偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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101 護送 ーChapter エリオス

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 ミネルバが観念したとはいえ、このまま無防備に連れ歩くわけにはいかなかった。

 ナルヴァ国の追手がいつ現れるかわからない。他の三人が次々と口封じで消されたと思われる以上、ミネルバもまた狙われている可能性が高い。

 エリオスは下宿屋を出ると、シリルに目配せをした。

「荷馬車と、そうだな。念のために傭兵が必要だ」

「それなら、請負所に参りましょう。国境沿いの街には必ずあるはず。護衛と荷馬車の手配は、そこで出来ると思います」

 シリルが周囲を見回し、近くにいた荷運びの男に声をかけた。請負所の場所を聞き出すと、三人はミネルバを連れてその方角へ歩き出した。

 国境の街の空気は、雑然としている。言語は様々で、身なりの違う人間が右往左往と行き交う。その喧騒の中を、四人は目立たぬように進んだ。



 請負所は、街外れにある石造りのしっかりとした建物の一角にあった。

 壁には護衛募集、荷運び、商隊護衛など、様々な請負仕事の札が、同じく壁に打ち付けられた釘に、乱雑に掛けられてあった。中に入ると、荒事を生業とするような男たちが何人か、暇を持て余した様子で木造りの丸椅子に腰かけていた。

 窓口に座っていたのは、髪は薄く脂を浮かせた丸顔の中年男。シリルが近づくと、値踏みするような目を向けてきた。

「請負か? 雇用か?」

 挨拶もなく、直ぐに用件を聞く男。

「ウィンター語がわかる護衛を二人、短期で雇いたい。荷馬車も一台、すぐに借りたい」

 シリルの注文に、窓口の男は顎をしゃくった。

「あいよ。護衛なら、そこの二人が暇してる。馬車は裏にある」

 示された先には、傭兵上がりと思しき男が二人座っていた。一人は四十程の毛は全くない完全なる禿頭、もう一人は二十代後半の浅黒い肌をした短髪の男。どちらも体格が良く、腰には剣を佩いている。

