【本編完結】星を継ぐ踊り子とスチールグレイの修復士~日誌に綴られた謎と、仄かな恋の旅

苺迷音

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 銃口が、四方から二人を狙っていた。

 緊張感が極限まで達した空気の中、レンはアリアを腕の中に包み、わずかに重心を落としたまま勝機を探る。だが、相手は武装した正規の訓練を受けた兵士たちだ。しかも数は十人以上。この状況では非力な修復士と、踊り子が正面から突破できる状況ではない。

 隻眼の男……将軍と呼ばれているその男は、レンたちの抵抗など眼中にないという風情で、悠然と中央の装置へと歩み寄った。

「美しい……」

 男は感嘆のため息を漏らし、仮組みされた配管の表面を、革手袋をはめた指で愛おしそうになぞった。

「これだ。俺が二十年以上、追い求め続けた星の遺産……。シリウス殿下がその生涯をかけて隠匿した、王国の至宝」

 男の独白に、背後のアリアがびくりと肩を震わせた。男はゆっくりと振り返り、歪んだ笑みをレンと、その腕の中で上着に包まれて隠れるアリアに向けた。

「なあ、王女様。お前の父・シリウス殿下は、本当に高潔で、頑固な王族だったよ」

「……っ」

「ちょうど二十五年前だ。我々軍部が決起したあの日……クーデターの夜。王家は『技術と自然の共存』などという寝言を唱え、我々の軍備増強計画を拒み続けていた。兵器を作るためだけの技術は国を滅ぼす、とな」

 男は自身の胸元を、サーベルで突くような仕草をした。

「だが、世界を掌握するのは力だ。圧倒的な軍事力と、それを支える高度な技術こそが正義だ。だから我々は、弱腰な王家と、それに追従する高位貴族どもを家門もろとも粛清した。より強大な国を作るためにな」

 アリアが、音にならない悲鳴を上げる。王族・高位貴族たちが一族ごと根絶やしにされる凄惨さ。そして、軍部の魔の手からこの技術を守るために、父と母は共に逃げ延び、ここにある技術そのものが悪用されないようにしたのだろう。

「奴はこのシステムの核心部分となる設計図と起動装置を持ち出し、逃亡を続けた。我々は血眼になって探したさ。この力が手に入らなければ、革命は完遂しないからな」

 男の碧い瞳が、憎悪と愉悦でギラリと光る。

「数年かかって追い詰め、俺の剣は確かに殿下の胸を撃ち貫いた。致命傷だったはずだ。口から血を吹き、立っているのも不思議な状態だった」

 男は忌々しそうに、だがどこか楽しげに語る。

「だが、あの方は死ななかった。いや、その場では死ななかったと言うべきか。俺がとどめを刺そうとした一瞬の隙に、奴は煙のように消え失せた。手負いの獣のような執念で、包囲網を突破しやがったんだ」

 男は一歩、レンたちに近づいた。

「俺は考えたね。胸を貫かれ、死に体の男が、最後の力を振り絞ってどこへ向かうか。答えは一つだ。安息の地、愛する女の元だ。殿下と同じく逃亡し、その高貴なる身をジプシーと偽り隠していた女。……お前の母親のところに行くだろうと、な」

 アリアの身体が大きく震えた。きっと父は、死ぬ間際まで、母と自分に会おうとしていたのだろう。その想いが、逆にこの悪魔を母の元へと引き寄せてしまったのだ。

 そう思うと、胸が締め付けられて、息が苦しくなってくる。父と母の想いや人生を踏みにじった憎い男。のうのうと生きている悪魔。憎しみが競りあがってくるのに、身体が硬直して動かない。

