偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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過去編

5 希望と絶望 -Chapter セレイナ 【回想:2年半前】

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 紛争は、想像以上に長引いた。

 半年、一年と月日だけが過ぎ、終わりが見えない。

 その間もセレイナは、ずっと待ち続けた。

 手紙を受け取る日。その内容を繰り返し読み耽る日々。返信を書く日。それらが、セレイナの人生のリズムになっていた。

 手紙の中でヴァルター公爵は、領地の状況を報告した。紛争の進展や和平交渉の進捗。
 そうして最後はいつも、同じメッセージが並んでいた。

「セレイナへ。毎日、君のことを思う。必ず和平を達成する。そして、君を迎えに行く。心から愛している。君を抱きしめたい。その日まで、待っててくれ」

 その言葉をセレイナは信じ続けた。疑わず、迷わずに。ヴァルターへの信頼は、彼女の支えだった。

 セレイナは、公爵への想いを形にしようとした。刺繍をしたハンカチを作った。ヴァルターの顔を思い浮かべながら、一針一針、想いを込めて刺繍を施していった。

 時々、ヴァルターからは、別の想いが綴られた手紙も来た。

「セレイナへ。君のことばかり考えてしまう。他の男に目移りしないか、心配だ。男どもが君に言い寄っていないか。そう考えると、心が落ち着かない。君は、俺のものだ。必ず迎えに行く。その時まで、誰のものにもならないでくれ」

 セレイナは、その手紙を繰り返して読むたびに、頬を染めた。公爵が自分のことを、そこまで想ってくれているのだ。その想いが、セレイナの心に喜びをもたらした。嫉妬さえも、愛の表現に感じられた。

 だが、そんなセレイナの気持ちを知らずにいた両親からは、何度も同じことを聞かれた。

「セレイナ。そろそろ婚約者を決めてはどうだろう? 有力な貴族からの求婚も、何件か来ている」

 父がそう言った後、母が静かに聞いた。

「誰か心に決めている人でもいるの?」

 セレイナはその言葉に、一瞬返事することを戸惑った。ヴァルターの名前を出そうかと過ぎったが、彼の今の希望は和平であり、この時点で余計なことを言うべきではないと判断した。

「お父様、お母様。もう少しだけ、その時がくるまで待ってほしいの」

 両親は、セレイナの表情に何かを感じたのだろう。父が、優しく言った。

「ならば、お前の意思を尊重しよう」

 母も、父の言葉に同意した。

「そうね。時が来るまで、待つとしましょう」

 セレイナは両親の優しさに感謝した。

 いつか必ず、この待ちの時間は終わり、公爵が迎えに来てくれる。
 その時にはきちんと、愛する人を紹介できる。

 そう信じて。



 ある日、セレイナの元にいつものように、ヴァルターからの手紙が届いた。

 だが、その手紙はいつもより分厚く、セレイナの心をときめかせた。

 何か重要な知らせなのだろう。

 恐る恐る、封を切った。

『セレイナへ。和平交渉が整いました。隣国との条件の擦り合わせも終わります。やっと、君と婚姻できる日が近づいてきました。早く君に会いたい。この胸に抱きしめたい。待っていってくれてありがとう。君への愛は、今も変わりません。必ず、すぐに迎えに行く』

 セレイナの胸は喜びと嬉しさでいっぱいになり、思わず声を上げて泣いた。無事に帰って来てくれる。この瞬間を、どれほど待っていただろう。ヴァルターとの人生が、本当に始まるのだ。



 そんな喜びに満ち、再会を待ち望んでいたその矢先だった。

 間を置かずに数日後、ヴァルターからの手紙が届いた。セレイナは、その手紙を拾い上げるのに勇気が必要だった。その厚さが、いつもと違うのだ。普段よりも、断然に薄い。不安が、セレイナの胸を締めつける。

 不安と恐怖を感じながらも、ゆっくりと封を切る。

 そして。

 内容を目に入れたセレイナの心は、完全に停止した。

 王からの命。

 貴族令嬢。

 白い結婚。

 その言葉の組み合わせが、セレイナを襲った。そして混乱する。どういうことなのだろう。脳が理解することを拒否しているように、文字がどれも結びつかない。

 だが徐々に、その文面の意味が、まざまざと突きつけられた。

『王命が下った。他の貴族令嬢との婚姻を命じられた。三年待ってほしい。相手の女性と白い結婚なら、婚姻を解消する道もあるかもしれない。セレイナとの未来も、まだ見出せるかもしれない』

 すべてが崩れ落ち、希望は絶望に変わった。信じたくはない。でも現実なのだ。待つ? 彼は婚姻するのに? 複雑な感情が、セレイナの胸の中で渦巻いていく。

 三年という時間は、光でもあり、呪いでもあった。それは長く、途方もない時間に思えた。

 セレイナは自問自答した。

 白い結婚なら、相手との関係を白紙に戻し、セレイナと新たに婚姻できるかもしれない。

 だが、その考えの中に、別の不安が忍び込んでいた。

 ヴァルターが、その相手の人のことを本当に愛してしまったら? その人と肌を重ねたら? その考えが、セレイナの頭から離れない。

 三年の間に、ヴァルターがセレイナの元を離れてしまうのではないか。別の女性に心を奪われてしまうのではないか。

 その恐怖は、セレイナを蝕んだ。

 返事を書くことは、ヴァルターが別の女性と婚姻することを、受け入れることだった。セレイナは、その手紙を胸に抱きしめて、ただ涙し続けた。
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