上 下
185 / 226

第百八十四話 慌てるウルカというもの

しおりを挟む
「ウルカ君だー!!」
「ウルカ!?」
「ウルカちゃん!?」
「あれ? アニー? どうして屋敷に?」

 僕はアニーを見て。両親は僕を見て驚く中、アニーはなにやらお皿を持ってこちらへ歩いて来た。

「今ね、アニーが作った卵焼きをウルカ君のおかあさんに食べてもらってたのー!」
「アニーが料理を」

 久しぶりに見たアニーは満面の笑みで僕に卵焼きを持って来た。それを一つ摘まんで口に入れると――

「美味しい」
「わーい!」

 ――特に黒かったりはせず、普通のちょっと甘い卵焼きだった。そこへアニーのお母さんが困った顔で笑う。

「ウルカ様が行ってからずっと不貞腐れていまして。帰ってくるまでになにか一つできると喜ぶと言って料理を覚えさせているの」
「なるほど。このままおかあさんと一緒に勉強すればきっとおいしい料理ができるよ」
「うんー!」
「うわあ」

 空になったお皿を手にしたまま僕の首に巻きついてくるアニー。バランスを取りながら抱っこすると、彼女が周囲を見ながら口を開く。

「シルヴァ達はー?」
「ああ! そうだ、ごめんよアニー。ちょっと父さん達に聞きたいことがあって帰って来たんだ」
「あ、ああ、そりゃ構わないけど……。どうやって帰って来たんだい?」
「え? あ、転移魔法だけど……」
「転移魔法!? ……えっと、ウルカちゃん。辺境からここまで一回で……?」
【そうだぜ。ったくさすがのあたしも驚いたぜ】

 そこで頭上のゼオラが呆れたような言い方で言う。そういえば……。

「ハリヤーが危ないと思って、あんまり考えてなかったなあ」
【一歩間違えれば命に関わるんだ。水蛇に特大魔法を撃った時のことを忘れたか】
「命に……!?」
「ママー!?」

 ラースさんも言っていたけど、移動距離が長くなれば当然その分魔力消費が激しいので途中どこで倒れるかわからないらしい。『転移できませんでした』で元の位置に戻るみたいだけど、下手に魔力を持っていると中途半端なところでパッと出るとかなんとか。
 となると、ゼオラが教えてくれたイメージ方法で助かった……? いや、でラースさんの理屈だと移動AからBという点移動なんだから失敗しても『途中で落ちること』にはならないはず……?

「ししょーお帰りー!」
【おう、元気そうだな! いい子にしてたかー?】
「う、うん……!」

 ゼオラの言葉にサッと僕の後ろに隠れるアニー。怪しいけど元気ならいいと思う。で、転移魔法の考察は後だ。

「父さん、ハリヤーなんだけどなんか具合が悪いみたいなんだ。結構お年寄りじゃない?」
「む、なんと、そんなことが? 確かハリヤーは二十二歳くらいだったかな。言われてみればもうお爺さんといって差し支えないな。それでもまだすぐに亡くなるほど衰えてはいないはずだ」
「うーん……」

 それでも数年後は危ないのかもしれない。
 なんだかブレーメンの音楽隊みたいに盗賊を脅かしていたあの頃が懐かしく感じる。

「獣医さんは忙しいかな? 厩舎で倒れててさ」
「ふむ、転移で帰れるなら行ってくれるかもしれん。私が行こう」
「お願い父さん」
「ハリヤー死んじゃうの……?」
「大丈夫だよ。そのために帰って来たんだから」

 ハリヤーとも仲良しなのでアニーは泣きそうな顔になる。頭を撫でて落ち着かせているとゼオラが口を開く。
 
【今日はここで寝て、明日以降に帰れよ。今から二人は魔力が心配だ】
「うん。わかったよ」
「明日帰っちゃうのー……」
「今は向こうがお家だからね。でも転移魔法で帰れるから今後は会いやすくなるかも」
「え! やったー!」
「首が締まる!? でも、お料理は頑張ってね。そしたら迎えに来るよ」
「うん!」

