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97 治療 ーChapter ガレーニャ
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伯爵邸の玄関に、馬車が止まった。
御者が飛び降り、扉を開ける。伯爵家の護衛が、セレイナを横抱きにして降りてきた。抱えられているセレイナの意識はない。ぐったりと腕が垂れ下がっている。
ワンピースの肩口は乱雑に引き裂かれ、全身がびしょ濡れだった。銀色の髪は水を含んで重く垂れ、右側の横髪は、根元から焼け焦げて散り散りになっていた。
その後ろから、伯爵夫人が降りてきた。顔は真っ青で、目からは涙を流し、呼吸は相当荒い。足元がおぼつかず、女性騎士の一人が腕を支えていた。
その後、ガレーニャが続いた。彼女も、服も髪も濡らしており、眼鏡には水滴がついたままだ。
玄関先で待ち構えていた伯爵が、娘の姿を見て息を呑んだ。
「セレイナ! いったい何が!?」
エルグレン伯爵が駆け寄り、娘の顔を見た途端、呼吸を忘れたかのように動きを止め、そして苦渋に顔を顰めた。
「お部屋へ運んでください」
ガレーニャは、声を震わせながらも、冷静にそう伝えた。
護衛が頷き、廊下を進んでいく。使用人たちが壁際に寄り、息を呑んでその姿を見送る。誰も、何も言えなかった。
伯爵夫人は夫に支えられながら、よろめくようにその後を、夫妻で追う。
「なぜ……私のすぐ傍にいたのに……なぜ……」
夫人が嗚咽交じりにそう呟くが、呼吸が乱れて言葉になっていない。
部屋に入り、護衛がベッドにそっと、セレイナの身体を横たえる。
後に続いていたガレーニャは、濡れた眼鏡を外し袖で拭った。眼鏡をしっかりと掛け直した彼女は、セレイナの横に座り、直ぐに傷口を診る。
焼け焦げた横髪をそっと退けて、負傷の状態を確かめる。耳から首の下にかけて皮膚が赤く爛れ、頬骨の下あたりから顎にかけては水膨れができている。焼けただれた臭いが、部屋に漂った。
伯爵夫人が、寝台の後ろで膝から崩れ落ちた。伯爵が妻の肩を抱きながら、厳しい目で娘を見つめている。
バザー会場で咄嗟に水を浴びせかけたのは、正しい判断だった。周りにいた男たちが水桶を次々と持ってきてくれた。あれがなければ、損傷はもっと深部にまで及んでいたであろう。
中度の火傷。頭皮や皮膚細胞の深部までは至っていないと思われる。だが、油断はできない。
ここからが勝負だろう。予断は許されない。
化膿や水泡の破裂による感染リスク、炎症の悪化、そして瘢痕として残ってしまう可能性が大いにあった。
扉の外に、震える身体を抑えるように控えていた、女性騎士の一人にガレーニャは声をかけた。
「王宮へ戻り、王后陛下にお伝えください。セレイナ様が襲撃を受け、顔に薬品をかけられ重傷です」
そう聞いた女性騎士の顔が、さらに青ざめる。
「それから、大至急お届けいただきたいものがあります。生のアロエを、できる限り大量に。最上級のものを。それから、ミルラの涙と乳香。どちらも高品質のものを。宮廷薬草園か、宮廷医の薬棚にあるはずです」
「承知、いたしました」
声が震えている。だが、女性騎士は唇を引き結び、廊下を駆けていった。
ガレーニャは寝台に向き直った。
セレイナの呼吸は浅いが、安定している。目は無事だった。
だが、顔の右側は……今は見るに堪えられないだろう。
セレイナが見たとき、どう思うか。
そう思うと、悔しくて、腹立たしくて。
だが。
眼鏡を押し上げ、強く歯を食いしばる。
今できることを、やるしかない。
そして、絶対に治癒して見せる。
