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婚約式
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金色に輝く朝の光を浴びながら、一台の黒塗りの馬車が、王宮の正門前に静かに停まった。
馬車の扉が開かれると、真っ先に姿を現したのは、紺色の燕尾服を身にまとった青年。
ラファエル・マンルース――“堕天使”と呼ばれる廃太子。
その気高く整った横顔が日の光を浴びると、まるで夜明けに現れた影の王のようで、周囲の視線を一身に集めた。
そんな彼が、すっと手を差し出した。
「……手を」
馬車の中にいるもう一人の存在――スカーレットは一瞬、戸惑いに目を見張る。
(えっ、ラファエル様が、手を……?)
わずかにためらったが、ラファエルの目が「遠慮は無用だ」と言っているようで、そっと彼の手を取った。
その瞬間、周囲にどよめきが走る。
「……廃太子殿下が、婚約者様に手を?」
「まさか、悪女とまで言われたスカーレット嬢を、ちゃんとエスコートしている……?」
スカーレットがドレスの裾をつまみ、優雅に馬車を降りた時――その場の空気が張り詰めたように静まり返った。
紫のドレスに身を包んだ彼女は、いつもよりも儚げで、それでいて気品に満ちていた。
その姿を見た者たちの間から、次々と声が上がる。
「まさか、本当に出席するなんて……」
「スカーレット様はセシル王子の元婚約者ですのよ」
「聖女様にまた何か仕掛けるつもりでは?脅迫事件の噂もまだ残っていますわ」
「それを言うなら、ラファエル様こそ。聖女様をずっと愛していたと噂されているのに……」
「……二人して、なぜ今日という日に?」
憶測と疑念、嫉妬と警戒が渦巻く中、
それでもスカーレットとラファエルは、ただ静かに互いの距離を守り、歩き出した。
スカーレットの心は、今にも跳ねそうだった。
(……エスコートしてくれた。周囲の視線をものともせず、ちゃんと婚約者として、私の手を取ってくれた)
彼女の横顔をちらりと見たラファエルは、視線を前に戻すと、静かに言った。
「緊張しているのか?」
「えっ……はい、まぁ少しだけ」
「大丈夫だ。俺が隣にいる」
その何気ない一言に、スカーレットの頬がふわりと赤く染まる。
(ずるいわ……ラファエル様……)
だがその優しさに、救われたのもまた事実だった。
二人はゆっくりと、大理石の階段を上り、式場へと足を踏み入れていく。
この日、“悪役令嬢”と“堕天使”の登場は、王都中の話題となる。
だが、スカーレットにとっては――
――たった一人に、手を取ってもらえたその瞬間こそが、何よりの救いだった。
***
煌びやかなシャンデリアが、金と銀の光を放ちながら天井に揺れていた。
会場の空気は、祝福と好奇心、そして噂話のざわめきに包まれている。
スカーレットはというと、式場の隅にある白亜の柱の影に、そっと身を置いていた。
「……壁になることに徹するのが一番よ。目立たなければ、悪目立ちもしない。断罪もされない。うん、完璧」
そんな彼女の隣には、当然のようにラファエルがいた。
紺色の燕尾服を着こなし、背を壁にもたれかけるようにして、腕を組み、静かに周囲を見渡している。
目立たぬようにしている彼女とは対照的に、彼の存在感はただ立っているだけでも周囲の視線を集めていた。
スカーレットはこそっとラファエルを見上げて言う。
「……ラファエル様。誰かとお話ししたりなさらないのですか?」
ラファエルは視線を動かすこともなく答えた。
「友人などいない。昔からそうだ。……俺は恐れられる。忌避される。だからこういう場では静かにしている方がいい」
それはただの事実であり、寂しさや憐れみの余地もない、淡々とした口調だった。
「……」
「お前こそ、こういう催しは好きじゃないのか? さっきから見事な“壁”になっているが」
