堕天使様との恋は前途多難です!〜この恋は筋書きにありません!〜

明夏 向日葵

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涙の祈りが届く時

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部屋の空気が、ふと変わった。
ラファエルのまつ毛が震え、閉じられていた瞼がゆっくりと持ち上がる。

天井のシャンデリアは落ち着いた紫の灯りを揺らし、その光が彼の瞳に映り込む。

「気がついたか、ラファエル」

すぐそばの椅子に座っていたジルベールが、顔を上げる。いつもの飄々とした笑みではない。その表情には、ほんのわずかだが安堵の色が浮かんでいた。

「……ジルベール……俺……?」

「ああ、お前は婚約式で刺された。だが、命は助かった。ギリギリだったがな」

ラファエルはゆっくりと息を吸い込み、次に吐き出した。

痛みはある。だが、それ以上に――心の奥に残る、誰かの声があった。

「スカーレットは…無事か……?」

ジルベールはふっと笑う。

「心配しなくても彼女は無事だ。そして――お前を助けるために、泣きながらこの城までお前を連れてきた」

「……え?」

「血まみれのお前を抱え、『お願い、助けて』と叫んでいたよ。ドレスも髪もめちゃくちゃだったな」

ラファエルの心臓が、ほんの少し、きゅっと縮んだ。

想像できない光景だった。だが、彼女なら……そうしてくれたのかもしれない。

(……俺は、あんなに冷たくしていたのに……)

ふと、扉の向こうからふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。

「ラファエル様……!」

扉を開け、笑顔を浮かべたスカーレットが駆け込んでくる。彼女の後ろには、小さな魔物・コロネもいる。手には、お粥の乗ったお盆があった。

彼女はいつものような高飛車さも意地もない、ただ心配そうな、けれど安堵を含んだ柔らかい笑顔を見せていた。

「……よかった。目を覚ましてくれて……本当に……よかった」

「……ああ……スカーレット、君……」

言葉にならない想いが喉に詰まり、ラファエルはただ見つめ返すことしかできなかった。

「おかゆ、作ったの。まだ温かいわ。」

湯気の立つ白粥の香りが、ほのかに部屋に満ちた。
こんなふうに、誰かに手を差し伸べられることがあるのだと――知らなかった。

(……あたたかいな、君は)

やがて、お粥を一口食べたラファエルの頬が緩む。

「……うまい」

「ほんとに? 気休めじゃなくて?」

「本気だ。味も、優しさも、全部入ってる」

彼の言葉にスカーレットは顔を赤らめ、視線をそらした。

その小さな温もりの時間は、確かにそこにあった。

***

数日後、ラファエルの容体も安定し、ついに“事件”の話に踏み込むときがきた。

「で、犯人の顔は見たのかい?」
そう尋ねたのはジルベールだった。彼は手帳を取り出しながら、探偵のような顔をしている。

「黒いマントを被っていて……顔までは分からなかった。ただ、刺された瞬間……強烈な刺激が体を駆け抜けた。あれは、間違いなく太陽の力だ」

「ふむ、太陽の力か。王族か、その血筋……あるいはそれに近い者ということだね」

ジルベールの目が鋭くなる。

「犯人の服装は?」
「刺されたのは背後からだから、よく分からなかった。見えたのは黒いマントの裾が揺れてた。軽くて……高級品の、絹か何かだったと思う」

「なるほど。では、王族階級で、太陽の力を使え、背後から一突きできる胆力を持つ人物……だいぶ絞れるね」

そう言って、ジルベールは満足げにうなずいた。

だがそのとき、ラファエルが起き上がろうとした。

「俺も行く。捜査に加わる」

「――ちょっと待った!」

ジルベールが腕を広げて、ラファエルの前に立ちふさがる。

「ここはお父さんに任せておきなさい」

「……誰がお父さんだ」

「だが、まだ傷も塞がってもいないし、捜査はダメだ!」

「そうですわよ、ラファエル様!」

スカーレットが慌てて口を挟む。

「婚約式の時は本当に、貴方が血を流して倒れていて……本当に焦ったんですから! ここはゆっくり療養していてください。私、こう見えても潜入や捜査は得意分野なのですよ?」

「き、君に心配をかけたのは事実だし……君がそういうなら、分かった」

ぽそりとそう言って、ラファエルはベッドに身体を預けた。

(私が言ったときは、捜査すると言って聞かなかったのに)

横目で二人のやり取りを見ていたジルベールが、小さくため息をつく。

(スカーレット嬢が言うとすぐさま言うことを聞いた……これが、愛というものか……なんだか嬉しいような、寂しいような……)

天井を見上げ、ジルベールは苦笑を浮かべた。

(まったく、私の立場って、何なのだろうね……)
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