上 下
94 / 226

第九十三話 冒険者達の交渉というもの

しおりを挟む

 トリーアさん達が北の洞窟へ向かってから三手で払えるようにはしておいたんだけど。

【大丈夫だって。みんな強そうだったろ】
「うん。だけど万が一はやっぱりあるからさ。特にトリーアさんは僕が魔石が欲しいって話から行ってくれたわけだし」

 ギルドの一角にあるテーブルに帰りを待つ中ゼオラと心配だという話をしている僕。隣にはステラが座り、まだ眠いのかぼーっと天井を見上げていた。

「僕も行けばよかったかな?」
【母ちゃんがもれなく着いてくるぞ。そんで洞窟を荒らして終わりだな】
「ああ、兄ちゃんズも行っちゃうか……」

 世知辛い。
 まあ安全策を取るなら待つのが一番だから僕の人生としてはいいんだけどね。
 
「ハッ……! あ、帰って来た」
「ステラが覚醒した」

 上に向けていた首をぐりんと入り口に変えると、その瞬間がやがやとした声と共に冒険者さん達が入って来た。ギルドなのでもちろん色々な人が出入りするわけだけど、すぐに体の大きいパンダが見えたので、いま入って来たのは紛れもなくファイアリザードが居る洞窟へ出向いた人達だった。

「トリーアさん!」
「いやあ、一番きつかったのは雪……ん? おお、ウルカ様! 待っていてくれたんですか」
「うんうん。いつ帰ってくるか分からないからここでステラと待っていたんだ」
「ふう」
「あ、ちょっと二人とも、汚れているから抱きつかんでください!?」

 どさくさに紛れて毛皮をもふる僕とステラ。洗っていないから汚いと引きはがされて椅子に座ると、クライトさんが出てきた。ちなみに確かにちょっと臭い。

「やあ、みんな戻って来てくれたかい。お疲れのところ申し訳ないけど先に報告をお願いするよ」
「ええ」

 今回のリーダーを務めた冒険者さんが一歩前に出て報告を始める。
 横で聞いていると総合的に見てこれ以上ないくらい上手くいったそうだ。
 ファイアリザードはこの三日でじつに百五十ほど倒したとのこと。見つける時間と戦闘時間を考えたらかなりの成果らしい。
 他にも違う魔物を倒しており、総数は五百を越えるとかなんとか。
 大きくない洞窟なので恐らくこれ以上は駆逐しすぎるということで帰って来たのだそうだ。

「そうか、ありがとう。報酬は用意しておくからまずはお風呂でゆっくりしてくれ」
「お風呂?」
「うん。ギルドの奥にみんなで入れる大浴場があるの。ギルドカードがあればタダ」
「へえ」

 ステラの説明で僕は感嘆の声を上げる。きちんとみんなが入れるお風呂を備え付けているのは凄くて、依頼から帰ってサッと汚れを落とせるのは嬉しいと思う。
 お風呂自体は自宅にあれば魔法があるから沸かせるけど、宿暮らしの多い冒険者は順番待ちになるみたいだからね。

 そんな感じで報告は進み、狩った魔物は現地で素材にしてすでに買い取りへ出したとのこと。

「そうそう、これを受け取ってください」
「あ、ファイアリザードの魔石……って多いな!?」
「キレイ」

 はいどうぞ、という感じで手渡されたリュックにぎっしりと魔石が詰まっており驚いた。

「こんなには受け取れないよ?」
「ああ、大丈夫よ。私達の分も入っているから♪」
「後で交渉したいことがあるからその前払いみたいなもんだ……」

 どうやら他の冒険者達の分も僕に回してくれたらしい。ありがたいことだ。けど交渉ってなんの話だ……?

