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1巻

1-2

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「で、まあ、そんな感じだったから、正直、僕はあの戦争にそれほど貢献こうけん出来たって実感がないんだよね。というか、実際あんま貢献出来てなかったんじゃないかな。なんか気付いたら終わってたって感じだし。それで、冒険者になった時も魔王討伐隊の話はしなかったんだ」
「それで、Fランクから、ということですか……」

 納得出来るような出来ないような……そんな話であった。
 とはいえ、セリアがどう思おうが、少なくともロイ自身はそう考えているらしい。

「そういうこと。――っと」

 会話を続けながら、ロイの右手が動き――二人の進行方向で魔物が倒れ伏した。魔物の首から上は存在していない。
 セリアに分かったのはそれだけだった。

「んー、予想通りと言うべきか、魔物が出てくるようになったね」
「そうですね。……まあ、わたしとしては、それよりもやっぱりロイさんは凄いと思いましたが」
「だから、ちょっと慣れてるだけだって。他のFランクの人は分からないけど、多分Eランクくらいになれば皆同じようなことが出来るんじゃないかな?」

 照れくさそうに首を振るロイを見て、セリアは感嘆かんたんの溜息を漏らす。

「そうなんですか……? やっぱり冒険者さんって凄いんですね……」

 セリアは冒険者のことを間接的にしか知らない。
 色々と悪いうわさもあるが、今のルーメンの繁栄はんえいは間違いなく冒険者のおかげだとも聞く。
 様々な依頼を受けてくれ、何より周辺の魔物をしっかり倒してくれるからこそ、商人達も安心して街に来られるのだと。むしろ悪く言われているにもかかわらず、そこまで頼られているのだから、相応の実力があるということなのだろう。
 セリアからすればロイの時点で十分驚きなのだが、これでもまだFランクからEランク程度とは、本当に冒険者とは凄いのだと思った。
 とはいえ、戦う力が求められているのは何も冒険者だけではない。
 たとえば、各国の兵士や騎士などは収入も安定もしている上に人からの評判も良いのに……何故ロイは冒険者になったのだろうか。貢献出来なかったと言っても、魔王討伐隊に参加していたのならば、そういったところから呼ばれることもあったはずだ。
 だが、さすがにそれを聞くのは踏み込みすぎというものだ。依頼者と冒険者の関係を完全に超えてしまっている。
 冒険者になるのは基本的には〝訳有り〟な人ばかりだという。
 一見すると普通の少年にしか見えないロイにも、何かあるのかもしれない。
 セリアは歩きながらそんなことを考えていた。
 時折魔物と遭遇するが、ロイが瞬殺してしまうため、何の問題もなく、二人は雑談を交しながら先へと進んでいく。
 ……そうしてしばらく森の中を歩いていると、不意に視界が開け、目の前に広場のような空間が現れた。

「っ……!」

 セリアが目を見開いたのは、その場所に驚いたからではない。
 広場の中心部に咲いている、一つの花――七色に輝く不思議な色合いのそれに、目を奪われたのだ。

「かなり特徴的な花だけど……もしかして、アレが?」
「……はい、おそらくそうだと思います。わたしも、七色に輝いているから、一目見れば分かるとしか聞いていませんので、正直見分けられるか自信がありませんでしたが……あれで間違いないかと思います」

 セリアはこの情報を、母のことをている医者から教えてもらった。散々危険だと言われたが、どうしてもと拝み倒し、その特徴と生息場所を聞き出したのだ。
 あそこまで特徴的なものならば、さすがに別物とは考えにくかった。

「だよね。ならこれで無事依頼は達成出来そうかな」
「……はい」

 セリアは思わず頭を下げて安堵あんどしそうになったが、まだ早いと思い直す。
 採取出来たわけではないし、帰りもあるのだ。行きの様子を見る限りは心配なさそうとはいえ、油断は禁物きんもつである。
 はやる気持ちを抑えて、彼女は大きく息を吐き出す。

「それでは、早速採ってしまいましょう。もたもたしていたら、魔物に襲われるかもしれませんから」
「だね。まあそうなっても、僕がしっかり――」

 その直後、アモールの花のところへと行こうと一歩足を踏み出したロイの姿が、唐突に消えた。
 一瞬遅れて、セリアの真横で轟音ごうおんが響く。
 何が起きたのか、彼女は理解することが出来なかった。