セレイナを必ず、救う。
彼女の心を壊さないように。
絶対に。
そう、ガレーニャは強く、強く誓った。
御者が飛び降り、扉を開ける。伯爵家の護衛が、セレイナを横抱きにして降りてきた。抱えられているセレイナの意識はない。ぐったりと腕が垂れ下がっている。
ワンピースの肩口は乱雑に引き裂かれ、全身がびしょ濡れだった。銀色の髪は水を含んで重く垂れ、右側の横髪は、根元から焼け焦げて散り散りになっていた。
その後ろから、伯爵夫人が降りてきた。顔は真っ青で、目からは涙を流し、呼吸は相当荒い。足元がおぼつかず、女性騎士の一人が腕を支えていた。
その後、ガレーニャが続いた。彼女も、服も髪も濡らしており、眼鏡には水滴がついたままだ。
玄関先で待ち構えていた伯爵が、娘の姿を見て息を呑んだ。
「セレイナ! いったい何が!?」
エルグレン伯爵が駆け寄り、娘の顔を見た途端、呼吸を忘れたかのように動きを止め、そして苦渋に顔を顰めた。
「お部屋へ運んでください」
ガレーニャは、声を震わせながらも、冷静にそう伝えた。
護衛が頷き、廊下を進んでいく。使用人たちが壁際に寄り、息を呑んでその姿を見送る。誰も、何も言えなかった。
伯爵夫人は夫に支えられながら、よろめくようにその後を、夫妻で追う。
「なぜ……私のすぐ傍にいたのに……なぜ……」
夫人が嗚咽交じりにそう呟くが、呼吸が乱れて言葉になっていない。
部屋に入り、護衛がベッドにそっと、セレイナの身体を横たえる。
後に続いていたガレーニャは、濡れた眼鏡を外し袖で拭った。眼鏡をしっかりと掛け直した彼女は、セレイナの横に座り、直ぐに傷口を診る。
焼け焦げた横髪をそっと退けて、負傷の状態を確かめる。耳から首の下にかけて皮膚が赤く爛れ、頬骨の下あたりから顎にかけては水膨れができている。焼けただれた臭いが、部屋に漂った。
伯爵夫人が、寝台の後ろで膝から崩れ落ちた。伯爵が妻の肩を抱きながら、厳しい目で娘を見つめている。
バザー会場で咄嗟に水を浴びせかけたのは、正しい判断だった。周りにいた男たちが水桶を次々と持ってきてくれた。あれがなければ、損傷はもっと深部にまで及んでいたであろう。
中度の火傷。頭皮や皮膚細胞の深部までは至っていないと思われる。だが、油断はできない。
ここからが勝負だろう。予断は許されない。
化膿や水泡の破裂による感染リスク、炎症の悪化、そして瘢痕として残ってしまう可能性が大いにあった。
扉の外に、震える身体を抑えるように控えていた、女性騎士の一人にガレーニャは声をかけた。
「王宮へ戻り、王后陛下にお伝えください。セレイナ様が襲撃を受け、顔に薬品をかけられ重傷です」
そう聞いた女性騎士の顔が、さらに青ざめる。
「それから、大至急お届けいただきたいものがあります。生のアロエを、できる限り大量に。最上級のものを。それから、ミルラの涙と乳香。どちらも高品質のものを。宮廷薬草園か、宮廷医の薬棚にあるはずです」
「承知、いたしました」
声が震えている。だが、女性騎士は唇を引き結び、廊下を駆けていった。
ガレーニャは寝台に向き直った。
セレイナの呼吸は浅いが、安定している。目は無事だった。
だが、顔の右側は……今は見るに堪えられないだろう。
セレイナが見たとき、どう思うか。
そう思うと、悔しくて、腹立たしくて。
だが。
眼鏡を押し上げ、強く歯を食いしばる。
今できることを、やるしかない。
そして、絶対に治癒して見せる。
セレイナを必ず、救う。
彼女の心を壊さないように。
絶対に。
そう、ガレーニャは強く、強く誓った。
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