【くっく、またいつものだろうぜ】
「?」

 ゼオラがよく分からないことを口にしていると、報告が終わりみんなお風呂へ行く……のかと思いきや、僕の座っているテーブルへ集まってきた。

「なんですか? さっきお姉さんが言っていた交渉……?」
「そう! あのね、この手袋を売って欲しいのよ。灼華の月には使えないけど、この寒い時期は必要だわ。さらに寒くなって来たばかりだし、まだまだ活躍するもの」
「火を寄せ付けないってのも魔法具みたいで使えるしな。ファイアリザードのブレスをトリーアさんが弾いたときは驚いたよ」
「なるほど」

 僕が作った手袋を所望している、という話のようだ。都合十セットあり、希望者はそれを越えているのでなんらかの形、例えばクジなどで決めたいという。
 トリーアさんのは特注だからそのままプレゼントするつもりだったけど他は回収して欲しいと頼んでいた。

 あっても使うことは少ないしそれは構わないんだけど――

「えっと、フレイムスピナーの布って結構高いんですよ。ファイアリザードの魔石と差し引いて……売るとしたら金貨二枚は必要になりますよ」
「おう……結構するな……」

 ぶっちゃけフレイムスピナーの布に魔石を使っているからゲーミングチェアよりも素材がいいので値段は殆ど変わらないどころか高いのだ。値段度外視で作ったものだから販売には向いていない。

「うーん、俺はちょっとパスかな」

 この時点で七人が脱落。
 まあ金貨二枚はかなり高いからねえ……ゲーミングチェア買えちゃうし。
 しかし女性冒険者は手を上げて金貨を財布から取り出して笑顔で言う。

「私は買うわよ! 手が荒れるのも防げるし、ロッドを持つ手がかじかむと魔法にも影響が出るのよね」
「俺もいただきたい。これからどんどん寒くなる。使ったところ耐久性も良さそうだったから金貨二枚でも十分元が取れると思う」
「そうだな……よし――」

 と、残りの欲しい者達でじゃんけん大会が始まり作り上げた手袋は完売。まさかの金貨二十枚をゲット! ……だけど、材料費を考えると金貨一枚分くらいの儲けしかなかったりする。
 ま、損はしていないからいいか。本当はフォルドや兄ちゃんズに配ろうかと思っていたからね。

「それじゃ本人のものだという証になにかつけますけど?」
「え、どういうこと?」
「例えば名前とかアップリケとかですね。僕のセンスなので何とも言えないですけど」
「あ、じゃあ私のでそこの猫ちゃんの顔をつけてみてもらっていいかな?」

 お姉さんはだらしなく伸びているタイガの顔を指さして笑いながら言う。なるほどと僕は猫のアップリケを手の甲の部分にクリエイトで作ってみた。

「あら、可愛い~♪ これで私のだってすぐ分かるからいいわね」
「お、俺には剣のマークを……!」
「あ、順番にどうぞ」

 女性冒険者さんの手袋を見てワンオフのアイテムとなった手袋に興味を持った全員が頼み込んで来た。
 もちろん全部仕上げてあげると、みんなホクホク顔でお礼を言ってくれる。

「またねウルカ様! ありがとう!」
「ふう……気に入ってもらえてよかったよ」
「お疲れ様」
「俺だけタダで良かったのかね」

 トーリアさんはプレゼントだからいいのだと笑っていると、またギルドの扉が開いた。

「パンダさん居た!」
「アニーじゃないか。フォルドも」
「ああ、さっき通りでトーリアさんが帰っているのを見かけてさ。アニーと一緒に来たんだよ」

 フォルドが肩を竦めて笑っていると、アニーが一直線にトーリアさんのお腹にダイブ。いつものようにモフるかと思ったけど、

「あ、パンダさん臭い……!!」
「あっはっは! 今帰ったばっかりだからな。それじゃ風呂に入ってくるよ」

 どうやらアニーは我慢できなかったらしい。
 そんな感じでファイアリザードの魔石ゲットできたから色々試せそうな気がする。
 あ、そうだアレを実現するのもアリかな?
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ねぇ、神様?どうして死なせてくれないの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:844pt お気に入り:6

今宵、鼠の姫は皇子に鳴かされる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:880pt お気に入り:10

超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:17,453pt お気に入り:66

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:12,909pt お気に入り:2,354

異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:1,702

私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:262pt お気に入り:1,781

処理中です...