堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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婚約式の厄災

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豪華な絨毯、きらめくシャンデリア。
笑い声と音楽が交錯する中、スカーレットとラファエルは、他の来賓から一歩引いた場所で静かに佇んでいた。

周囲の視線は相変わらず冷たく、時折ひそひそと噂の声が聞こえてくる。

「まさか、“あの”悪役令嬢が来るなんて……」
「廃太子との結婚って、罰なのかしら?」
「見て、あの女。ドレスは立派だけど、顔がひきつってるわよ」

それでもスカーレットは優雅に微笑み、ラファエルは黙して動じずにいた。

その時――

「……やあやあ、まさかまさか。元・婚約者様と、我が愚弟までが、わざわざご足労とはね!」

聞き慣れた、嘲るような声が響いた。

スカーレットが振り返ると、そこには黒のタキシードに身を包み、シャンパン片手に余裕の笑みを浮かべたセシル王子の姿があった。

その横には、純白の薔薇のように可憐な微笑みを浮かべたマリア。

「お祝いに来てくれるなんて、正直びっくりだよ。弟君。君が婚約式に姿を見せるなんてね。まるで――未練でもあるように見える」

セシルの目は愉快そうに笑っていたが、ラファエルはその挑発的な視線を一瞥もしなかった。

スカーレットは微笑みを保ったまま、一歩前に出て言う。

「まぁ。陛下直々のご招待でしたもの。お断りする理由などありませんわ。"王命”を無視するほど不敬な真似、致しませんものね?」

その完璧な笑顔に、セシルが眉をひそめかけたところで、マリアが間に入った。

「セシル様。お二人とも、私たちのお祝いに来てくださったのですわ。
あまり挑発なさらない方が、よろしくてよ?」

「……ふん。君がそう言うなら、まぁ今回はこれで引いてやるさ」

セシルは肩をすくめ、明らかに不満げにシャンパンを飲み干すと、
隣のマリアの手を取り――。

「さ、こんな招かれざる客たちを相手にするより、向こうの貴族連中にでも挨拶してくるとしようか。君の人気はすごいからね、マリア」

「ふふ、ええ。参りましょう」

だが、その去り際――
マリアはふと立ち止まり、ラファエルの方へと顔を向けた。

「……本日は、ご出席くださりありがとうございますわ、ラファエル様。
あなたが来てくださったこと、私……本当に嬉しいですのよ」

その声は、まるで昔のまま。
穢れのない天使のように優しく、美しく――けれど、どこか罪深い。

紅の瞳が、一瞬揺れた。

(……マリア……)

言葉にならない想いが喉の奥に引っかかり、ラファエルは何も言えずに立ち尽くした。

それを見たセシルが、明らかに不快そうに眉を寄せる。

「マリア」

「……ええ、今参りますわ」

マリアは一瞬の余韻を残して、くるりと踵を返し、今度こそラファエルの元を離れていった。

残されたスカーレットは、横に立つラファエルの沈黙に気づいていた。

(……マリア様のこと、まだ忘れていないのかしら)

静かに胸が痛んだ。

だが、スカーレットは黙っていた。
何も言わずに、その場に立ち尽くすラファエルの隣で、少しだけ強くドレスの裾を握った。

心の中でだけ――

(私は……貴方の“今”になれないの?)

その問いは、誰にも届かなかった。

***

「少し、お手洗いに行って参りますわ」

そう言い残して式場を後にしたスカーレットの笑顔は、どこか痛々しかった。
誰にも気づかれないよう、彼女は早足で式場を離れ、人気のない回廊に身を隠す。

――華やかな婚約式の裏で、胸の奥がこんなにも痛むなんて。

「……私、本当に……ラファエル様のこと、好きになってしまったのね」

ぽつりと呟いた声が石壁に吸い込まれる。
紅茶のように温かい恋心が、今や火傷のように苦しい。

「片想いって……こんなに辛いものなのね……」

スカーレットは顔を覆い、静かに深呼吸した。
少しだけ目元の涙を拭って、無理に微笑みを作る。

「戻らなきゃ……私は壁になるって決めたのよ、最後まで」

――そう、戻ろう。そう思って式場に戻った、その時。

「……あれ?」

彼が、いない。

紺色の燕尾服。漆黒の髪。彼の姿が、どこにもなかった。

「……どうして……」

胸が、ざわつく。

ほんの数分目を離しただけ。
それなのに、ラファエルの気配がどこにもない。

スカーレットは焦り、会場の隅々まで探す。
バルコニー、控室、庭園――彼がいそうな場所をすべて。

(お願い、お願い、何事もありませんように……)

走った先は、式場の裏庭。月光に照らされる、誰もいない噴水の前。

そして――

「……っ、え……?」

倒れていた。

ラファエルが、噴水の傍で、苦しげに横たわっていた。

「ラファエル様ッ!!」

駆け寄ったスカーレットの視界に、血が飛び込んできた。

闇発作……? いや、違う。

彼の腹部には、赤黒く染まった傷。
刺されたのだ。

「ど、どうして!? 誰に……!?」

衝撃が頭を打ち、思考が混線する。

(そんなことより今は、命……命が優先!)

周囲を見回す――だが、誰もいない。

ここは裏庭、音楽も届かない。叫んでも、誰かが来る保証はない。
それに、彼を助けようと心から思ってくれる人間など、今の王都には存在しない。

――いない。いない……でも、一人だけ……!

「……私が、連れていく!」

そう決意し、スカーレットは倒れたラファエルの腕を肩に回し、必死に支える。

「もう大丈夫……っ、私が、あなたを助ける!」

懸命に身体を引きずり、式場の裏口から馬車へと向かう。
ドレスの裾が血と土で汚れていくのも構わず、彼女はただ前を見た。

馬車にラファエルを乗せ、御者に叫ぶ。

「魔王城へ向かって!一刻も早く!!」

驚く御者の声も聞かず、スカーレットは彼の傍らに膝をつき、震える手でラファエルの冷たい手を握った。

「お願い、ラファエル様……目を開けて……!」

血の気が失われた顔。浅くなる呼吸。

「……どうして……私が、加護を持っていれば……」

涙が零れ、手の甲に落ちた。

けれど、まだ彼は死んでいない。温もりは、かすかに残っている。

「あなたを……死なせたりなんてしない!」

震える声で、何度も彼の名前を呼び、手を強く握る。

(お願い、誰でもいい、何でもいい……この人の命を……)

そのときだった。

――淡い、月の紋章が、スカーレットの手の甲に浮かび上がる。

それは、癒しの力《ノクシア》の発動を告げる光。

けれど、彼女はまだその奇跡に気づかないまま――ただ、彼を抱きしめ続けた。
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