 久しぶりに会えて物凄く嬉しそうなのが伝わってくる。向こうの仕事で忙しかったけど、たまには前みたいにみんなで遊びたいような気もする。

「おかあさん、今日はお泊りしてもいい?」
「え、でも……」
「ウチは大丈夫よ」
「あ、復活した。っと……」
「大丈夫ー?」
「うん」

 ソファに寝かせられていた母さんが復活し、そんなことを言う。確かに魔力を回復させていた方がいいかな。今ちょっとクラっときたし。緊張が解けたからだろうと思う。

「それじゃ獣医さんには明日以降行けるかを話そうか」
「ふむ」
「どうしたの母さん?」
「私が飛んで行ってもいいかなと思って」
「それはダメだって……」

 一応、ある程度定住すれば家族が行くこともオッケーになっているけどまだ早いと思うんだよね。だからステラとかも気軽に遊びに来れないわけだし。

「とりあえず今日はゆっくりしようか。あ、でもバスレさん達になにも言わず出てきちゃったけど大丈夫かな……」
「まあ、明日には戻ればいいんじゃない? ウォルターにご馳走を用意させましょうか。ステラとフォルドも呼んでもいいわよ」
「あ、そうだね! まだ学校の時間だろうし、ちょっと休憩したら行くよ」

 とりあえずアニーとゆっくり休もうかと、ソファに身を預ける僕。ちょっと慌てすぎたかな……。

◆ ◇ ◆

「わうわうわう……」
「クルル……」

 目の前から急に消えたウルカ。
 シルヴァとフォルテはハリヤーの厩舎前でどうしようかと顔を見合わせていた。ちょっと水を飲みに行っている間にこんなことになるとは……。
 二匹が途方に暮れていると背後から声がかかる。

「あら、あなた達戻って来たのですか?」
「ひゃん!?」
「クルル!?」

 それはウルカと一緒にいる人間の女性、バスレだった。庭に居た自分達を発見して声をかけてきたのだろうと恐る恐る振り返る。

「おや、ウルカ様は?」
「わふん……」

 やはりそうなるとシルヴァは項垂れる。しかしそこでシルヴァはハッと気づいた。
 ウルカは誰にも何も言わず消えてしまったことを……!

「ばうわう! ばうわう!」
「クルルル!」
「……? なんです急に」

 そこでなにがあったのかを伝えようとシルヴァはぴょこたんと同じ場所を行ったり来たりする。フォルテも前足で荷物を持ち上げるようなしぐさをしていた。

「ふむ……。シルヴァは運動量が足りない……? フォルテは器用ですね」
「わおーん!」
「クルルルル」

 バスレの言葉に二匹は『ちがーう!』と頭を振る。しかし他にも色々試すが全く伝わらなかった。

「ばうわう!」
「クルルル!」
「あ、シルヴァ、フォルテどこへ行くのですか」

 シルヴァが吠え、フォルテが応えた。二匹が庭を飛び出してしばらく待っていると――

【なんでござるか!?】
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
【そろそろ飯か?】

 ――オオグレとラースとボルカノを連れて戻って来た。

「わおわおーん!」
「クルルル!」
「……なんて言っているんだい?」
「さっきからこの調子で……。ウルカ様も見当たらないんです」

 困ったラースとバスレがそう言うと、ボルカノがあんぐりと口を開けて話し出す。

【……どうやら、転移魔法で自宅に戻ったらしいぞ】
「「え!?」」
【ハリヤー殿の具合が悪いようでござるな。どれ、拙者が看病するとしよう】
「ハリヤーが? ああ、でももういい歳ですものね」
「わふーん……」
「それにしてもよほど慌てていたんだろうな。バスレさんにも言わずに飛んでいったわけだし。……というか、彼の魔力量はとんでもないな。まさか戻れるとは」

 ラースが口にした意味は分からなかったが、ようやく伝わったと安堵する二匹。
 主は大丈夫かとシルヴァとフォルテは顔を見合わせてため息を吐くのだった――
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ねぇ、神様?どうして死なせてくれないの?

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:915pt お気に入り:6

今宵、鼠の姫は皇子に鳴かされる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,015pt お気に入り:10

超短くても怖い話【ホラーショートショート集】

ホラー / 連載中 24h.ポイント:17,495pt お気に入り:66

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:12,901pt お気に入り:2,353

異世界サバイバルゲーム 〜転移先はエアガンが最強魔道具でした〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:156pt お気に入り:1,702

私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:1,781

処理中です...