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お菓子は警戒心がゼロになりがち

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 私は末っ子だったせいか、レイチェルのように甘えて来る女性はとても新鮮だった。
 言い方は悪いが子猫とか子犬のようにお姉様お姉様と慕われるのは、くすぐったいが悪い気分ではない。
 近くの町に着くと、手を引っ張られるようにして雑貨屋に入り、普段ほとんど見たことがないようなガラスの工芸品や刺繍の美しいベッドカバーなどを眺めていたが、一つどうしても気になるぬいぐるみを見つけて購入することにした。
 それは片手に収まる程度の小さなクマのぬいぐるみなのだが、目元が優しげで毛並みもふわっとしてて、なんだかルークに似ていると思ったのだ。
 ……いえクマに似ているなどと言ったらルークに失礼よね。でもバッグとかに入れて常に身近に置くようにしていたら、少しは彼への緊張も薄れるかも知れないじゃない。
「エマお姉様は落ち着いたものが好みかと思っていたけれど、可愛いものもお好きなのね」
 そうレイチェルに言われ少し気恥ずかしかったが、可愛いものが好きというかルークに繋がりそうなものなら何でも好きな訳で、でもそんなことを言ったらレイチェルにも痛い人扱いされるに違いないと思うと、黙って微笑んで誤魔化すしかなかった。
 ただ幸いなことにレイチェルが腕を組んであちこちを回ってくれるお陰で、ド近眼な私はとても助かっていた。
 ベティーが少し離れていても何とか醜態を晒さずに済んでいるのは、彼女が無意識に安全なルートを辿る道しるべになってくれているからだ。
 でも、そうは言っても慣れない場所を歩くのは常に緊張はするし、精神的にも疲れる。
 国から持って来た靴なので指先に負担が掛かりにくいものではあったが、かかとはそれなりに高いので爪先に力は掛かる。あくまで普通の靴より痛みが減るだけで消える訳ではないのだ。
「──ねえレイチェル、喉が渇かないかしら? 私も色々なものを目にして少し疲れたし、お茶でも飲んでから帰るのはどうかしら?」
 私が提案すると、レイチェルはにっこりと笑みを浮かべた。
「実はエマお姉様、私のお気に入りのカフェがありますの! さっき私もそう思ってメイドに個室を予約するよう手配しておきましたの。せっかくの機会だからエマお姉様と色々お話もしたいし」
 ベティーや我が家の使用人たちも気を遣わず休めるように隣の個室も押さえておいた、とのこと。
「まあありがとう、嬉しいわ」
 ああ助かったわ。
 休めることが分かった途端、我慢していた爪先もジンジンして来た。
 レイチェルが案内してくれたカフェは、町の大通りから一本奥に入った白い壁に落ち着いたグレーの屋根の、小ぢんまりした可愛い一軒家のように見えた。
「隠れ家的なお店ですのよ。以前子爵のご子息が別宅に使っていたそうで、それを買い取ったオーナーが改造したとか。部屋も幾つかあるんですが、敢えて壁を壊して広げたりせずに、プライベートなお祝い事とか商談、カップルのデートに使えるよう残しているそうなんです。紅茶もですが、ケーキも甘さ控えめでとっても美味しいんです!」
「あら素敵ねえ。こういうところに入るのは初めてだわ」
 ……そう。ケーキも美味しいのね。
 外出で体力も使ったし、今日ぐらいは食べてもベティーは許してくれるわよね。だってレイチェルが誘ってくれてるんですもの。断るのは良くないわよ。そうよそうよ。
 私は何とか己の欲望を正当化し、案内された部屋に入った。
 何だか、本当に個人の部屋みたいだわ。
 細かく観察出来るほどの視力はないが、本が何冊か並んだ小さな本棚があったり、窓に白いレースのカーテンが掛かっていたり、壁に置かれたソファーにいくつもぬいぐるみが置いてあったりと、若い女性が好みそうなテイストが散りばめられていた。
 丸テーブルに二つ椅子が並んでいるコーナーと、座り心地の良さそうなソファーとローテーブルが置いてある方、どちらでも良いそうなのでソファーへ腰掛ける。
「あ、今日はこのお店の一番人気のパウンドケーキを頼もうと思っていたんですけど、香りづけにラム酒が使われているの。お菓子だから大した量ではないけれど、エマお姉様はお酒は平気?」
「お酒は弱いけれど、お菓子ぐらいなら大丈夫よ」
「良かった! それと紅茶もこのお店のダージリンがお勧めなのだけど、そちらでも?」
「ええ、レイチェルにお任せするわ」
 今はゆったりソファーに座れただけで足が楽になって解放感がある。
 ベルを鳴らして店員に注文をするレイチェルを見ながらくつろいだ。
 ベティーやエルキントン公爵家の使用人たちも隣の部屋で息抜きしているだろうし、私も王宮に戻る前にレイチェルと仲良くなれたら嬉しい。
 何しろ色んな隠し事がどこから漏れるか分からないので、社交も病弱設定で最低限しかしてないし、人を貶める噂話は大好きなレディーやマダムたちの格好の的になると思うと、親しい友人も作れなかったのだ。少し寂しかったが結果的に噂は全く出ず、単に人見知りで病弱な姫君としてルークに嫁ぐことが可能になったので、これは支払うべき代償であったのだと思う。
 ただ同年代の女性と親しく話せるのはベティーしかいないので、レイチェルと仲良くなれたら友人として付き合うことが出来る。何よりルークが可愛がっている大切な従妹なんだもの。そっけない対応など出来るはずもない。

 ……でも、ラム酒ってそんなに強いものではないわよね?
 前に成人のお祝いで初めて赤ワインを飲んだら一杯で真っ赤になってしまい、足元はふらふらでベティーがいなければ自室までたどり着けないほど酔っ払ってしまった記憶が蘇る。
 母もそれほど強い人間ではないのできっと遺伝なのだと思うが、何と言ってもお菓子だし、酔っ払うほどお酒入っていたら、レイチェルみたいな成人前の女性に出せないものね。無用な心配だわ。
 私は不安を打ち消すと、楽しみにお茶とお菓子が運ばれて来るのを待つのだった。



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