狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風

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188.これからの話とシィルレーン

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「こんにちは、お嬢ちゃん」

 あ、来た。

 機兵学校二日目が終わり、帰りの道を歩いていると、屋敷の近くで四人の男に囲まれた。

 ……うん、まあ、うん。

 来るならこの辺だろうとは思っていたし、近い内に来るとも思っていたが。

 まだまだ質より量という感じか。
 様子見が長いと見るべきか、すでに慎重になっていると見るべきか。

 私だったら、もうその辺のチンピラは使わないけどな。プロを数名送ってくるべきだと思うがな。殺しなり拉致なり、できるかどうかはさておき。

「こんにちは。私に何か用?」

 元は宿なしどもの溜まり場となっていただけに、この辺は人通りがほとんどない。
 借りた屋敷の場所からして、貴族街のはずれである。片隅の方である。場所柄として庶民の住まいとは隔絶された閑静な区画で、ただの庶民がうろつくようなところではない。

 人目が少ない以上、こうして割と堂々と絡むことも可能なわけだ。

 ――こんな場所で貴人の子供が一人で歩いている。

 その道のプロなら、どうしたって警戒するしかない状況だと思うのだが。これで絡んでくるかね。こんなにも怪しい子供に関わるかね。

 まあいい。
 用件を聞こうではないか。

「ここ数日、お嬢ちゃんの家に『お客さん』が来てるよな? そいつらはどうなったんだい?」

 ほう。お客さん。

 その言葉は「おまえの屋敷に夜襲を仕掛けているぞ」という事実を前提にしたものだな。いよいよ隠す気はなくなってきたか。

「お客さんのことはよくわからないわね。もしそんな人が来ているなら、丁重にお迎えしているとは思うけど」

「ふうん? じゃあ、あの滅法強いメイドならわかるかい?」

 話をしている正面の男が気を引き、残りの三人がじりじりと動き私の退路を塞ぐ。

「あなたたちはその人たちを探しているの? もしそうなら屋敷に来る?」

「あ?」

「『お客さん』として歓迎するわ。さ、行きましょ?」

 予想外の提案を受け、呆気に取られている正面の男の脇を抜け、私は構わず屋敷へと帰るのだった。

 ――そして、屋敷内に入った瞬間、「お客さん」は「捕虜」になった。




 さて。
 今日はあえて、子供たちの見ている前で捕虜を確保したが。

「…………」

 ……あんまり動揺してないな。

 シグ、バルジャ、カルアは顔色一つ変えずに、四人の男を一瞬で寝かしつけた私を見ている。ミトは今日も水汲み中なので屋敷の入り口付近にはいない。

 …………

 泣き叫ばれても困るけど、無反応でも逆にちょっとやりづらいな。

「……とまあ、こういうことをしているのよ。だから今後の話をしたかったの。この屋敷はそんなに安全じゃないから」

 リノキスに、寝ている四人を連れて行くよう言いつけ、子供たちを食堂へ来るよう誘う。ミトは……兄であるシグの意向に沿うだろうから、あとでシグから伝えてもらうことにしよう。

「何から話すべきかしらね」

「あ、あの……いいですか? お嬢様」

 一人と三人で対面して座る中、向かって左端のシグがおずおずと口を開いた。

「あの、知ってました」

「え?」

 何がと聞く前に、シグは言葉を重ねる。

「夜中とか、よく庭で物音がしてましたから。その時にリノキスさんが戦っている姿とか、お嬢様が、こう、なんか素早く動いている姿とか、見たことあります。あと人を引きずっている姿とかも……」