スカーレットは思わず吹き出しそうになったが、ぐっとこらえた。
「……まぁ、昔は好きでしたよ。こういう綺麗な式典やドレスも。でも、今は……目立たずに生きるのが一番長生きできますから」
「……?」
ラファエルの眉がわずかに動く。皮肉か、警戒か、本気か――判断に迷ったようだった。
だがその時、会場の空気がふっと変わった。
――柔らかなハープの音色とともに、中央の階段に視線が集中する。
そこに現れたのは、まるで“天から舞い降りた天使”そのものだった。
純白のバラを散りばめたドレスをまとい、淡く光る金糸の髪を美しく結い上げた聖女・マリア。
その隣には、漆黒のタキシードを着たセシル王子が立ち、笑みを浮かべながらマリアの手を取っていた。
二人は静かに視線を交わしながら、階段をゆっくりと降りてくる。
光が差し込む大広間。
その光さえも、二人を祝福しているかのように――。
「……」
「……」
スカーレットもラファエルも、無言のまま、ただ二人を見つめていた。
スカーレットは思う。
(……やっぱり、綺麗な人。絵になるわ。彼女はまさに“ヒロイン”って感じ)
横を見る。
ラファエルの顔には、感情の波は見えなかった――が、それでも彼の瞳は、確かにマリアを映していた。
その視線の奥にある感情が、スカーレットには分からなかった。
(……ラファエル様は、どんな気持ちで見ているの?
彼女が……愛した人が、別の人と結婚するその瞬間を――)
だが問いは、胸の奥にしまわれたままだった。
周囲の空気が祝福に染まる中、
悪役令嬢と堕天使――最も注目される二人は、ひっそりとその空気の中に息を潜めていた。
***
「これより、オスベリア王国・第一皇子、セシル・マンルースと
聖女・スーザン・サラン・マリアージュとの正式な婚約を宣言する」
王の高らかな声が響いた瞬間、会場は大きな拍手と光に包まれた。
聖堂のような大広間。
ステンドグラス越しに差し込む光が、まるで二人のためにあるかのように舞い降りていた。
セシル王子がマリアの手を取り、そっと膝をつく。
マリアは微笑みを浮かべ、その様子を優雅に受け入れていた。
「マリア。君を生涯、守り、愛し、支えよう。……俺の未来を、君に」
「……はい。私も貴方と生きる未来を、選びますわ」
そして――。
セシル王子がゆっくりと立ち上がり、マリアの額へ、そっと唇を落とした。
その瞬間、会場はひときわ大きな歓声と祝福の拍手で包まれた。
まさに絵画のような、美しき誓いの瞬間だった。
だがその歓声の中、スカーレットは小さく息を呑んでいた。
(あぁ、これが――誓いのキス)
胸の奥が、キリキリと痛む。
ラファエルの横顔をちらりと見る。
その顔には、変化は見られない。
けれど、彼の赤い瞳は確かに二人を見つめていた。
――その視線に宿る、光と影。
(ラファエル様は……どんな気持ちで、マリア様を見ているの?
もしかして、まだ……)
その瞬間だった。
マリアが、こちらを見た。
誓いのキスを終え、優雅に頭を下げたその彼女が、観客席の中――“スカーレット”の方へ、ふと瞳を向けたのだ。
その瞳は笑っていた。
微笑みは、誰が見ても天使のようだった。
だが――スカーレットの背筋に、ぞわりと冷たいものが走る。
(……嘘。なに?この視線。まるで……“勝者の微笑み”みたいじゃない)
スカーレットは俯く。
胸が、苦しい。
ラファエル様は――どこを見ている?
マリア様を見ている?
それとも私を……?
「……」
一方で、ラファエルもまた静かに息を吐いていた。
誓いのキス――祝福――
マリアが、別の男のものになる瞬間を、確かに見た。
何年も、胸に燻らせていた淡い想いが、
今、音を立てて“終わった”気がした。
(……これで、良かったんだ。彼女が幸せなら、それで……)
……だが。
その隣に、まるで沈み込むように肩を落とす、紅色の髪の女の姿があった。
(――スカーレット?)