 その二人に歩み寄ったシリルは、こちらの条件を伝え、報酬の交渉を済ませた。二人の傭兵は、金貨の額を聞くと顔を見合わせ、すぐに立ち上がった。

「あんたらの荷物ってのは、あの女か」

 禿頭の傭兵が、入口付近で待たせていたミネルバを顎で示した。

「そうだ。丁寧に扱え」

「へいへい」



 裏手に回ると、幌付きの荷馬車が一台あった。

 車体は使い込まれて色褪せているが、車輪や軸はしっかりしている。荷台は簡素で、木の床板に藁が敷かれているだけだった。

 エリオスは荷台を確認しながら、オクターブに声をかけた。

「縄を」

「御意」

 オクターブが差し出したのは、細いが丈夫な麻縄だった。

 ミネルバの前に立ち、エリオスは低く告げた。

「逃げる気はないだろうが、念のためだ」

 ミネルバは何も言わず、小さく頷いた。

 腰に縄を回し、荷馬車の手すりに軽く結びつける。手首は縛らない。本気で逃げようと思えば解ける程度の、最低限の拘束だった。

 ミネルバは静かに荷台へ上がり、藁の上に腰を下ろした。
 彼女の目はどこか、安堵感に包まれているようにも見えた。

 ある意味において、こうして捕まることは、彼女にとっては逃亡の終息を示しているせいなのかもしれない。



 傭兵の配置を決める。禿頭の男が御者台に、浅黒い肌の男が荷台の後ろで見張りにつく。エリオスたちは馬で並走する形をとった。

 出発の準備が整ったところで、シリルがエリオスの傍に馬を寄せた。

「殿下。関所のことですが」

 その言葉に、エリオスは眉を上げた。

「ナルヴァ側の関所を正面から通るのは、避けた方がよいかと思います」

「ああ、そうだな」

「ミネルバの顔が知られている可能性があります。それに、ナルヴァ側が彼女を探しているなら、関所に手配が回っていないとも限りません」

「別の道があるのか?」

「商人の間で知られている裏道があります。関所を避けて国境を越えられる」

「ほう? 裏ルートと言う事か? 俺にそれを言うのはリスクがないか?」

 シリルは肩を竦めた。

「関税を避けたい商人が、ごく稀に使う道です。ただし、非常に遠回りになります。それと、見つかれば面倒なことになる。なので余り使われていないのです」

 密輸ルートというわけではないが、正規の道ではない。その程度のものだろう。

「どのくらい遠回りになる」

「通常の数倍近くかと」

 エリオスは少し考え込んだ。関所で足止めを食うリスク。追手に見つかるリスク。それと、遠回りになる時間的損失。

 天秤にかけるまでもなかった。

「その道を使って行く」

「承知しました」



 国境の街を離れ、本街道から外れて脇道へ入った。

 最初のうちは、まだ道らしい道だった。だが、しばらく進むうちに、路面は次第に荒れ始める。
 石が転がり、轍の跡は深く、馬車が通るたびに車体が大きく揺れる。

 ガタン、と一際大きな揺れがあった。

 オクターブが顔をしかめ、馬の手綱を握り直した。

「……なるほど、これは避けられるわけですね」

 その言葉に、御者台の禿頭の傭兵が振り返って笑った。

「これくらいならマシな方だぜ。もっと奥に入ると、馬車が横転しかけることもある」

「それは聞きたくなかった情報です」

「ハッ。商人ってのは、こんな道を通ってでも関税を浮かせたいもんかね」

 浅黒い肌の傭兵が、荷台の後ろから声を上げた。

「浮いた金で傭兵雇うんだから、世話ねぇよな」

 禿男は、クッと鼻を鳴らした。

「違いねぇな」

 傭兵たちの軽口が、荒れた道をかみ砕く車輪の音に混ざり響く。

 エリオスは黙って馬を進めながら、時折ミネルバの様子を確認した。荷台の中で膝を抱えるようにして座る小柄な影は、揺れに身を任せるだけで、何の反応も示さなかった。




 裏道の旅は、予想以上に難儀した。

 道の悪さだけでなく、途中で迂回を余儀なくされる箇所がいくつもあった。倒木に塞がれた道、増水で渡れない浅瀬。夜営の場所を探すのにも手間取る。

 それでも、追手の気配はなかった。ナルヴァ側の関所を避けたことで、公的な追跡の目からは逃れられたようだった。

 三日目の夕刻。

 見慣れた景色がようやく視界に広がった。グレイストン領の西端、鉱山を抱える国境の街。ウィンター国に入ったことを示す風景だった。

 街の入口で、エリオスは馬を止めた。

「ここで別れよう」

 傭兵たちに向けて、残りの報酬を投げ渡す。禿頭の男が器用に受け取り、金貨を数えた。

「毎度。また何かあったら声かけてくれや」

「世話になったな」

 傭兵たちは荷馬車を引き、来た道を戻っていく。

 その背中を見送った後、エリオスはオクターブに命じてミネルバの腰縄を解かせた。ミネルバは解かれても、ぼんやりと立ち尽くしたまま動かない。逃げる気配はなかった。もはや逃げる場所などないと、彼女自身が一番よくわかっているのだろう。

「宿駅へ向かうぞ」

「御意」「はい」

 エリオスがそう告げると、シリルとオクターブが頷いた。

 三頭の馬を引き、ミネルバを伴って宿駅へ向かう。借りていた馬を返却し、代わりに幌付きの馬車を一台手配した。御者台には、宿駅の馬丁らしき若い男。

「公爵邸まで、明日の昼過ぎにはあちらへ着きたい」

 シリルの言葉に、短い返事と頷きを馬丁は返した。

 ミネルバを馬車に乗せると、シリルが幌の中で見張りに着き、エリオスとオクターブは公爵領から乗って来た馬を並走させた。

 御者が鞭を振るい、馬車が動き出した。

 グレイストン領の道は、裏道とは比べ物にならないほど整っていた。馬車の揺れも穏やかで、ミネルバは隅に座ったまま、幌の外を眺めている。その横顔には、何の感情も浮かんでいなかった。

 途中で仮眠のために、小休憩を挟む。
 エリオスは腕を組み、目を閉じた。

 証人と証拠を手に入れた。あとは、これをどう使うか。

 頭の中で、これからの段取りを組み立て始めていた。
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