 ああ、そうか。
 屋敷内なら子供の気配や視線も警戒できるが、さすがに建物の内外だと察知が難しい。たとえば視線に害意や敵意があればわかるが、それもないのではな……

 庭先で仕留めている姿を見ていた、か。
 侵入する時に窓とか割られるのが嫌だから、敷地外以上屋敷内未満の瀬戸際で動いていたのが裏目に出たな。

「知っていたの?」

「できるだけ大人の目を避けて生きてきたから……夜中の物音とかすごく気になって……」

 あ、そう。……そうか。

「見つからないよう気を付けていたつもりだったんだけど」

 リノキスにも、子供の前ではやるなと厳命していた。特に地下室には近づけるな、と。

 幸い、雇い主である私と、上司であるリノキスである。
 子供を遠ざける命令くらいいくらでも思いつく。その間にやってしまえばいいので、隠し事はそこまで難しくはなかった。バレていたけど。

「じゃあ話は早いわね。今、地下室にたくさんの人を監禁しているのよ。さっきの四人も追加になるわ。たぶん今後ももう少し増えていくと思う」

「なんのためにやってるんですか?」

「理由はないわね。ただ迎えを待っているだけ。引き取る人が来ないから、仕方なく溜めているのよ。私だって困っているのよ――ねえ、リノキス?」

 男たちを運び終わり戻ってきたリノキスに言うと、彼女は「はい」と答えた。

「こういうものは、大元と話を付けないと終わりませんから」

 そういうことである。

「なんで来るの? 何しに来るの?」

 バルジャの問いには首を横に振る。ただまあ、聞く価値もないことであるのは確かだろう。知らない誰かが夜中に忍び込んでくるような用事なんて、ろくなものではない。あるはずがない。

「お嬢様。俺たちは行くところなんてないです。危険だと言われても、他に行くところなんてどこにもないです」

「ここにいたいよ」

「お嬢の傍にいたいよー」

 ……そうか。カルアはかわいいな。たとえ露骨な媚びだとしても。

「本当に危険よ? 死ぬかもしれないわよ? たとえばあなたたちが人質になったら、私はきっとあなたたちの身より相手を殴ることを優先するわ。もちろんあなたちの分まで強めに殴る・・・・・けど。それでもいい?」

「いいです。それで」

「大人は誰も助けてくれなかった。でもお嬢様は僕らを助けてくれた」

「お嬢用の棚にあるおかし食べていい?」

 ……そうか。カルアはかわいいな。でもお菓子はダメだ。私の分だ。

「お嬢様、それだと話の運び方が……」

「わかってる」

 リノキスの言いたいことはわかっている。私もちゃんと違和感を感じている。

 どこにも行き場のない子供たちに、出ていくかどうかの意思を聞いても、答えは一つしかないじゃないか。これは話し合いでさえない。

 …………

 この際、これも何かの縁だと思っていいのかもしれない。

 今は拠り所のない子供だが、子供はいつまでも子供ではない。
 いずれは自分の足で立ち、歩き出し、自分の意思で生き方を選べる大人になるのだ。

 それまでの間は、私が面倒を見ればよかろう。
 どうせ今放り出しても、私はこの子たちの行き先が気になってしまうのだ。ならば手の届く場所に置いておいて、確と見ていればいい。

 何かを壊すことが得意な私の武でも、子供の四人くらいは守れるだろう。




 それから少しばかり、突っ込んだ話をしてみた。

「機兵孤児……か」

 嫌なものを聞いてしまった。

 ――シグらは、機兵孤児と言われるマーベリア特有の存在なんだそうだ。

 機兵学校は八歳から。
 だが、学科を決める検査自体は、その直前にも受けることができる。

 機兵に乗れる識別色を持っていなかった子は、さっさと見切りをつけられて捨てられることがあるそうだ。

 驚いたのは、シグとミトは貴族の隠し子で、バルジャとカルアも退役機士の隠し子らしい。そして当人らもその自覚があったことだ。さすがにどこの誰かまではわからないらしいが。

