【本編完結】星を継ぐ踊り子とスチールグレイの修復士~日誌に綴られた謎と、仄かな恋の旅

苺迷音

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 天球儀の中心から、強烈な白い光の柱が立ち上がった。

 光は天井を貫く勢いで噴き上がり、空間全体を染め上げる。あまりの光量に、レンはとっさにアリアを背後に庇い、大きく後退した。

 ただ眩しいだけではない。近づくほど光量が増し、肌を焦がすような熱が波のように押し寄せてくる。

「下がれ、アリア! このままじゃ焼けるぞ!」

 レンは叫びながら、ポケットから小さな真鍮のナットを取り出し、光の柱へ向けて放り投げた。
 
 ナットは光に触れた瞬間、強い火花を散らし真っ黒に焼け焦げて床に転がった。金属特有の焦げた匂いが鼻を突く。

「……」

 レンは焦げたナットを見つめ、即座に観測を始めた。
 
 一定の半径から外には熱を出さない。光の揺らぎは規則的で、攻撃的な拡散もしない。無機物を投げ込んだ時だけ、過剰に反応して排除する。

 これは防壁ではなく、攻撃でもない。通過条件を満たしていないものを、物理的に遮断する装置だ。

 レンは手元のレンズと日誌を取り出し、もう一度確認した。
 
 星図は正しい。座標も正しい。計算に誤差はない。ここは間違いなく、日誌が示したポイント・ゼロだ。場所は合っている。にもかかわらず、通れない。レンは頭の中で、情報と現状を整頓してゆく。
 
 操作入力ではなく、技術者が解いてゆく仕掛けでもない。ましてや、数値や手順の問題でもない。ならばこの装置が求めているのは、場所や知識ではなく、誰が来たかを確認しているということだ。

 レンの脳裏に、一つの仮説が浮かび上がる。
 
 この日誌は、アリアの父が残したもの。偶然の記録ではなく、娘に渡ることを前提に、数々の暗号と記憶の鍵をかけて守られてきた。その日誌が、十数年という時間をかけて娘をこの場所へ導いた。

 ならば、この装置もまた、その娘が立つことを前提に作られているのではないのか?

「レン、どういうこと? どうして通れないの?」

 アリアが不安げにレンの袖を掴む。レンは彼女の方を向き、真剣な眼差しで告げた。

「あくまでも、推論だが……この装置は、この日誌を持ってここに来る娘、つまり君が立つ前提で作られている。おそらく……君だけが通れる」

 アリアは目を見開いた。

「私? 私なら、通れるの?」

「その可能性が高い。だが……」

 レンは言葉を濁し、床に転がる焦げたナットへ視線を流した。

「もし間違えたら、どうなるの」

「……焼けてしまう」

 レンが短く答えると、二人の間に静かな沈黙が落ちた。
 
 鉄さえも瞬時に溶かす高エネルギーの奔流。その前に立つということ。すなわち、命を賭ける行動となる。それを悟ったのか、血の気が引いていくようにアリアの顔が、どんどん白くなっていった。

「今すぐ決める必要はない」

 そう言ったレンは、必死に思考を巡らせた。

「何か別の解除方法があるかもしれない。あるいは回路を物理的に遮断して……」

 だが、アリアはゆっくりと首を振った。

「ううん。大丈夫よ、レン」

 彼女は震える手を胸の前で組み、真っ直ぐに光を見据えた。その碧い瞳には、確かに恐怖があった。だが、それ以上に強い意志がある。

「ここまで連れてきてくれたのは、父様の日誌。それに、レン。あなたの計算は一度だって間違ったことはないわ」

 アリアは微笑みを浮かべると、大きくひとつだけ頷いた。まるで自分に言い聞かせるように。

「私、父様と……あなたを信じる」

「待て、アリア! ダメだ! まだ行くな!」

 レンが叫び、手を伸ばす。だが、アリアは止まらなかった。彼女は吸い込まれるように、ゆっくりと、その白光の前へと進み出ていく。

 熱波がアリアの前髪を煽る。肌が熱い。だが、彼女は逃げずに顔を上げ、その光を正面から見つめた。

 彼女が足を踏み入れたその瞬間、光の性質が劇的に変化した。

 レンははっきりと見た。アリアの瞳、その碧色の虹彩に白色光が飛び込んでいく様を。
 
 本来なら網膜を焼くはずの光が、彼女の瞳を透過した途端、波長が選別され、強度が落ちていく。白色光は、彼女の瞳の色と同じ青成分だけを残して変化していった。

「っ!……研磨したプリズムと同じ原理か」

 レンは息を呑み、目の前で起きていることを食い入るように見つめた。
 
 瞳が色ガラスのように作用している。白い光に含まれる無数の色の中から、彼女の瞳の色と同じ青だけを透過させ、熱を持つ他の光は遮っている。

 アリアの父は、この装置を設計する時、成長しても変わらない娘の瞳を鍵にしたのだ。

 直後、空間全体に澄んだ共鳴音が響き渡った。猛り狂っていた光の柱は、アリアの瞳を通した色、青色へと収束していく。熱波が引いた。アリアは目を開けたまま、青い光の中に立っていた。

 やがて、重く低い駆動音が床を震わせ、天球儀の表面装甲がゆっくりとスライドを始めた。アリアの目の前に、一冊の本がぴったりと収まるサイズの四角い窪みがせり上がってくる。

「……通った」

 アリアがレンの方を振り向く。青い光に照らされた顔は、ほんの少し震えていたが、そこには確かな笑みがあった。

 レンの緊張で強張っていた肩の力が抜けていった。額に汗が滲んでいる。無意識のうちに息を止めていたらしい。

 彼は安堵の溜め息を大きく吐き出し、頷いた。
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