「……え? ロイ、さん……?」

 呆然と呟き、周囲を見回すが、彼の姿は見当たらない。
 ただ……その代わりに、直前までロイの立っていた地面が大きくえぐられており――

『ふんっ、道理で騒がしいと思えば……また愚物共ぐぶつどもが騒いでいたのか。しかと警告していたつもりだったが……どうやら無駄むだだったようだな』

 声が聞こえてきた方向に反射的に視線を向けたものの、声の主の姿が見えず、セリアは眉をひそめる。
 視線の先にあるのは森の木々だけで――否、そこで彼女は気が付いた。
 見えないのではない。大きすぎるあまり、見えているということに気付いていなかっただけなのだ。

『まあ、いい。理解していようがいまいが、どちらにせよ同じだ』

 彼女は視線を森のさらに上へと向ける。
 首が痛くなるほどに見上げ……そうして初めて、そこに何がいるのかを理解した。
 全長二十メートルはある、巨大な――いや、巨大すぎる、白い体毛を持つ虎のような魔物だ。

『――我の庭を荒らしたモノには、死、あるのみよ』

 瞬間、目が合ったことに気付き、思わずつばを呑み込む。
 消えたロイがどうなったのかなど、今の彼女に考える余裕はまるでなかった。
 セリアは自分はここで死ぬのだと直感して、自然とその場にへたり込んでいた。
 逃げようとしたところで、逃げられるはずもなく、死ぬのが遅いか早いかの違いだけ。
 それを理解してしまった以上は、身体の力が抜けるのも当然である。
 しかし、呆然とその巨大すぎる存在を見上げながら、ふとセリアの頭に疑問が浮かんだ。
 ――どうして自分は未だに死んでいないのか。アレからすれば、武器も持たない女一人殺すことなど容易たやすいはずだ。それなのに、何故――

「……どうして、ですか?」

 疑問はそのまま口をついて出た。
 変わらず恐怖はあるが、一方で、どうせ何をしても結果は同じなのだからと、開き直ってしまったのかもしれない。

「どうして、わたしを殺さないんですか?」

 続けた言葉に、返ってきたのは鼻を鳴らすような音であった。

『何故我が貴様を殺さねばならない? 我は無駄な殺生せっしょうを好まぬ』
「え……? でも、ロイさんは……」

 てっきり彼は殺されたのだとばかり思っていたのだが、そうではなかったのだろうか。
 しかし、一瞬湧き上がったセリアの希望は、直後に粉々に砕かれた。

『言ったであろう? 無駄な、とな。我の庭を荒らす不届き者を処分することは、無駄にはならぬ。貴様を放っておいているのは、貴様はそうではないと判断したがゆえよ。それとも……貴様もそんな不届き者だというのか?』

 ここで頷いてしまったら、セリアもあっさり殺されてしまうのだろう。
 それはもちろん、嫌である。死にたくはないし、母も助けたい。
 しかし――

「……はい、そうです。ロイさんがここを荒らした不届き者だというのでしたら……依頼人であるわたしも同罪です」

 ロイは、誰も受けてくれなかった依頼を受けてくれたのだ。自分の命惜しさに、そんな彼を裏切るような真似は、セリアには出来なかった。
 それでも、許されるならば……一つだけ、願いがある。

「……罰から、逃げるつもりはありません。ですが……もし許されるのでしたら、あの花を摘ませていただけませんか? そしてどうか、近くの街に届けることをお許しください」

 死にたくはないけれど、助かる道が存在しないのであれば、せめて母だけでも救いたかった。
 それならば、ここまで連れてきてくれたロイに、多少なりともむくいることになるだろうから。
 返答は、すぐにはなかった。
 ジッとその姿を見つめながら……セリアはやはり無理だろうかと思う。
 彼女はこの魔物について、心当たりがあった。
〝我の庭〟という言葉や、セリアでも理解出来るほどの重圧、何よりも人語を操る高度な知能を持つことから考えて、おそらくこの森の主と呼ばれる魔物だ。
 この周辺に魔王の手が伸びなかったのも、そんな恐るべき魔物がいたせいだと言われている。

