時だった。
コン……コン。
窓を小さく叩く音。
「……え?」
窓の外には、ふわふわと舞う白い影。
それは、白い羽根をふくらませた、可愛らしい梟だった。
「ナイト……!?」
スカーレットは思わず声を上げた。
その梟の名は「ナイト」。彼女の幼馴染・アーサーが大切に育てている伝書フクロウ。
昔からもふもふで人懐こくて、スカーレットも大好きだった。
「どうして……あなたがここに?」
ナイトの小さなくちばしには、一通の封書が挟まれていた。
震える指でそれを取ると、見慣れた文字が目に飛び込んできた。
スカーレットへ
元気にしているか?
お前がラファエル様のところに嫁いでから半年が経とうとしてるけど、ラファエル様から酷い目にあったりしていないか?
もし困ったことがあればナイトを通して俺に伝えてくれ。必ずお前を助けに行くー。
今回手紙を送ったのは気になる噂を聞いたからなんだ。
お前がセシル王子の婚約者になった聖女・マリア様に脅迫めいた手紙を送っていると。そしてラファエル様の目を盗んで街へ降り、マリア様に嫌がらせをしていると。そもそも幼馴染である俺でさえお前に会えていないのにそんな噂が流れる時点で不可解すぎると思ったんだ。誰かが、お前を窮地に立たせようとしてる。何かお前もわかったらナイトを通して伝えてくれ
アーサー
彼の筆跡を見た瞬間、胸の奥に押し込めていた何かが、じんわりと滲んできた。
手紙を握りしめたまま、スカーレットは深く息をついた。
「ありがとう、ナイト……」
彼女の手に優しく頬を寄せるように、ナイトがふわりと羽ばたいた。
その横で、コロネが「くぅ?」と小さく首を傾げていた。
(私の知らない所で断罪フラグが立ち始めてる?一体、誰が、何のために?いいえ、今はそんなことを考えてる場合じゃない!アーサーにお願いしてその脅迫めいた手紙とやらを手に入れてもらう。私が断罪されそうになった時に、私は無罪だという証拠が必要だもの。私は簡単には死なないわ。絶対に生き延びてみせる!)
静かな決意を胸に、スカーレットは手紙をそっと胸元にしまった。
その瞳の奥には、もう迷いはなかった。
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