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ぬくもりの城
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高原の風が、セレスタイン城の回廊をやさしく撫でる。遠くの森から聞こえる鳥のさえずりに、ラファエルは目を細めた。
彼はまだ完全ではないが、日に日に身体は回復してきていた。ベッドに縛りつけられる日々から解放され、こうして城内を歩けるようになったことに、彼はひそかに安堵していた。
だが、それ以上に彼の心に変化をもたらしたのは、——スカーレットの存在だった。
「おはようございます、ラファエル様。今日は良い天気ですね」
庭先でハーブを摘んでいたスカーレットが、振り返って微笑む。風に揺れる赤髪と陽光にきらめく瞳。それはどこか、彼の幼い記憶にある“幸せ”を思い出させる。
「……お前は、いつもそんなに元気なのか」
照れくさそうに目をそらしながら、ラファエルはそう返す。以前なら無意識に張っていた威圧的な態度も、今では不思議と取れていた。
「ふふ、元気じゃないと、回復中の方のお世話はできませんからね」
スカーレットが摘んだハーブを手に、近づいてくる。彼女が差し出した布袋から、ミントとカモミールの香りがふわりと漂った。
「今夜はこれでハーブティーを淹れましょう。少しでも眠りやすくなるように」
「……お前は、なんでそんなに……俺に優しくするんだ?」
ぽつりと、ラファエルが呟いた。その声に、スカーレットの手がわずかに止まる。
「そうですね……たぶん、ラファエル様の“心”が、助けを求めているように見えたから、でしょうか」
「……俺の、心……?」
「はい。誰よりも傷ついているのに、それを誰にも見せようとしない。誰かに裏切られ、信じることをやめた目を、ラファエル様はしていた」
スカーレットの瞳が、まっすぐにラファエルを見つめる。
「でも、私には見えました。誰にも触れられたことのない——けれど、確かに温かい“何か”が、ラファエル様の中にあるって」
ラファエルは何も言えなかった。ただ、心の奥が静かに揺れるのを感じた。
彼の胸の奥、ずっと蓋をしていた何かが、そっとほどけていく。
「……なら、試してみてもいいか?」
「え?」
「“信じる”ってやつを……もう一度、試してみてもいいか?」
スカーレットは、ふっと目を見開いた後、ゆっくりと微笑んだ。
「もちろんです。何度でも、どうぞ」
ラファエルが差し出した手に、スカーレットはそっと自分の手を重ねた。
その温もりは、誰よりも柔らかくて、優しかった。
——そしてその午後、セレスタイン城の一室では、ふたりの静かで穏やかな時間が流れていく。
笑い合う声、重なる影、繋がれた手の温もり。
知らぬ間に芽吹き始めた“愛”という名の蕾は、もうすぐ花開こうとしていた。
****
セレスタイン城は静まり返っていた。
壁にかけられたランプの灯りが、ほんのりと金色の光を揺らしている。
ラファエルの寝室には、ほのかに甘いハーブの香りが漂っていた。
ベッドの脇には湯気の立つカップと、心なしか緊張した様子のスカーレットが座っていた。
「……眠れないんですか?」
カップを手渡しながら、スカーレットがそっと問いかける。
「いや、少し……傷がうずくだけだ」
ラファエルは素直に答えながらも、ちらりとスカーレットの手元に視線を送った。
彼女の指は細く、あたたかそうで、どこか懐かしさを誘う。
「飲み終わったら、背中にもう一度、薬を塗りますね。……少し冷たいかもしれませんが」
「……お前がやるなら、我慢する」
思わずこぼれた言葉に、スカーレットが目を見開いた。
そして、ほんのりと頬を染めながら微笑む。
「そんなに信頼されるの、ちょっと照れますね」
やがてラファエルがシャツの背を脱ぎ、スカーレットが静かに指先を伸ばす。
指先に冷えた軟膏をとり、ゆっくりと背中へ塗り込む。
彼の肩甲骨のあたりに、薄く残る傷痕。
それをなぞる指に、ラファエルは小さく息を吸った。
「……あまり、見ないでくれ」
「痛々しくて、胸が詰まるだけです。……ラファエル様の罪じゃない。誰かの身代わりで傷ついた身体は、誇るべきものです」
言葉が、やさしく染み込んでいく。
ラファエルはベッドに頬を伏せながら、ぽつりと漏らす。
「……なぁ、スカーレット。お前は……こんな俺でも、傍にいたいと思うのか?」
その声に、スカーレットの手がぴたりと止まる。
そして、ためらいなく、彼の手をそっと握った。
「私は……ラファエル様だから、傍にいたいと思ったんです。
強くて、傷だらけで、でも誰よりも真っ直ぐで。……私には、ちゃんと見えています」
ラファエルはその言葉に、少しだけ目を伏せ、握られた手をゆっくりと握り返す。
それはまるで、氷のように冷え切った心に、初めて灯された“火”のようだった。
「スカーレット……」
「はい」
「……ありがとう」
それだけで、ふたりの間にあった見えない壁が、ふわりと溶けていく気がした。
その夜、ラファエルは深い眠りについた。
