偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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27 涙 -Chapter エリオス

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 セレイナの告白から数日が経った。

 彼女はそれからも少しずつではあったが、ポツリ、ポツリと城での日々について話し始めた。

 それは激しい感情を伴った告白ではなく、静かな語りだった。

「側妃として迎えられたとき……セラフィム王太子殿下から、言われたのです。……リージェリア王太子妃殿下の政務のお役に立つことが、私に与えられた役目であると。ですので……私もお受け致しました……」

「そうだったのか……。正妃との婚姻一年で側妃とは、と思ってはいたが」

 それであるならば、先日判明した『白い結婚』についても、エリオスは納得が出来た。リージェリア妃が、政務に対して問題があるのだろうと、察することも出来る。ただしそうであっても、側妃は妻であることに変わりはない。もう少し、なんとかならなかったのか? という考えは過ぎる。

「はい。その中で……私は、王太子妃殿下のご不興を買い……何度かお叱りを……受けました」

 セレイナは花壇に、先日とはまた違う新しい花の種を落とした。

「不興? どんなことでだ?」

「私の態度が、側妃としては至らなかったのだと思います……。弁えろと何度も、ご指導頂きました……」

「政務は? どうだった?」

「政務は……遣り甲斐がありました。やり遂げたことが評価されると思っていましたので」

 セレイナはふっと、苦しそうに息を短く漏らす。その言葉の中には、痛みが含まれていた。

「ですが……」

「ですが?」

「王太子殿下は……お姿をお見せ下さることも、声を掛けて頂くことも、無くなって行きました……段々と」

 セレイナの声は、さらに小さくなった。

「報告書を提出しても、お返事を頂くことはなく、政務についての指示がなくなり……官吏の方々が届けてくださる書類だけが、私の仕事の全てになりました……やがて……その官吏の方々も、直接私に渡すのではなく、執務机に書類と要点を書いたメモを置くだけになり、私は……誰とも話さない日々が増えて行きました」

 エリオスは、その語りを静かに聞き、静かに問う。

「その孤立の中で、苦しかった事はあったか?」

 セレイナは言葉を出すことを躊躇うようだったが、口元をギュっと一文字に閉めたあと、再び口を開き零すように話し出した。

「食事……が」

「食事が?」

「朝だけになりました。夜の食事が、出なくなったのです。最初は……過ちだと思っていました。ですが……毎日、朝だけ」

「そのことについて、誰かに伝えたのか」

「……はい。食事を配膳してくださる方に」

「それで改善はされなかったのか?」

「はい。その後、王太子殿下からお叱りを……受けました」

「なぜだ!?」

 エリオスの眉が大きく歪み、思わず声を荒げた。そのことにセレイナが一瞬、肩を震わせた。

「すまない……思わず。だが、なぜだ? なぜ兄は、貴方を叱ったのだ?」

「食事で我儘を言うなと。困らせるなと、仰られました」

「兄は話も聞かず、そう言ったのか?」

 セレイナは言葉には出さず、コクリとひとつ頷いた。その先は言わずとも、エリオスは理解できた。そんな兄に、セレイナは見切りをつけたのだ。そして絶望したのだろう。

「その食事……何か変わったことはなかったか。味とか……匂いとか」

 セレイナは、そこで初めてエリオスの方を見た。

「あの……質問していいですか」

「もちろん」

「どうして……そのようなことを……?」

「貴方の身体に何が起きたのか、そのことを知りたい。そして、貴方が受けてきたこと。それは、決して軽いことじゃない」

 エリオスはそこで言葉を止める。彼女の負担になるようなことは言いたくはない。今、この話をするだけでも、辛いはずだ。

「だが、話したくなければ、言わなくていい。貴方の負担になることはしたくはない」

「いいえ……」

セレイナが、首を振った。

「食事……最初は普通だったと思います。ですが……いつからか……味よりも、内容が変わって……ほとんど中身の無いスープだったり……硬めのパンであったり……味はもう……よく覚えておりません」