 アリアの胸の中で、激しい慟哭が渦巻いてゆく。

 そんなこともお構いなしに隻眼は、話し続ける。

「あの女を見つけ出し、殺すのは骨が折れた。……だが、そこにもブツはなかった。女もまた、口を割らずに死んだよ。俺は十年間、亡霊を追いかける気分だった」

 愉快そうに笑った男は、両手を広げた。

「だが、運命は巡る。……まさか、生き残りがいたとはなぁ」

 男はアリアの方を、レンの腕の中で上着に包まれているにも関わらず、値踏みするように見下ろした。

「その瞳……その顔。娘、お前を見た時は、正直震えたよ。間違いなく、シリウスとジプシー・クイーンの娘だってな」

 レンがアリアを覆う上着の上から、抱き寄せる腕にグッと力を込めた。だが、男は気にした様子もなく続けた。

「天は、俺を見捨てていなかった。礼を言うぞ、そこの修復士」

 不意に話を振られ、レンは睨みながら眉をひそめた。

「……何のことだ」

「お前が北港の闇ルートで発注した、あのレンズだよ。あんな王家由来の特殊な代物を、今の時代に必要とする奴なんざいない」

 男はニヤリと笑った。

「俺は賭けた。この時期に、あんなものを欲しがる物好きがいるとしたら……それは行方不明の遺産を見つけたか、それを知っているか、探ろうとしている人間に違いない、とな。一縷の望みだったが、泳がせて正解だった」

 男の視線が、アリアの日誌へと注がれた。

「まさか、その薄汚い本が地図だったとはな。……だが結果はこの通りだ! 俺の手を汚すことなく、お前たちは関門を開き、道を示し、あまつさえ壊れかけていた装置を直し、ここまで案内してくれた!」

 レンは奥歯を噛み締めた。自分の完璧主義が、職人としてのこだわりが、アリアを追い詰め、最悪の敵を招き入れてしまった。その悔恨が、胸の中でどす黒く渦巻く。

「……それで、どうする気だ」

 レンは低く問うた。

「この装置を手に入れて、何を望む。金か? 名誉か?」

「ハッ! 金? 名誉? そんな陳腐なものはいらん。必要なのは力だ。揺るぎない神の力」

 男は即答した。

「このアストロラビウムの技術は、失われた古代文明の結晶だ。無限の動力を生み出し、天候さえも操ると言われている。シリウス殿下は天才だったよ。その力を実用可能なものに変える頭脳を持っていた」

 レンは冷めた目で男を見た。

 やはり、何も分かっていない。この男は、目の前にあるのが水を浄化する『循環機構』だということに気づいていない。設計図の空白の意味も、アリアの父が込めた祈りも、何も理解していない。ただ、巨大で複雑な機械を見て、それを強大な兵器だと勝手に信じ込んでいるだけだ。

「……残念だが、期待外れだぞ」

 レンは静かに告げた。

「これは兵器じゃない。循環器だ……平和を保つためのな。お前が望むような力は、ここにはない」

「黙れ!」

 男が激昂し、腰の拳銃を抜いてレンに向けた。

「貴様ごときに何が分かる! 理解できないなら黙っていろ。……おい、始めろ!」

 男の号令と共に、部下たちが装置に取り付いた。彼らは乱暴にカバーを外し、圧力弁やレバーに手をかける。設計図も読まず、構造も理解せず、ただ力任せに動かそうとしている。

「やめろ! 触るな!」

 レンが叫び、前に出ようとしだが、撃ち放たれた銃声が耳をつんざき、レンの足元の床が砕け散った。

「動くなと言ったはずだ」

 男が銃口から硝煙を上げながら、冷酷に言い放つ。

「次はお前の眉間だ。……さあ、動かせ! この眠れる巨人を叩き起こせ!」

 兵士の一人が、メインの始動レバーを両手で掴み、力任せに引き下ろした。

 途端、鈍い不快な金属音が地下空間に響き渡る。それは、起動の音ではなかった。眠っていた機能が、無理やりこじ開けられ、悲鳴を上げた音だった。

 アリアが、上着の下で耳を塞ぐ。混沌が流れ込む音。彼女の父が残した空欄を、土足で踏み荒らす者たちへ、大いなる拒絶が始まろうとしていた。
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