偽りの愛 ー 真実かどうかなんて、なぜわかるのでしょうか

苺 迷音

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106 兄弟 ーChapter エリオス

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「なぁ、エリオス。たまには付き合わないか?」

 四人での密談を終え、それぞれが椅子から腰を上げようとした時。セラフィムが不意に、エリオスへ声を掛けた。

「酒か?」

「たまにはいいだろう?」

 今この世界で、セラフィムの心の内を汲める者がいるとしたら、それは他ならぬエリオスだけなのだろう。同じ血を引き、同じように国という重責を背負う未来を分かち合ってきた。

「深酒にならないなら、付き合ってやる」

 エリオスが口角を少し上げて応じると、セラフィムは「いい葡萄酒がある」と短く言い、居間のベルを鳴らして給仕を呼んだ。

 そんな二人の様子を見て、父王と母后は何も言わなかった。ただ静かに、息子たちの背中を背後に残して居間を後にした。その沈黙は、彼らの時間を邪魔してはならないという、親としての配慮のようにも見えた。



 二人は居間から続くテラスの椅子に腰を下ろしていた。肌を撫でる夜の風は昼間とは違い、涼しさを含んでいる。

 片手には、深い赤の葡萄酒が満たされたグラス。並んで見上げる空は深く、黒い。そこに散らばる星たちが、合唱でもしているかのように、せわしなく瞬いていた。

「なぁ、エリオス。お前は王になりたいか?」

 不意に、セラフィムが問いかけた。視線は空に固定されたままだ。
 エリオスは一口、葡萄酒を喉に滑らせると、軽く首を振った。

「いや。興味もない。お前が王になると思っていたからな」

「俺は昔から、お前の方が王になるべきだと思ってたよ」

 セラフィムの独白に、エリオスは思わずその横顔を見た。
 先ほどまでの歪な表情は消え、今の兄は憑き物が落ちたように穏やかだった。だが、その瞳の奥には、消し去ることのできない焦燥が滲んで見える。

「前、言ってただろう? 俺は優柔不断だと。その通りだ。資質としては、エリオス。お前の方が」

 そこで一度言葉を切り、セラフィムもグラスに口を付けた。
 そしてゆっくりと、エリオスの方へ顔を向けた。

「王なんてつまらんもんだよな。惚れた女と一緒に居れない。居ようとしたらこの有様だ。何が正しかったのかさえ、わからないなんて、な」

「本気で王太子位を返上して、離縁するつもりなのか?」

「……ああ。リージェを守ると誓った。この方法が守ることにならないのはわかっている。これは俺達夫婦が受けるべき結果だ。それに、彼女は俺といると、間違いなく潰れる。母国へ戻り、違う道を歩んだ方が、いい」

 エリオスは何も言わず、空になったセラフィムのグラスに、葡萄酒を注ぎ足した。自分のグラスにも同じように赤を注ぐ。

「エリオス。お前が王になれ」

 セラフィムが、エリオスを真っ直ぐに見た。その声は先ほどまでの自嘲を捨て、しっかりと、退路を断つような力強さを持っていた。
 その言葉を受け、エリオスは暫くの間、兄の瞳を見つめ返していた。やがて、ふっと小さく息を吐くと、視線を逸らして再び夜空を仰ぐ。

「俺は、東辺境要衝の任がある。途中で投げ出したくはない。それに、」

 今度はエリオスが、言葉をそこで止める。
 脳裏を掠めたのは、昼間の薄光の中で見た、あのセレイナの姿だった。

「俺は……セレイナを」

 呟くような声だったが、夜の静寂の中でエリオスの耳には、やけに響いて聞こえた。

「あぁ、分かっている。お前を見ていれば、……すぐにわかるよ」

 そう言ったセラフィムは、一瞬だけ、僅かに眉を寄せた。が、すぐに表情を戻す。

「わかっているなら、尚更だ。俺は王よりセレイナを取る」

「無責任だな」

 セラフィムが、肩を小さく震わせて笑った。

「なんとでも言え。ロベルトが王になればいい」

「あいつは駄目だろう。女癖で間違いなく、王宮が乱れるぞ」

 セラフィムの言葉に、二人して自然と口元を緩めた。

 エリオスもセラフィムも、分かっているのだ。セラフィムがその座を辞せば、次の順位にあるエリオスが後を継ぐしかない。それが叶わぬなら、セラフィムが新たに妃を迎え、後継者を作るまでその座に留まるしかない。
 どちらにせよ、二人に残された選択肢は、極めて限られているのだ。

 エリオスが王に就くのであれば。彼のこの愛も、いつかはセレイナから引き剥がさなければならない日が来るのかもしれない。
 だからこそ、今はこうして軽口を言い合い、同じ酒を呑む。

「いつか、王が王でなく、想いのまま過ごせる日がくるといいな」

「血で縛られない国、か?」

「そうだ。遠い未来にそんな日がくるかもな」

「夢物語にするんじゃなくて、お前がすればいいだろ」

「簡単に言ってくれるね。だが……そうだな」

「なら、お前が王になればいい」

「エリオス。わかっているだろう? 俺だけの力じゃ無理だ」

「協力は、してやるよ」

 二人の間に静かな笑いが漏れる。

 グラスの中でゆらゆらと揺れる深い赤を見つめながら、セラフィムが言葉を零した。

「たまにはこうして、弟と未来を話すのも悪くはない」

「明日からはまた、現実に向き合うぞ」

「わかっている。……毒と襲撃。手早く追い込まないと駄目だろうね」

「ああ。犯人は、絶対に逃さない」

 そう言ったエリオスは、グラスの葡萄酒を一気に煽った。
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