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158.母の想いはよくわからないのです……

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 ……やっべー。マジべーだったわ。
 逃げるようにパパの部屋から出て、早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。パパの凄みで確実に寿命を三日ほど削られた。本当に怖かったわ。

 あんまりパパと会う予定はないんだが、予定は未定だからな。今後もこうして何かしらの活動に対する報告や相談をする機会も、もしかしたらあるかもしれない。
 その度に命を削られたんじゃ、やってられん。

 今度会うことがあれば、ぜひ誤解を解いておきたい。
 俺にはアクロさん荷が重いし正直好きか嫌いかで言えば……まあ贔屓目に見ても中間くらいっすよー、と。ないっすよー、と。

「おやお嬢様。相談は済みましたかな?」

 とりあえず玄関ホールに戻ってくれば、出迎えてくれた第一執事ハウルが、一緒に戻ってきたレンと話をしながらそのまま待っていた。
 いつもパパの傍にいて、外出時も常に一緒にいるのだが、どうやら今日は外に出る用事がないようだ。

 考えてみれば、俺も運がよかったな。パパが家にいる確率って結構低いみたいだからな。

「ええ。これを渡してって」

 と、パパから預かった弟宛ての手紙を渡す。

「おや。緊急用の封筒ですな」

 フロントフロン家では、封筒の作りや色や封の仕方で、「誰宛」で「緊急か普通便」かを見た目で判断できるようになっている。無論そのシステムとパターンを知っているのは身内だけで、パパが最も信を置いている者に限られる。まあ暗号みたいなもんだよな。
 ちなみにアクロディリアも、暗号の全部は把握していないようだ。あえて教えられてないのか、アクロディリアが覚える気がなかったのかはわからないが。

「手配しておきましょう。……して、お嬢様はこれからどうなさいます?」

 うん。用は済んだし、下手に長居して再びパパに会うのもちょっと勘弁だ。昼飯はフロントフロン家で食べようかと思っていたのだが……まあ、諦めよう。

「お母様に挨拶だけして、もう行くわ。やることもあるから」
「左用で。奥様ならいつもの場所にいますよ」
 
 レンに「もうちょっと待ってて」と言い残し、俺はいつもの場所……裏庭に出た。




「お母様。顔を見に来ました」

 いつもの場所に、メイドを傍に置いたアクロママ……ファベニア・ディル・フロントフロンがいた。

 帰郷していた時とあまり変わらない光景だ。
 パラソルの下でお茶しながら外の空気を吸い風を浴びてのんびり過ごすという、なかなか優雅な過ごし方である。

 ――いや、明確に変わった点があった。

「ヘイヴンとの話は済んだの?」
「ええ。……旅行に?」

 テーブルにある本数冊に、今手にある本も、旅行に関する本だった。旅行記とか観光地の勧めとか、そんな感じのな。

「そうなのよ。アクロ、ちょっと座りなさい。そして話を聞きなさい」

 え? マジで? すぐ行くつもりだったんだが……
 なんだかよくわからんが、ママは話したいことがあるようだ。柔らかい表情 (だけど悪役っぽい)を浮かべ、メイドに俺の紅茶を淹れるよう指示する。
 うーん……見る限りではすごく元気そうだな。前はやはりどこか弱々しい感じがあったんだが。

「体調はいいようですね」
「ええ、とても調子がいいの」

 元気になったアクロママは、最近は朝夕散歩したり、ちょっと庭をいじったりして過ごしているらしい。
 家の中を移動するのさえきつかったこれまでとは打って変わって、むしろ動かないと調子が悪いとさえ思えるようになってきたとか。

「夜中に、自分の咳で起きることもなくなったわ。熟睡できるっていいわね」

 ……治せてよかったと素直に思う。やっぱり天使プロジェクトは続けたいな。

「まあでも、何より嬉しいのは、ヘイヴンと過ごす時間が増えたことだけど」

 おお、ノロケが出たぞ。仲良さげで結構ですな。

「それで、今度は一緒に旅行に行くのですか?」

 ここまで話を聞けば、自ずと答えは見えるというものだ。

「そうなの。一泊だったら時間が取れるからって」

 一泊……ってことは、半日オフか? 夕方発って翌日の昼過ぎに戻るみたいな。転送魔法陣があるから、いろんなところには簡単に行けるだろうから可能っちゃ可能なのか。
 でもパパすげー忙しそうだからなぁ。はっきり言って旅行どころじゃない気がするが……