彼女の目は伏せられていた。
表情は読めない。だけど、心が叫んでいるような気がした。
なぜだ。なぜ、今――
マリアではなく。
スカーレットの顔ばかりが、脳裏に焼き付くのは。
拍手が続く。
祝福の言葉が飛び交う。
けれど二人の胸には、別のざわめきが生まれていた。
沈黙の中。
誰も知らぬところで、ひっそりと心の歯車がずれ始めていた――。
馬車の扉が開かれると、真っ先に姿を現したのは、紺色の燕尾服を身にまとった青年。
ラファエル・マンルース――“堕天使”と呼ばれる廃太子。
その気高く整った横顔が日の光を浴びると、まるで夜明けに現れた影の王のようで、周囲の視線を一身に集めた。
そんな彼が、すっと手を差し出した。
「……手を」
馬車の中にいるもう一人の存在――スカーレットは一瞬、戸惑いに目を見張る。
(えっ、ラファエル様が、手を……?)
わずかにためらったが、ラファエルの目が「遠慮は無用だ」と言っているようで、そっと彼の手を取った。
その瞬間、周囲にどよめきが走る。
「……廃太子殿下が、婚約者様に手を?」
「まさか、悪女とまで言われたスカーレット嬢を、ちゃんとエスコートしている……?」
スカーレットがドレスの裾をつまみ、優雅に馬車を降りた時――その場の空気が張り詰めたように静まり返った。
紫のドレスに身を包んだ彼女は、いつもよりも儚げで、それでいて気品に満ちていた。
その姿を見た者たちの間から、次々と声が上がる。
「まさか、本当に出席するなんて……」
「スカーレット様はセシル王子の元婚約者ですのよ」
「聖女様にまた何か仕掛けるつもりでは?脅迫事件の噂もまだ残っていますわ」
「それを言うなら、ラファエル様こそ。聖女様をずっと愛していたと噂されているのに……」
「……二人して、なぜ今日という日に?」
憶測と疑念、嫉妬と警戒が渦巻く中、
それでもスカーレットとラファエルは、ただ静かに互いの距離を守り、歩き出した。
スカーレットの心は、今にも跳ねそうだった。
(……エスコートしてくれた。周囲の視線をものともせず、ちゃんと婚約者として、私の手を取ってくれた)
彼女の横顔をちらりと見たラファエルは、視線を前に戻すと、静かに言った。
「緊張しているのか?」
「えっ……はい、まぁ少しだけ」
「大丈夫だ。俺が隣にいる」
その何気ない一言に、スカーレットの頬がふわりと赤く染まる。
(ずるいわ……ラファエル様……)
だがその優しさに、救われたのもまた事実だった。
二人はゆっくりと、大理石の階段を上り、式場へと足を踏み入れていく。
この日、“悪役令嬢”と“堕天使”の登場は、王都中の話題となる。
だが、スカーレットにとっては――
――たった一人に、手を取ってもらえたその瞬間こそが、何よりの救いだった。
***
煌びやかなシャンデリアが、金と銀の光を放ちながら天井に揺れていた。
会場の空気は、祝福と好奇心、そして噂話のざわめきに包まれている。
スカーレットはというと、式場の隅にある白亜の柱の影に、そっと身を置いていた。
「……壁になることに徹するのが一番よ。目立たなければ、悪目立ちもしない。断罪もされない。うん、完璧」
そんな彼女の隣には、当然のようにラファエルがいた。
紺色の燕尾服を着こなし、背を壁にもたれかけるようにして、腕を組み、静かに周囲を見渡している。
目立たぬようにしている彼女とは対照的に、彼の存在感はただ立っているだけでも周囲の視線を集めていた。
スカーレットはこそっとラファエルを見上げて言う。
「……ラファエル様。誰かとお話ししたりなさらないのですか?」
ラファエルは視線を動かすこともなく答えた。
「友人などいない。昔からそうだ。……俺は恐れられる。忌避される。だからこういう場では静かにしている方がいい」
それはただの事実であり、寂しさや憐れみの余地もない、淡々とした口調だった。
「……」
