【本編完結】星を継ぐ踊り子とスチールグレイの修復士~日誌に綴られた謎と、仄かな恋の旅

苺迷音

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 アリアは震える手で日誌を取り出すと、その窪みにそっと収めた。

 本の背表紙が窪みの縁に触れると、硬質な音が響いた。見えない機構が作動し、本が所定の位置にぴたりと固定される。
 
 それを合図に、天球儀が再び変形を始めた。
 
 装飾だと思われていた真鍮のリングが複雑にスライドし、球体の一部が幾重にも開いていく。内部からせり上がってきたのは、精緻な目盛りが刻まれた円盤状の操作盤だった。

 盤面には幾重もの同心円、惑星の軌道を示す溝が刻まれている。その上を太陽や月、惑星を模した小さな水晶の駒が滑るように配置されていた。

「……入力装置か」

 レンが盤面を覗き込み、即座に判断を下した。
 だが、その目盛りや配置の規則性は、通常の天文学や航海術のものとは異なっていた。周期が複雑すぎる。何か別の基準で作られている。

「……これは、ホロスコープだわ」

 アリアが盤面を見て、目を見張った。

「ホロスコープ?」

「ええ。星読みをするときに使う、出生図のこと。特定の日時、特定の瞬間の星の配置を示す図よ」

 アリアは顔を上げ、レンを真っ直ぐに見つめた。

「レン……。私ね、あなたに言っていなかったことがあって。砂漠の夜、あの日誌の最後のページの天文暦をみたでしょう?……その時、気づいたの」

 彼女の声は微かに震えていた。

「あの無数の穴……あれは、私が生まれた日の星図」

 レンは目を見開いた。あの夜、アリアは震えながら何かを呟いてはいたが、具体的な日付や意味については何も言っていなかった。ただ淡々と、計算に必要な数値だけをレンに伝えてくれていた。

「……そうか」

 レンは静かに納得し、操作盤へと視線を戻す。
 
 全ての辻褄が合う。最初の鍵が、娘の瞳による生体認証。そしてふたつ目の鍵が、娘が生まれた瞬間の星の配置。この装置は、徹底してアリアという存在を求め、そしてここへ来ることを信じ存在していた。

「ならば、ここで描くべきは君の誕生日のホロスコープということになるな」

 レンは一歩下がり、場所を空けた。

「俺には手が出せない領域だ。……頼む」

 アリアは頷き、操作盤の前に立った。
 
 彼女の頭の中には、あの砂漠の夜に天文暦で確認した、自身の出生時のデータが鮮明に焼き付いている。母が生前、古の先人たちの知恵の賜物、未来へ残してくれた素晴らしい贈り物だと言いながら、アリアに教えてくれた知識。
 
 惑星の位置。どこの角度でどこの部屋なのか、ひとつひとつ置いてゆく。母が産み落とし、父が喜んでくれただろうあの日の空を、アリアは正確に記憶していた。
 
 アリアは震える手を伸ばし、盤上の駒に触れた。

 指先が触れると、駒がほのかに温かくなり、吸い付くように滑らかに動き出す。

「太陽は、天頂に」

 彼女は太陽の駒を動かし、軌道上の目盛りに合わせる。微かなクリック音と共に、駒が固定された。

「月は、ここ」

 続いて月の駒を。そして水星、金星、火星。アリアは一つ一つ、自分という命がこの世に落ちた瞬間の宇宙を、この盤上に再現していく。微かに震える指先で、駒を置くたびに小さな金属音が響いた。

「そして、最後の土星は……ここ」

 アリアが最後の駒を定位置に滑らせた。

 直後、鼓膜を圧迫するほどの低い唸りが、地下深淵から湧き上がった。
 
 盤上の全ての駒が輝きだし、光の線で結ばれた光の図形が、盤面に吸い込まれるように沈んでいく。

 足元の石畳が微かに震えだした。振動は直後に一段強まり、立っているのがやっとになる。天球儀を支える基部を中心として、床の石板が重苦しい音を立てながら左右へと割れ始めた。
 
 分厚い岩盤がスライドし、その下から、漆黒の闇へと続く螺旋階段が姿を現した。

「……階段? があるわ」

 アリアが息を漏らしながら覗いたその先。暗闇の地下から吹き上がってくる風には、黴の匂いも埃の匂いもなく、仄かな水の匂いがした。

「行こう」

 レンが差し出した手をアリアはしっかり握り取り、二人は暗い地下への階段を、ゆっくりと降りていった。
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