『――ふむ。よかろう』
「えっ……ほ、本当ですか!?」

 一瞬、願望による聞き間違いだと疑い、セリアは思わず聞き返した。
 しかし、そんな態度は不敬だと言わんばかりに、魔物は不快そうに鼻を鳴らす。

『ふんっ……何に使うのかは知らぬが、どうせ我には必要のないものよ。そんなものを出し惜しむほど、我のうつわは小さくない』
「あ、ありがとうございます……!」
『――だが、無論対価はもらう。必要がないとはいえ、我のものであることに変わりはない。ならば、貴様が見返りをよこすのは当然であろう?』

 それは道理であった。勝手に自分のものだと言っているだけでしかないが、力は正義だ。
 力を持たないセリアは、どれだけ勝手に決められたルールであろうと、従わざるを得ないのである。
 とはいえ――

「……ごもっともだとは思いますが、生憎あいにくわたしには対価として差し出せるものがありません」
『いいや? そんなことはないとも。――貴様には、貴様の全てがあろう? その肉、その血、そのたましい……そして、苦痛と絶望。全てをよこせ。貴様は死に至るその瞬間まで、我に食われ続け、我を楽しませるがいい。そうして見事果たすことが出来たのであれば、貴様の望みを叶えてやろう』
「っ……本当、ですか?」
『案ずるな。約束は守る』

 その言葉が嘘でない保証はなかったし、そもそも今言われたようなことを自分が出来るとも思えない。
 けれど……他に方法はなかった。

「……分かりました。では、それでお願いします」
『くくっ、では契約成立だな』

 これから自分を襲う苦痛を想像し、身体が震えてくる。恐怖で逃げたくなる。
 でも、彼女は自分で決めたのだ。
 母だけは絶対に助ける、と。

「それでは……まずは、あの花を失礼しても――」

 身体の震えを必死に抑えながら、セリアは立ち上がり、一歩踏み出す。
 その、瞬間。不意に彼女の身体を、影が覆った。
 一体何事かと、反射的に顔を向け――固まった。

「――え?」

 そこにあったのは、巨大な前足であった。あの魔物のそれが、頭上から今にも振り下ろされようとしていたのだ。
 だが、そんなことをする必要性が見出みいだせない。何よりもこの状況はまるで――

『ああ、約束は守るとも。、な』

 嘲笑あざわらうかのような響きと共に言葉が告げられた。
 そこでようやく、セリアは何を言われているのかを理解した。
 彼女が食われ、楽しませることが、あの花を手にするための対価である。ならば……その前に彼女が死んだら――殺されたら、あの花を渡す理由もなくなるのだ。
 そんな、ふざけた――

『――くかか。本当に貴様らは愚物よな。我は西方の支配者ぞ? その我が貴様らにくれてやるものなど、何一つとして存在するわけがあるまい』

 セリアには魔物の表情など見分けられないけれど、それでも今この魔物がどんな表情を浮かべているのか理解することが出来た。
 それは、嘲笑ちょうしょうだ。そして、愚かでちっぽけな存在を叩きつぶす、愉悦ゆえつの表情である。
 直後、巨大な前足が振り下ろされた。
 セリアは何もすることが出来ない。
 ただ……最期さいごに、ごめんなさいと。
 誰に対してのものか分からない言葉が浮かんだ。


 ◆◆◆


「……納得いかないっす」

 冒険者ギルド、ルーメン支部。
 セリアとロイが去り、いつも通りの騒ぎの戻ったそこに、不意にポツリと声が響いた。
 声の主は、栗色の髪に同色の瞳を持つ一人の女性だ。
 外見は若く、二十歳前後といったところだが、纏っている雰囲気は素人離しろうとばなれしている。
 だが、それも当然である。彼女の冒険者ランクは、A。
 超一流の冒険者であるこの女性――フルールは、となりにいる強面こわもての男をにらみつけながら、もう一度同じ言葉を口にした。

「納得いかないっす!」

 フルールが所属するパーティーのリーダーでもあるその男――グレンは、面倒くさそうに溜息を吐き出した。

「納得いかねえって……何がだよ?」
「そんなの、決まってるじゃないっすか! さっきの子達のことっすよ! あんなの見殺しも同然……いえ、それより酷いじゃないっすか!」
「まあ確かにー、一理あるわよねえー」

 緊張感のない声で同意を示したのは、二人のパーティーメンバーでもあるアニエスだ。
 妖艶ようえんな身体つきをした女性で、Aランクの冒険者にして、魔導士ギルドからもAランクを与えられている実力者である。