 要するに、この子たちはそれなりの家の跡取り候補だったわけだ。

 機兵乗りの子が欲しい貴族や機士は、たくさん子供を作り、機兵に乗れる子だけ家に引き取り育てる。
 そういう子供を選り好みする文化があるんだそうだ。

 もちろんマーベリアでも、さすがに忌み嫌われ品位を疑われる行為である――が、見栄と肩書きが何より大事な上流階級では、これが常識として存在する。

 機兵に乗れない子供。
 だから皮肉を込めて機兵孤児。

 ……まあ、他国の文化だ。私は口を出すつもりはない。
 
 ――大いに気に入らないが。












「――シィル様、聞きましたぁ?」

 シィルレーンの右腕を自称する、護衛を兼ねた付き人である友人が、いつの間にか横にいていきなり耳元で囁く。

 黒髪黒目が特徴的なアカシ・シノバズ。
 出生も出身国も知らないが、シィルレーンが物心ついた頃から傍にいる、同い年の少女である。

「なんの話だ」

 恐らくあの話だろうとは予想はつくが、シィルレーンはいつものようにぶっきらぼうに返す。

 アカシはいつもの軽薄な笑みを浮かべて言った。

「髪の白い留学生がぁ、指一本で機兵を倒したそうですよぉ」

「くだらない」

 もう聞いた話である。
 というか、今日は朝からどこにいってもその話で持ち切りである。むしろ放課後に持ってくる話としては遅すぎる。

 ――どう考えても眉唾。デマ。ありえない。

 大人が全力で押してても倒せない機兵を、どうやって子供がどうにかできるというのだ。
 しかも指一本で。

 噂になっている以上、それに近いことがあったとは思う。倒れたくらいは事実かもしれない。だが噂のすべてが事実であるわけがない。

「いやぁ、それがですねぇ」

 わかっている。

 この流れは様式美。
 アカシに気持ちよく話させるための(実にくだらない)やり取りだ。この友人はいつもへらへらしているくせに、ヘソを曲げると長いのだ。

「どうにも本当らしいんですよぉ」

「笑えない冗談だな」

「いやいや、ほんとほんと。ネスの奴が泣きながら工房ドッグで機兵の修理をしてましたからぁ。さすがに声を掛けづらかったですよぉ」

「でも掛けたんだな?」

「そりゃあシィル様へお話しするために正確な情報を掴まないとぉ。たとえ傷口に塩を塗るようなアレになってもぉ。やらないと不忠の不敬罪になっちゃうしぃ」

「いいから先を話せ」

「――本当に本当らしいっすよぉ。まるでガガントの突撃をまともに食らったみたいに正面装甲がベコッとへこんでましたからぁ。あれは風で倒れたとか偶然何かあってなんとかってレベルじゃないっすわぁ」

「……魔法か?」

「んー。あたしの見立てじゃ違うかなぁ。いくら訓練用機兵でもぉ、ある程度の魔力遮断能力もついてますしぃ。そもそも白い子は識別色を持ってないって話ですしぃ」

「調べろ」

「――御意でーすぅ」

 音もなく、アカシが馬車内から消えた。

 どこから入ってきたのかもわからないし、どこから出ていったかもわからない。


 ――シィルレーン・シルク・マーベリア。十六歳。

 機兵学校では知らない者はいない、マーベリア王家の血を引く正真正銘の第四王女であり、また機兵学校で一番の機兵乗りである。
 容姿端麗は元より、質実剛健と文武両道を旨とし、過度の贅沢を好まない清貧で努力家な面を持つ。

 他人に厳しく、自分にも厳しい。
 そんな孤高の存在である。

 すでに機兵での実戦経験も積んでおり、二年後の機兵学校卒業とともに「姫機士」という新たな称号と、姫機士部隊という女性だけの機士組織を編成しそこの隊長を務めることが決定している。

 今学校にいる機兵科の女子たちは、この新設部隊に入ることを目標に腕を磨いており、学校内でも市井でも、すでにかなりの人気を博している。

 そんな彼女が、もうすぐ、大きくつまずこうとしていた。

 いや。

 ――盛大にすっ転ぼうとしていた。



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