「お母様。たとえ時間があっても、お父様は観光は……」

 せっかくのオフなのに体力を使わせるようなことはあんまり……、と言葉を選ぶ俺に、ママは頷いた。

「そうなのよね。ハウルにも言われたわ。もうそれなりの歳だから、余裕のない旅行はやめた方がいいって」

 さすができる執事。俺が言うまでもなく苦言を呈してたわ。

「それでね、だったら観光なんかはせず、ゆっくり食事して泊まるだけならいいんじゃないかと思って」

 あ、なるほど。各地の料理を攻めるのはどうかって話か。そうだな、移動にはほとんど負担が掛からないから、一泊グルメ旅ならいいかもな。

「お父様もお母様もお酒が好きだし、地酒巡りとかもいいんじゃないかしら」
「いいわね!」

 強い同意を得られた。どうやらママの嗜好にクリティカルヒットしたようだ。
 ……だが、正直なんで座らされたのか未だよくわかってないんだが……旅行の話がしたかったのか? 旅行先? グルメ旅って結論は出てたみたいだけど……

 旅行か。
 そんなもん行きたいところに行くのが一番だろう。うまいメシ食いたいならメシで有名な地に行く、いっそ料理大国と言われるナッツゼルまで行ってもいいだろう。……いやダメか。さすがに立場上、国をまたぐのは無理か。

 観光がないとなるとなぁ……

 何かヒントはないかと周囲を見て、ふとメイドに目が止まる。
 フロントフロン家に来て五、六年目くらいの若い女性だ。どこかの下級貴族の娘だったと思う。さも「何も聞いてないし見てないですよ」という感じで、存在感なく佇んでいる。
 ――目が合った。俺の視線を感じたのだろう。一瞬「やべっ」て感じで目に動揺が走ったのを俺は見逃さなかった。アクロ嫌われすぎだろ。身内にも嫌われてるって……まあ今更か。

 メイドか。そういやいいのがあったな。

「お母様、一泊なら温泉という手がありますわ」
「温泉?」

 ママはピンと来なかったようだ。

「天然のお風呂よね? でもお風呂は家にあるわ」

 だからそれ目当てで行くのは気が進まない、と言いたいようだ。
 そうだな、この世界では風呂は普及してないし、わざわざ「風呂に入りに行く」という意識は生まれづらいのだろう。ママの場合は身近に風呂があるから尚更な。

「お風呂もいいですが、温泉もすごくいいですわよ。疲れも取れますから、激務続きのお父様にはぴったりだわ。一度騙されたと思って行ってみてください」

 で、だ。

「もし可能なら、メイドや使用人も何人か連れて行くといいですわ。慰安になりますから」

 まだ学校に風呂がない頃、レンは時々、山奥の温泉に行っていたんだよな。俺も行ったし。よかったぞー温泉。

「ねえ? ずっと屋敷の中で働き続けるのも退屈でしょう? たまには旅行があってもいいわよね?」

 何言い出してんだこのお嬢様、みたいに俺の発言に驚いていたメイドに話を振れば「いえ私は……でも、他の人は、もしかしたら……」と、ものすごく歯切れの悪い反応。完全に否定しない辺り、かなり図星だったらしい。

「ふうん……」

 そんなメイドを見て、ママも似たような結論に至ったらしい。

「温泉ね……本にも載っていないし、よくわからないけれど、ヘイヴンの身体に障らないなら一度くらい試してみてもいいわね」

 それに、とママはメイドを見た。

「元々ヘイヴンと二人きりで行けるわけがないし、少し多めに使用人を連れて行こうかしら」

 おお、やった。意見が通った。本当にたまにはこういうのがあってもいいと思うんだよな。前にダリアベリーと雑談してた時、給料が貯まるばっかで使うタイミングがないとか言ってたしな。たまには遊びに連れてってやってくれ。

「ところでお母様、なんの話がしたかったの?」

 ママの旅行計画に一応決着がついたようなので、聞いてみた。

「ヘイヴンと旅行に行くっていう自慢話だけど?」

 どうやらノロケの延長線上の用向きだったようだ。つか中身は違うけど娘に自慢してどうする。

 もう帰ろう。
 レンも待ってるし。

「え? もう行くの? もうちょっと聞いていきなさいよ」

 名残惜しそうなママを残して屋敷をあとにした。

 ――なお、この後すぐに決行された温泉旅行に、パパとママとついでにメイドたちはドハマりすることになる。




 王都に戻り、昼食を取ってから学校に戻り。

 キルフェコルトを待ちながら軽く訓練などをするも、弟からの連絡の方が先に来てしまった。




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