「Fランクの冒険者にアモールの花を採りに行かせるなんてー、死ねって言ってるのと同義だものねえー」
「そうっすよ! アレって、あちし達でも採れるか分かんないってやつじゃないっすか!? だからこそ、金貨千枚なんていう馬鹿ばかげた金額の依頼が出ているのに、誰一人として受けてないんすから!」

 Aランクの冒険者にとっても、金貨千枚は破格だ。たとえ危険な依頼でも挑む価値は十分にある。
 にもかかわらず放置されているのは、それが金貨千枚ですら割に合わない、危険すぎる依頼だということを意味するのだ。

「……アモールの花がある場所は、魔の大森林の主の棲息域せいそくいきだって噂があるくらいだからな。実際、今まで生きて帰ったやつは一人もいねえ……アレは、そういう依頼だ」
「っ……分かってるのに、どうしてっすか!? リーダーはあの時止めるべきだったんじゃないんすか!? 確かに、基本的に冒険者は何をするにも自己責任っすけど……どうして後押しするような……!?」

 激昂げきこうするフルールに、グレンはなおも面倒くさそうに溜息を吐き、まるで駄々だだをこねる子供を見るような目でフルールを見る。

「じゃあ、テメエは一体どうしたいってんだ? 仮に今から追いかけたところで、どう考えたって手遅れだぜ?」
「っ……それは……そうっすけど……」

 フルールは何とも言えない顔でうつむく。
 結局のところ、彼女が腹を立てているのは自分自身なのだ。
 おかしいと感じていても、グレンにも何か考えがあるのだろうと思って、何もしなかった自分に。
 それでもやっぱり納得がいかなかったから、今更騒ぎ立てる。
 ……そんな中途半端な自分がまた腹立たしい。
 唇を噛むフルールを横目で見ながら、アニエスが意味深に微笑む。

「ふふっ……グレン、意地悪してないで、そろそろ教えてあげたらどうー?」
「……えっ? どういうことっすか?」

 思わぬ言葉にフルールは顔を上げた。
 視線を向けられたグレンは、顔をそらしながら舌打ちを漏らす。

「別に意地悪してたわけじゃねえよ。どうせ言ったところで分かんねえだろうなって思ってただけでな。フルールがアイツと会うのは、今日が初めてだしよ」
「……どういうことっすか?」

 同じ言葉を繰り返すフルールに、グレンも再度舌打ちして応える。

「……マッドベアー、シャドウイーター、レッドワイバーン、グリーンスライム、サイクロプス。何のことか分かるか?」
「……? 魔の大森林に棲息してる魔物。あちし達でも一対一じゃ勝ち目がないようなやつらじゃないっすか」
「そうだけど、そうじゃねえ」
「ふふ……あの子がここに来た初日、討伐してきた魔物よー」
「……は?」

 一瞬、何を言っているのか分からないといった顔をするフルールだが、グレンとアニエスの表情は真剣そのもので、ふざけて冗談を言っている様子ではない。
 ……その意味するところを理解したフルールは、ごくりと唾を呑み込んだ。
 先ほど挙げられた魔物は、彼女達Aランク冒険者がパーティーを組んで、入念に準備をした上でならば何とか倒せるレベルの相手である。
 それとて、あくまで一体だけを標的とした場合であって、全てを一日で討伐するなど到底不可能だ。
 しかし先ほどのアニエスの言葉が事実ならば――

「……Fランク、なんすよね? 何でっすか?」

 フルールは当然の疑問を口にした。

「オレが知るわけねえだろ。……まあ、予想は付くがな」
「……何者、なんすか?」

 呆然と呟くフルールの前で、二人は肩をすくめてみせる。

「それを知りたいのは私達の方で、きっとギルドも同じでしょうねえー」

 それからグレンは、遠くを眺めるように目を細めながら、ポツリと呟いた。

「……ま、正直アイツなら、魔の大森林の主を狩ったところで驚きやしねえがな」


 ◆◆◆


「――なんていうかまあ、見事なまでに魔物らしいやり方って感じだよね。まあ、むしろクソ野郎っぽいって言うべきかもしれないけど」

 その声が聞こえたのと、轟音が響いたのはほぼ同時であった。
 セリアは恐怖でつぶっていた目を反射的に開く。
 瞬間、彼女の目に映ったのは、振り下ろされたはずの魔物の前足の大部分が、ごっそりと消失している姿だ。
 僅かに遅れて傷口から鮮血が噴き出し、混乱と怒りが混ざったような声が響いた。