「お前こそ、こういう催しは好きじゃないのか? さっきから見事な“壁”になっているが」
スカーレットは思わず吹き出しそうになったが、ぐっとこらえた。
「……まぁ、昔は好きでしたよ。こういう綺麗な式典やドレスも。でも、今は……目立たずに生きるのが一番長生きできますから」
「……?」
ラファエルの眉がわずかに動く。皮肉か、警戒か、本気か――判断に迷ったようだった。
だがその時、会場の空気がふっと変わった。
――柔らかなハープの音色とともに、中央の階段に視線が集中する。
そこに現れたのは、まるで“天から舞い降りた天使”そのものだった。
純白のバラを散りばめたドレスをまとい、淡く光る金糸の髪を美しく結い上げた聖女・マリア。
その隣には、漆黒のタキシードを着たセシル王子が立ち、笑みを浮かべながらマリアの手を取っていた。
二人は静かに視線を交わしながら、階段をゆっくりと降りてくる。
光が差し込む大広間。
その光さえも、二人を祝福しているかのように――。
「……」
「……」
スカーレットもラファエルも、無言のまま、ただ二人を見つめていた。
スカーレットは思う。
(……やっぱり、綺麗な人。絵になるわ。彼女はまさに“ヒロイン”って感じ)
横を見る。
ラファエルの顔には、感情の波は見えなかった――が、それでも彼の瞳は、確かにマリアを映していた。
その視線の奥にある感情が、スカーレットには分からなかった。
(……ラファエル様は、どんな気持ちで見ているの?
彼女が……愛した人が、別の人と結婚するその瞬間を――)
だが問いは、胸の奥にしまわれたままだった。
周囲の空気が祝福に染まる中、
悪役令嬢と堕天使――最も注目される二人は、ひっそりとその空気の中に息を潜めていた。
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「……はい。私も貴方と生きる未来を、選びますわ」
そして――。
セシル王子がゆっくりと立ち上がり、マリアの額へ、そっと唇を落とした。
その瞬間、会場はひときわ大きな歓声と祝福の拍手で包まれた。
まさに絵画のような、美しき誓いの瞬間だった。
だがその歓声の中、スカーレットは小さく息を呑んでいた。
(あぁ、これが――誓いのキス)
胸の奥が、キリキリと痛む。
ラファエルの横顔をちらりと見る。
その顔には、変化は見られない。
けれど、彼の赤い瞳は確かに二人を見つめていた。
――その視線に宿る、光と影。
(ラファエル様は……どんな気持ちで、マリア様を見ているの?
もしかして、まだ……)
その瞬間だった。
マリアが、こちらを見た。
誓いのキスを終え、優雅に頭を下げたその彼女が、観客席の中――“スカーレット”の方へ、ふと瞳を向けたのだ。
その瞳は笑っていた。
微笑みは、誰が見ても天使のようだった。
だが――スカーレットの背筋に、ぞわりと冷たいものが走る。
(……嘘。なに?この視線。まるで……“勝者の微笑み”みたいじゃない)
スカーレットは俯く。
胸が、苦しい。
ラファエル様は――どこを見ている?
マリア様を見ている?
それとも私を……?
「……」
一方で、ラファエルもまた静かに息を吐いていた。
誓いのキス――祝福――
マリアが、別の男のものになる瞬間を、確かに見た。
何年も、胸に燻らせていた淡い想いが、
今、音を立てて“終わった”気がした。
(……これで、良かったんだ。彼女が幸せなら、それで……)
……だが。
その隣に、まるで沈み込むように肩を落とす、紅色の髪の女の姿があった。
(――スカーレット?)
彼女の目は伏せられていた。
表情は読めない。だけど、心が叫んでいるような気がした。
なぜだ。なぜ、今――
マリアではなく。
スカーレットの顔ばかりが、脳裏に焼き付くのは。
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