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国一番のイケメンは鳥肌と共に。

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「『………グレイは、まさか親友のハロルドがあんな何の魅力もない傲慢な女と婚約するとは夢にも思っていなかった。
 この胸が締め付けられるような気持ちはなんだ?
 グレイは、穏やかな笑顔で婚約の報告をするハロルドに、足元が崩れるような覚束なさと、やりどころのない怒りを感じていた』………まる、と。
 よし、今日のノルマ達成っ、と。
 さあ、ダーク様を応援に行く準備にかからないとね」

「胸が締め付けられるような気持ちはなんだ、………って健康問題じゃなきゃ恋に決まってるじゃないですか。バカですかね。グレイも相当腐ってますねお嬢様」

 一枚書くと都度正座をして貪るように読んでいたルーシーが、最後の一枚を読み終えると鼻を鳴らした。

「貴女も相当な腐り具合になってるのだけど自覚はあるのかしら。
 私、ルーシーの人生をダメにしてしまったのかも知れないわね………」

 赤毛の髪とパッチリ二重が私の中ではとても可愛らしいと思っているルーシーは、この世界ではごく普通と言う標準的な顔立ちらしい。なんて腹立たしい世界だ。

「いえ。リーシャお嬢様のお陰で私の世界は薔薇色に染まっております。本当に幸せでございます。
 出来ることなら死ぬまでお嬢様の側にお仕えして、創作物が読めればそれだけで満足なのです。
 それに、腐り具合が抜き差しならなくなったところで『熟成』という便利な言葉がございますので問題ありません」

「そこら辺が大いに問題ありだと思うのだけど、原因と結果が言い争っても不毛だわね。
 ああ、ダーク様、絶対に負けないで下さいね。頑張って応援しなければ!
 さっ、ドレス着ないと。どれにすべきかしらね?歩きやすいシンプルな奴が好きなんだけど」

「いい加減進展したいなら、本日は少しセクシー系で行きましょうか」



◇   ◇   ◇



 A訓練場はあっという間に満席になった。念のため早めに出ていた私とルーシーは、相撲で言えば砂かぶり席といってもいい前の席が取れたのでひと安心である。


「………まあ。本当にすごい人ね」

「まあ、第一、第二部隊はイケメンが多いと聞いておりますし、街の人はお祭り的なものが好きなものでございます。
 まあ、このうち若い女性の殆どは第一、第二部隊がお目当てでしょうね」

「第三推しな私から見ると、ライバルが少なくて喜ぶべきかしらね」

「少ないと言うより皆無でしょうが、まあダーク様を狙う方はおられないんじゃないかと」

「あんなに綺麗でお強くて素敵なのにね。勿体ない。ま、独占できるなら有り難いわ。………ところで何で私達の両隣は空席なのかしらね」

「まあ年頃のお嬢様がリーシャお嬢様と並んで見るなんて、自虐的なドMの方ぐらいではないでしょうか。わたくしも少々辛いものがございますし。あ、出てらっしゃいましたよ」

 歓声が沸いて、グラウンドに沢山の騎士団の隊員が出てきた。
 騎士団員と言うのが正しいのかも知れないと私は首を捻ったが、まあ各隊に所属しているのだから隊員でいいのだろう。自衛隊だって隊員だったものね。

「ちょっとっ、ルイルイだわ!ルイルイ様ーーー!!」

 近くの若い女性同士がキャーキャー言いながら誰かに手を振っている。

「誰かしらルイルイって。アダ名なの?ウケるわちょっと」

 小声でルーシーに囁いた。

「ルイ・ボーゲン様ですねきっと。
 公爵嫡男で、この国で一、二を争うほどのイケメンだとか。まだ独身だそうで、何とファンクラブまであるらしいですよ」

(アイドルみたいなものなのねえ。前世も全く興味なかったわそう言えば)

 ぼんやり見ていると、歓声に手を上げて応えようとした男性が、一瞬棒立ちになり、こちらへ向かってくるではないか。

「まあルイルイ様がこちらに!」

 恥ずかしさからか顔を真っ赤にした二人の女性が待つなか、やってきたルイルイ(笑)は、糸目のような細い一重に色白の肌、鼻筋は通っているが小さな作りの鼻に薄い唇、ダークブラウンの髪、まさに日本人風のあっさり顔を絵に描くとこうなる、という見本のような顔立ちだった。

 私なら漫画描きの性で、似顔絵を、と筆ペンくれたら丸と直線で全て表現出来る自信がある。



 どうみても等身大のコケシである。



 これが国で一番を争うイケメン?本当に?
 そうすると、傾国の美女(笑)と言われてる私もこんな感じの見た目と思われてるの?