『っ、なっ……なっ!? ば、馬鹿なっ……!? 我の身体が……!? い、一体何が……!?』
「んー、そんなに驚くことかな? 当ててくださいって言わんばかりの大きさなんだから、そりゃ、普通に攻撃されるだろうに」
「……っ」

 先ほどから聞こえてくる声が誰のものであるのかは、確かめるまでもなく分かった。
 それでも信じられず……彼女は振り向いた先に見えた少年の名をたどたどしく呟く。

「ロイ、さん……?」
「や、さっきぶり……なんてね。いや、怖い思いさせちゃって本当にごめん。やっぱり駄目だね、警戒は苦手で……ってのはまあ、言い訳にもならないんだけど」

 気楽に謝罪を口にするその姿は、やはりさっきまでと同じロイにしか見えなかった。
 しかし、まさかすきを突くために隠れていたわけではあるまいし、その言葉からも察するに、おそらくあの魔物の攻撃を受けたはずだ。
 なのに、彼の身体には傷一つ見当たらない。
 それに、魔物の前足を消し飛ばしたのも、この少年の仕業しわざなのだろう。
 確かに、彼はここまでの道中で遭遇した魔物を難なく倒してきたが、あの魔物はそういうもの達とは比べ物にならない。それがセリアにも分かるほど、圧倒的だ。
 噂に聞く魔王にすら匹敵ひってきするかもしれない、そんな魔物である。

「ま、このままじゃ格好が付かないし、何よりも依頼と受けた冒険者として失格になっちゃうからね。名誉挽回めいよばんかいさせてもらうとしようか」
『っ……ほざけ、愚物が……! 何をしたのか知らぬが、油断した我を傷つけた程度で、図に乗るなよ……!? 西方の支配者たる我の前では、貴様なぞ――』 
「――うん。話が長い」

 魔物の激昂など意に介さず、ロイは右手ににぎった剣をその場で振るった。
 しかし、いくら剣の長さがあっても、当然、あの巨体に届く距離ではない。
 そのはずなのだが……
 直後、魔物の左肩が、ずれた。
 そのまま冗談のように滑り落ち、鮮血が噴き出す。

『づっ、なっ、ばっ……!? 貴様……!? 一体、何を……!?』
「何って言われても……自分で言ったそばから油断してたから、普通に斬っただけだけど?」

 さも当たり前のような顔でロイは言うが、無論普通ならありえない。
 セリアも常識にはうとい方だという自覚があったものの、冒険者だとか一般人だとか、そういうのとは関係なく、さすがにこれがどれだけ常識外れかは分かる。

「さ、とりあえず、とっとと終わらせようか。今回の依頼はアモールの花の採取が目的であって、わけの分からない魔物を倒すことじゃないからね」
『っ……貴様、わけの分からぬ、だと……!? この我を前にして……よくもえたな、愚物……!?』
「だから、そういうの、いいんだって。……そういえば、魔王討伐隊にいた頃も似たようなのに会ったっけなぁ。あれもなんか妙に偉そうだったけど……喋る魔物ってのは、偉ぶってるのが基本なの?」
『っ……死ね……!』

 激昂のままに、魔物が飛び出した。
 その巨体に似つかわしくないほどの速度であり、気が付いた時には大きく開かれた口が眼前に迫っていた。
 おそらく、このままセリアごとロイを食らおうというのだろう。
 逃げ場などはまったくない。
 しかし、不思議とセリアは恐怖を感じなかった。漠然ばくぜんとした、それでも確信出来る想いがあって――

「さて……終わり、っと」

 ロイの気楽な呟き声と共に、セリアが抱いた確信は現実となった。
 彼女の目の前にあったのは、大きく開かれた口ではなく、胴体を真っ二つにされた魔物。
 驚愕きょうがくと、何よりも恐怖の滲む声が響く。

『ば、馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!? 我がやられた……? 我が死ぬ、だと……!? ありえぬ……あっていいわけがない……! 貴様……貴様は一体、何だ……!?』
「何、とか言われても困るんだけど……見ての通り、極々一般的で、平凡な冒険者だけど?」

 セリアですら絶対それはないと否定したくなる言葉であったが、不思議と少年は本気で言っているように見えた。
 ふざけているわけでもなく、あおっているわけでもなく、本当に、自分は大した存在ではないと思い込んでいる。
 だが何にせよ、ロイのしたことが変わるわけではない。

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