セレイナは、また土を見つめた。

「ですが……それも……いつからか……気にならなくなりました。身体が……弱くなっていくにつれ……」

 そう聞き、エリオスは確信した。薬物は食事に混入されていたのだろう。一日一度の食事、それ以外に摂取の機会はない。

 ほぼ間違いない。

 そしてセレイナの身体が衰弱していく過程で、彼女の判断力も奪われていったか。何か混入されているとは、思えないほどに。

「俺からもひとつ、質問していいか?」

 セレイナが頷く。

「その食事……誰が、貴方の元へ持ってきていた?」

 セレイナは、沈黙した。長い沈黙。

「……王太子妃殿下付きの……官女だったと思います。最初の内は顔を合わせていたのですが、途中から部屋の前に置かれるようになり……顔を合わすことは……ほぼなくなりましたから」

 その答えが、物語っていた。薬物はその官女が混入していた可能性が非常に高い。問題はその官女が、誰かの指示を受けていたのか否か。受けていたとしたら、誰の指示だったのか、だ。

 ここでもまた、兄だ。

 あいつは何をしていたんだ? 王太子妃周りの管理も出来ていない。

 怒りがふつふつと湧き上がる。
 
 そこまで愚かではなかったはずなのに。

(一体、奴は何を見ていたんだ)

 そう思うと、今すぐにでもセラフィムの事を殴りつけ、全てを明るみにしてやりたい衝動に駆られる。だが、動く時は今では無い。今動いても、セレイナを余計に傷つける結果にも成り兼ねないのだ。

 怒りに任せて動くなと自制すると共に、エリオスは握り締めた拳をゆっくりと解いた。



 そんな風にセレイナは、エリオスに過去のことも語ってくれた。

 決して一度に多くは語らなかったが、断片的にでも話してくれることが、エリオスには嬉しかった。それは、彼女が過去と向き合っていることに他ならない。心身ともに健康を取り戻しつつあるという証にも思えた。

 ヴァルター公爵とのこと、城で過ごしていた日々のこと、彼女が何を思い、考えていたのか。

「貴方は、彼らを憎いと思わないのか?」

 ある時、エリオスはセレイナにそう問うた。

「確かに、恨まないといえば嘘になります……。ですが、これは私が受けるべき罰だと」

「罰?」

「そうです。私は、自分勝手な思いで……まず、ヴァルター様の奥様……の不幸を願いました……」

「それは、どういう」

「ヴァルター様と奥様が……離縁することを、願ってしまったのです」

 その返答を聞いて、エリオスは肯定も否定も出来なかった。確かに、精神的な不貞を犯していたかもしれない。妻のある男性に、横恋慕という形で思いを寄せた。だがそれは、セレイナのことを思えば、不当ではないとも言えた。

 兄の身勝手な行いが、一人の女性の運命を狂わせたともいえる。が、そのことも罪か? と問われたらそうではないとしか言えない。

 セレイナはさらに、静かに続けた。

「側妃もそうです……。例え政務のためとはいえ、正妃様がいらっしゃるのに……私は側妃という形を承諾しました。そこで私は、政務官としておいてほしいと願わなかった」

「それは、法的にも認められた王位ある者の権利であり、後継のための義務の場合もある。あなたの罪ではないだろう?」

「法の上では、そうかもしれません。……ですが王太子妃殿下のことを思えば、やはり頷くべきではなかったのです。私は様々な形で、人の不幸を願った罪な人間なのです」

 あまりにも純粋過ぎた故、受けた傷も苦痛も深かったのだろうことを思い知った。恨むほうが余程楽なはずだ。なのに、こんな状態になりながらも恨み言を吐くのではなく、自身を責めている。

 離縁書に署名するときもそうだった。彼女は自身の責に、謝罪の言葉を吐いていた。

 エリオスは思わずセレイナを抱きしめていた。

「もう……いい。もう、言うな」

 エリオスの胸の中に包まれたセレイナは、一瞬だけ身を硬くしたが、すぐにそれを解いた。

 そして、エリオスが東の塔で救いだしてから初めて、セレイナは声を上げて泣いていた。
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