手を握ったまま、静かな寝息を立てる彼の隣で、スカーレットもまたそっと目を閉じた。
繋がれた手のぬくもりが、ふたりの心の距離を、確かに近づけていた。
彼はまだ完全ではないが、日に日に身体は回復してきていた。ベッドに縛りつけられる日々から解放され、こうして城内を歩けるようになったことに、彼はひそかに安堵していた。
だが、それ以上に彼の心に変化をもたらしたのは、——スカーレットの存在だった。
「おはようございます、ラファエル様。今日は良い天気ですね」
庭先でハーブを摘んでいたスカーレットが、振り返って微笑む。風に揺れる赤髪と陽光にきらめく瞳。それはどこか、彼の幼い記憶にある“幸せ”を思い出させる。
「……お前は、いつもそんなに元気なのか」
照れくさそうに目をそらしながら、ラファエルはそう返す。以前なら無意識に張っていた威圧的な態度も、今では不思議と取れていた。
「ふふ、元気じゃないと、回復中の方のお世話はできませんからね」
スカーレットが摘んだハーブを手に、近づいてくる。彼女が差し出した布袋から、ミントとカモミールの香りがふわりと漂った。
「今夜はこれでハーブティーを淹れましょう。少しでも眠りやすくなるように」
「……お前は、なんでそんなに……俺に優しくするんだ?」
ぽつりと、ラファエルが呟いた。その声に、スカーレットの手がわずかに止まる。
「そうですね……たぶん、ラファエル様の“心”が、助けを求めているように見えたから、でしょうか」
「……俺の、心……?」
「はい。誰よりも傷ついているのに、それを誰にも見せようとしない。誰かに裏切られ、信じることをやめた目を、ラファエル様はしていた」
スカーレットの瞳が、まっすぐにラファエルを見つめる。
「でも、私には見えました。誰にも触れられたことのない——けれど、確かに温かい“何か”が、ラファエル様の中にあるって」
ラファエルは何も言えなかった。ただ、心の奥が静かに揺れるのを感じた。
彼の胸の奥、ずっと蓋をしていた何かが、そっとほどけていく。
「……なら、試してみてもいいか?」
「え?」
「“信じる”ってやつを……もう一度、試してみてもいいか?」
スカーレットは、ふっと目を見開いた後、ゆっくりと微笑んだ。
「もちろんです。何度でも、どうぞ」
ラファエルが差し出した手に、スカーレットはそっと自分の手を重ねた。
その温もりは、誰よりも柔らかくて、優しかった。
——そしてその午後、セレスタイン城の一室では、ふたりの静かで穏やかな時間が流れていく。
笑い合う声、重なる影、繋がれた手の温もり。
知らぬ間に芽吹き始めた“愛”という名の蕾は、もうすぐ花開こうとしていた。
****
セレスタイン城は静まり返っていた。
壁にかけられたランプの灯りが、ほんのりと金色の光を揺らしている。
ラファエルの寝室には、ほのかに甘いハーブの香りが漂っていた。
ベッドの脇には湯気の立つカップと、心なしか緊張した様子のスカーレットが座っていた。
「……眠れないんですか?」
カップを手渡しながら、スカーレットがそっと問いかける。
「いや、少し……傷がうずくだけだ」
ラファエルは素直に答えながらも、ちらりとスカーレットの手元に視線を送った。
彼女の指は細く、あたたかそうで、どこか懐かしさを誘う。
「飲み終わったら、背中にもう一度、薬を塗りますね。……少し冷たいかもしれませんが」
「……お前がやるなら、我慢する」
思わずこぼれた言葉に、スカーレットが目を見開いた。
そして、ほんのりと頬を染めながら微笑む。
「そんなに信頼されるの、ちょっと照れますね」
やがてラファエルがシャツの背を脱ぎ、スカーレットが静かに指先を伸ばす。
指先に冷えた軟膏をとり、ゆっくりと背中へ塗り込む。
彼の肩甲骨のあたりに、薄く残る傷痕。
それをなぞる指に、ラファエルは小さく息を吸った。
「……あまり、見ないでくれ」
「痛々しくて、胸が詰まるだけです。……ラファエル様の罪じゃない。誰かの身代わりで傷ついた身体は、誇るべきものです」
言葉が、やさしく染み込んでいく。
ラファエルはベッドに頬を伏せながら、ぽつりと漏らす。
「……なぁ、スカーレット。お前は……こんな俺でも、傍にいたいと思うのか?」
その声に、スカーレットの手がぴたりと止まる。
そして、ためらいなく、彼の手をそっと握った。
「私は……ラファエル様だから、傍にいたいと思ったんです。
強くて、傷だらけで、でも誰よりも真っ直ぐで。……私には、ちゃんと見えています」
ラファエルはその言葉に、少しだけ目を伏せ、握られた手をゆっくりと握り返す。
それはまるで、氷のように冷え切った心に、初めて灯された“火”のようだった。
「スカーレット……」
「はい」
「……ありがとう」
それだけで、ふたりの間にあった見えない壁が、ふわりと溶けていく気がした。
その夜、ラファエルは深い眠りについた。
手を握ったまま、静かな寝息を立てる彼の隣で、スカーレットもまたそっと目を閉じた。
繋がれた手のぬくもりが、ふたりの心の距離を、確かに近づけていた。
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