偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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過去編

13 矜持 -Chapter ヴァルター 【回想:およそ4年前】

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 国境付近の領地を統治するということは、常に危険と隣り合わせだった。

 ヴァルター・グレイストン公爵は、その現実を誰よりも知っていた。紛争はいつ再燃するかわからない。領民たちの安全を守るためには、常に警戒していなければならない。

 父からの位を継ぎ、まだ間もない公爵だった。領地での争いは、日増しに激しくなっていた。

 そんな中で開かれた宮廷舞踏会。本当は参加したくはなかったが、その日は建国祭。公爵となったばかりの彼が、王家の舞踏会を欠席することはできない。渋々ながらもヴァルターは一旦皇都に戻り、公爵邸を出て宮廷へ向かった。

 舞踏会の大広間は、華やかな装いの人々で溢れていた。ヴァルターは人目を避けるように立っていたが、その視線はすぐに、群衆の中で一際光を放つ女性に引きつけられた
 
 銀髪の可憐な女性。気品も美貌も備えた姿は、月光のような輝きを放っていた。セレイナ・エルグレン伯爵令嬢。

 多くの男性たちが彼女へ言い寄る様子が見えた。だが、彼女は誰かにエスコートされている様子もなく、すべて丁寧に断っているようだった。婚約者がまだいないのかと、ヴァルターはぼんやりそんなことを思っていた。

 彼女の存在を捉えながらも、それ以上は特に気にもしていなかった。

 ヴァルターは舞踏会の喧騒から逃れるように、ひとりバルコニーへ出た。
 夜気がふわりと髪を撫で、庭園に落ちる柔らかい月光が目を安らがせる。彼は欄干に手を置き、誰にも話しかけられないその静けさに僅かな安堵を覚えていた。

 その時、背後から足音が聞こえた。振り返ると、銀髪の女性が現れた。 セレイナ・エルグレン伯爵令嬢。

 彼女は一礼しその場を去ろうとしたのだが、ヴァルターは思わず声をかけ引き止めた。

「もしよろしければ、一緒に星を眺めませんか?」




 その数日後、偶然にも皇都の図書館で彼女に出会った。

 セレイナも書籍を手に、ゆっくりと歩んでいた。

「セレイナ嬢。ここで会うとは」

 彼女はヴァルターを見て一瞬驚いた顔をしたあと、にっこりと微笑んだ。

「ごきげんよう。公爵様も、本がお好きなのですね」

 それから二人は度々、図書館で出くわすようになり、そのうち時にはカフェに行ったり食事をしたりと、時間が合えば共に過ごすようになった。

 その時の会話は多種多様だった。書籍の話。思い出の話。やがて、将来の夢について語るようになった。

 会うたびに、ヴァルターはセレイナへの思いが深まるのを感じていた。彼女も彼を見つめる瞳に、同じ感情が映るようになっていった。

 今思えば、それは運命の導きだったのかもしれない。ヴァルターはそう考えるようになっていた。

 ある夜、庭園で彼女と歩いていた時、ヴァルターは言った。

「セレイナ。和平が整ったら、婚姻しよう。君と一緒に人生を歩みたい。我儘を言ってすまない。だが、今は領地が不安定だ。部下たちが危険を冒してくれているのに、自分だけ浮かれるわけにはいかない。その時が来るまで、待っていてくれないか?」

 セレイナはその言葉を信じた。

「待ちます。どんなに長くても」

 ヴァルターはセレイナを抱きしめた。

 愛情と領地への責任の間で揺れていたが、その時の彼を支えていたのは和平を優先するという矜持だった。和平が整うまで自分は浮かれることはできない。その決意が、紛争を和平に変えるという彼の強さをもたらしていた。



 思った以上に紛争は長引いていた。半年、一年と、その期間は伸びていく。

 その間もヴァルターは領地を守るために奔走した。

 セレイナからの手紙が、定期的に届いた。待つことの言葉。変わらぬ愛の言葉。その献身のおかげで、ヴァルターは心安らかに領地の政務に集中できた。だが同時に、罪悪感も覚えていた。セレイナは待ちながら、どれほどの寂しさや苦しみを感じているのか。その思いが、いつも心の片隅にあった。



 そうして、和平交渉が整った。漸くだ。漸く!

 隣国との条件の擦り合わせも終わり、両国の王も合意した。

 ヴァルターはこれを機に、約束通りセレイナにプロポーズすることを決めた。

 指輪も用意した。セレイナの指に合うように、一流の細工職人に頼んで。

 その矢先だった。

 王命が下された。

「ヴァルター・グレイストン公爵。ミレーユ・ラフォード侯爵令嬢と婚姻せしめる。これは王命なり」

 ヴァルターの心は一瞬、停止した。世界も動くのを止めた。

 セレイナのことは?

 約束は?

 王命は絶対だ。貴族として、領地を守るためには、王命に逆らうわけにはいかない。

 俺は、どうすればいい?
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