耽溺 ~堕ちたのはお前か、それとも俺か?~

寺原しんまる

文字の大きさ
39 / 47

神閃会の本部

しおりを挟む
 時貞は定期会合ではない日に珍しく神閃会の本部に呼ばれていた。高級スリーピースのスーツに身を包み、颯爽と現れた時貞に、入り口の組員達は羨望の眼差しを向ける。極道の世界に入ったからには、テッペンを取りたいと思う男達の理想の姿がそこにあるのだから。


「時貞組長、ようこそお越し下さいました! さあ、五代目がお待ちです」


 一人の男が時貞に声を掛け、続けるようにその場の者が一列に並んで時貞に礼をする。そのむさ苦しい男達の間を通って、時貞は本家の玄関を潜るのだ。


 時貞が通された部屋には既に神閃会五代目組長・大田原に若頭、若頭補佐数人が居た。時貞は組織内では若頭補佐の次にあたり、いわゆる自分より上の者だらけの部屋に通されたのだ。


「時貞、よう来たな! まあ、そう かしこまるな。早う中に入ってこい!」 


 上座に座る初老の五代目大田原の呼びかけに、「はい」と低い声で返事をする時貞は、ゆっくりと室内に入り礼をして下座に座る。


 初めは当たり障りのない会話をする大田原だったが、次第に今日時貞を呼び出した真相を話し出した。


「お前が飼っている別嬪さんがおるだろう? それをXXエージェンシーが欲しいらしい。あそことは持ちつ持たれつの関係を築けてるしなあ。あそこの会長に恩を売っておくのも悪くない」


 時貞の眉毛がピクリと動く、いつも冷静沈着な時貞の表情に変化があったことに興味を持った大田原は、ニタリと顔を不気味に歪めて笑うのだ。


「えらく良い声で鳴くそうだなあ……。どれ、XXエージェンシーには渡さないで、儂の玩具にしてやってもええぞ」


 大田原の言葉を聞き終わる前に、時貞の拳はギシギシと音を立てて握られていく。それを承知で大田原は、噂の「カナリヤ」に興味をもったと周囲の若頭や補佐に話し出す。すると一人の若頭補佐が「街で見かけたことありますが、あれはえらい別嬪でしたわ」と大田原に告げるのだ。大田原は興奮したように「ほう……」と声を上げる。


「……XXエージェンシーの方には私から連絡しておきます」


 大きな時貞の声が室内に響く。暫くシーンと音のしない室内だったが、「よろしく頼むぞ」と大田原の声が聞こえてくる。


 大田原にしてみればどちらでも良かったのだ。もちろん、時貞が夢中になっている「カナリヤ」には興味はあったが、XXエージェンシーにヒロトを渡せば大金が入ることになっていたのだ。好色の大田原は男もいけたが、最近はアレの勃ちも悪い。それならば大金を優先させる方がいい。


 その後の会話は心底どうでもいい内容で、時貞は心ここにあらずで殆ど聞いていなかったのだった。


組長おやじ、どうされましたか?」


 スキンヘッドの組員の山田がバックミラー越しに時貞に声を掛けた。運転席の別の組員も少し心配そうに時貞を見ている。時貞は本部から出て迎えの車に乗り込むときに、いつも「ありがとう」と声を掛けるのだが、今日は無言だったのだ。そして、車が出発して数十分経過するが、まだ無言のままだった。


「……五代目の命令だ。ヒロトを手放せってな」

「え……? 何でまた。五代目の情夫にですか……?」


 山田は少し表情を曇らせて時貞に問いかける。五代目は糖尿病だとの噂で「アッチは駄目」だと下位組員でも知っていた。それならヒロトも囲っても宝の持ち腐れではないかと言いたげだ。


「XXエージェンシーがヒロトに目を付けた。芸能界デビューさせたいらしい。五代目を使って圧力をかけてきた。コンプラの厳しい昨今、ヤクザの情夫の男がデビューするわけにはいかないんだそうだ」

「アイツを差し出すんですか……? そんな簡単にアイツは離れていきますかねえ……」

「XXエージェンシーに渡さないなら、五代目の性奴隷にされる羽目になる」


 山田は少し寂しそうに「じゃあ、仕方ないですな」と言いながら下を向く。最近はヒロトと仲良く談笑しては笑い合い、人気のグラビアアイドルの話で盛り上がったりしていたのだ。同性愛者ではないヒロトは普通にセクシー女優の話も出来るので、他の組員とも下世話な話で盛り上がる事もあった。どのAVが良かっただのと言い、お勧めを言い合う。そのAV談義にいつも参加していた運転席の組員も黙って聞いている。


「本部の親の命令は絶対だ……。ヒロトは手放す。もう頃合いだろう。借金だって、端っからアイツには関係無いことだ。自由にしてやるさ……」


 少し苦しそうに吐き出されたその言葉は、時貞の耳に纏わり付いて何度も頭の中でリピートされる。自分で言っておきながら、その言葉に首を絞められているような気がする時貞は、ソッとネクタイを緩めて窓の外を見るのだった。  
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

被虐趣味のオメガはドSなアルファ様にいじめられたい。

かとらり。
BL
 セシリオ・ド・ジューンはこの国で一番尊いとされる公爵家の末っ子だ。  オメガなのもあり、蝶よ花よと育てられ、何不自由なく育ったセシリオには悩みがあった。  それは……重度の被虐趣味だ。  虐げられたい、手ひどく抱かれたい…そう思うのに、自分の身分が高いのといつのまにかついてしまった高潔なイメージのせいで、被虐心を満たすことができない。  だれか、だれか僕を虐げてくれるドSはいないの…?  そう悩んでいたある日、セシリオは学舎の隅で見つけてしまった。  ご主人様と呼ぶべき、最高のドSを…

【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』

バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。  そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。   最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

処理中です...