 いくらなんでもそれは酷くない?

 私は土偶の愛称はついてたけど人だからね?
 いや、顔でどうこう言える立場ではないけど、結構なダメージを受けたわよ私。

 呆然としていた私に、ルーシーが囁いた。

「お嬢様、噂通りのイケメンですね。マークス様を普段から見てイケメン慣れしている私ですらグラッときましたわ」


 マジでか。


 コケシにか。


 いや、コケシは確かに可愛い。否定するつもりはないが、あくまでも土産物としてだ。人として、異性としては如何なものなのか。

 首から下は鍛えられた肉体に長い足。
 でも顔はコケシ。

 私にとってはお菊人形とかジェイ●ンとかチャッ●ーとかお寺に奉納された呪いの人形レベルのホラーな類いである。


 そうか。これがピラミッドの頂点なら、ダーク様なんて底辺の底辺の底辺だわ。 

 心の底から納得できた。


 同じ部隊の制服を着た人達がこちらを見ながら周囲をウロチョロしていたが、みんなイケメンなのだろう。サラッサラの薄口しょうゆ顔だった。しかし日本人的な同郷意識が湧くレベルでの人間味はあった。

 ただ、ルイルイはダメだ。

 あそこまで行くともう異星人である。
 実はぜんまい式でしたー、とかバッテリー駆動ですー、とか言われた方が安心する。
 
 私はホラー映画も一人で見られなかったほどの怖がりである。正直近くに寄られるのも勘弁して欲しいのに、何とこのコケシは私に話しかけてきた。

「やあ。どちらのご令嬢かな?初めて会うね」

「………いえ、名乗るほどのモノではございません。大切な方の応援に来ているだけですから」

 土偶VSコケシ。全面戦争である。

 
「そんなこと言わないで。今日の手合わせの勝利を君に捧げたいのに」

「いえ申し訳ありませんが要りません。
 それに勝てるかどうかなどまだ分かりませんでしょう?私が応援に来ている方もかなり強いんですのよ?」

 コケシ顔でプレイボーイ風の語りをされても怖いだけである。
 お願いしますどっか行って下さい話しかけないで下さい成仏して下さい。

「………美しい人、君の大切な人って、誰かな?僕より格好いい奴がいたかな?妬けるね」

 ブワッ、と鳥肌が立つ。
 コケシの攻撃力に瀕死の土偶。

「………ダーク・シャインベック様ですわ」

 何初対面の人間にいつまでもまとわりついてんのよ、ゴーホーム。悪霊退散。

 消えてほしくてついダーク様の名前を出してしまったら、客席とウロチョロ隊員が固まった。


「へっ、へええ。まさかシャインベック隊長とは…なんと言っていいか……意外だね。本当に意外だよ。確かにあの人は強いけど、言っちゃ悪いがそれだけじゃないか」

 肩を竦めるルイルイに、周りの隊員や客席の一部の人達がクスクスと笑う。

 あんた達がダーク様の何を知ってるのよ。
 笑うな。

「まあ!私にとっては魅力に溢れてて、どなたにも渡したくないほど大切な方ですわ。勿論私だけが知っていれば良いことですけれど。
 お分かりになったら、試合が見えませんのでどいて頂けますでしょうか」

 コケシとその仲間たちを睨みつけると、

「馬鹿な………」
「いや、だってシャインベック隊長だぞ?」
「こんな女神のような女性が。あり得ん」

 などと失礼極まりない発言を残しつつ消えていった。

 近くの女性二人組(ついでに周辺の方々も)が、可哀想な子を見るような目で見てくるし、全くもって不愉快である。

 格好いいのよダーク様は。

 中身も外見も奇跡のように綺麗で素晴らしい人なんだから。あなた達になんか絶対にあげないからね。

「リーシャお嬢様。カッとするのは解りますが、公爵のご子息ですし、軽くあしらっとけば宜しかったのでは?」

 小声でたしなめるルーシーに怒りをぶつける。

「私の愛するダーク様をあんなにバカにされて黙ってられないわよ。もう長居はしたくないわ。ダーク様の雄姿を見たら早く帰りましょう!」

「その愛するダーク様は居たたまれない感じでございますが」


 ビクッとグラウンドを見ると、少し離れたところにダーク様の姿があったが、彼は耳まで赤くした状態で俯いて石化していた。

「………聞こえてたのかしら………」

「そりゃあれだけ大きい声でしたし」


 既に試合が始まる前から、私は自分のやらかしっぷりに、ダラダラとイヤな汗が流れるのだった。



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