堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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悪役令嬢のお忍び捜査?

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夜の静寂がセレスタイン城を包む頃、スカーレットは暖炉のそば、小さな机に向かってペンを握っていた。

その隣では、膝の上にちょこんと座ったコロネが、眠たげに瞬きを繰り返している。足元には、もふもふの白い梟――ナイトが、羽根を整えながら静かに待っていた。

スカーレットはペン先を紙の端に置き、ふぅっと小さく息を吐いた。

(……どう書こうかしら。心配はさせたくないし、でもちゃんと伝えたい)

迷いながらも、彼女の手は自然と動き出す。



アーサーへ

私は元気よ。
そちらはどう? 剣の訓練は順調かしら?
もう少ししたら、聖騎士になるための試験があるんでしょう?
頑張って! 私は心から応援しているわ。

噂の件、教えてくれてありがとう。
正直、私は城からは出られないから、街でそんな噂が流れているなんて、まったく知らなかったの。

……貴方に、あることをお願いしたいの。
――そのマリア様に送られたという“脅迫めいた手紙”を、手に入れることはできる?

その手紙が、今の噂の鍵を握っている気がしてならないの。

もちろん、無理のない範囲で動いてね。
剣の稽古を最優先にすること。これは命令よ?

私も、こっそり変装して街に繰り出してみようと思っているわ。
ふふ、"お忍び”って、案外楽しそうじゃない?

                    スカーレット



最後の句点を書き終えると、スカーレットはそっとペンを置き、手紙を丁寧に二つ折りにした。

「ナイト、お願い。これをアーサーに届けて」

すると、ナイトは一度羽を広げ、すっと首を下げた。

「……ありがとう。あなたがいてくれて、心強いわ」

彼女が封を結び渡すと、ナイトはそのくちばしで器用に手紙を咥え、ぱたん、と窓辺に跳ね上がる。

冷たい風が吹き込む中、ナイトは音もなく宙へ舞い上がった。

その白銀の羽が、月明かりの下で一瞬だけ光を反射し、やがて夜の闇へと消えていく。

その光を見送ったスカーレットは、静かに呟いた。

「待っててね、アーサー……必ず、この真相を突き止めてみせるから」

暖炉の火がぱち、と小さく弾けた。

そしてスカーレットは再び、コロネを胸に抱き、ゆっくりと目を閉じた。
戦いは始まったばかり。だが、彼女の決意は、すでに誰にも止められなかった――。

毎月一度、セレスタイン城の食材を仕入れる日がある。
本来なら、使用人であるクラウスが街へ出向くのが常だった。

しかしその日、スカーレットは決意を込めて申し出た。

「クラウス様、今月は私に行かせてください。食材の目利きくらい、ちゃんと覚えたいんですの。……それに、少し、街の空気も吸いたくて」

「……ですが、街は危険が多く……」

「変装します。誰にも、私だとは気づかれませんから」

――そう、完璧な変装をして行けばいいのだ。

* * *

城の一室、鏡の前でスカーレットは自らに念を込めていた。

まずはこの目立つ赤髪。
高く結い上げ、フードにすっぽり収める。
そしてドレスは、灰色の質素なものに。華やかな刺繍も装飾もない。
いつもなら絶対に選ばない“庶民らしい”服装だ。

「そして……これが決め手よ!」

そう呟いて、小瓶から指先に軟膏をとり、頬に丁寧に点を打つ。

「そばかす、完成……! それから、メガネ。これで完璧!」

大きめの丸眼鏡をかけて顔を覗き込むと、鏡の中には貴族らしさのかけらもない、ただの町娘が映っていた。

「ふふ……我ながら、いい出来ね。これなら誰も、私が“悪役令嬢 オリビア・アリア・スカーレット”だとは気づかないでしょう!」

満足げに微笑むと、スカーレットはこっそりと裏門から城を出る。

(街に降りるのなんて、本当に久しぶり。……でも、遊びに来たわけじゃないわ)

そう、今日は情報収集が目的だ。
マリアへの“脅迫手紙”の噂はどこから広まったのか。
人々は自分をどう見ているのか。

(そして、その“発信源”を突き止める)

街の広場には屋台が並び、野菜や果物、香辛料の香りが漂っていた。

「いらっしゃい! 今日はいいリンゴが入ってるよ!」

「あら、ほんとに美味しそうね!」

演技も忘れず、庶民風の口調で会話を交わす。
しっかり値切って、商人たちとも自然に接する。

(……ふふ、我ながら“役作り”完璧)

だが、広場の片隅。パン屋の前で、小さな少女が母親に囁いた一言に、スカーレットは足を止めた。

「ねぇお母さん、“あくやくれいじょう”って、ほんとにひとをころすの?」

「しっ、声が大きい。…この街じゃその名前も口にしちゃダメよ!」

「でも、みんなが"あくやくれいじょう"が“せいじょさま"をいじめてたって……」

スカーレットは思わず拳を握る。

(……やっぱり。根も葉もない噂が、どんどん一人歩きしている……)

耳を澄ませば、あちこちで“悪役令嬢”の名が囁かれている。
しかも、どれもひどく歪められていた。

(こんな話、信じる人がいるのも無理はないわね。でも……このまま放っておくわけにはいかない)

風が吹き、フードの中で結んだ髪がふわりと揺れる。

スカーレットは街の奥、教会へと続く石畳の道へと歩き出した。
――そこにこそ、“ある手紙”を受け取ったというマリアの周辺人物がいたはずだ。

この街には、まだ“嘘”が転がっている。
そして、それを暴くのはこの私。

「悪役令嬢の、お忍び潜入――開始よ」

スカーレットは、誰にも気づかれぬよう、灰色の人混みに溶け込んでいった――。
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