25 / 30
25
しおりを挟む
悲鳴が、物理的な衝撃となって空間を叩いた。
キィーーン!
鼓膜を突き破るような高周波の金属音と、腹の底を揺さぶる地鳴りのごとき重低音が混ざり合い、地下空間全体が生き物のようにのた打ち回る。
無理やり接続された回路がショートし、あちこちから青白い火花が散った。加圧されたパイプの継ぎ目からは、白煙のような蒸気が凄まじい勢いで噴き出している。
「う、わぁぁっ!?」
装置に取り付いていた兵士たちが、弾け飛んだボルトや熱湯の飛沫に襲われ、悲鳴を上げて飛び退いた。
「怯むな! 押さえろ! 出力を上げろ!」
将軍は轟音に負けない大声で怒鳴り散らす。その顔には、恐怖ではなく、狂気じみた歓喜が張り付いている。
彼は目の前で荒れ狂う暴走を、手に入れた強大な力の顕現だと信じ込んでいるのだ。
「素晴らしい……! 見ろ、この振動を! この唸りを! 大地さえも震わせる力だ!」
「違う! それは力じゃない! 悲鳴だ!」
レンが叫ぶ。アリアを庇いながら、彼は絶望的な目で暴走する装置を睨みつけた。
「循環バランスが崩壊している! 入力された動力が、行き場を失って内部で暴れているんだ! このままじゃ、圧力に耐えきれずに炉心が爆発するぞ!」
レンには見えていた。設計図にあった空白が。
そこは、ただ部品が足りないのではない。強大な水流を整流し、循環させるための調和の要が欠けているのだ。
心臓に弁がないまま血液を送り込むようなものだ。送り込まれた力は逆流し、血管を食い破り、やがて心臓そのものを破裂させる。
「黙れ修復士! 貴様にはこの偉大なる胎動が理解できんのか!」
将軍は聞く耳を持たない。だが、現実は彼の妄想を許さなかった。
硬質な破断音が響き、装置の基部、太導管の接合輪が圧力に耐えかねて吹き飛んだ。そこから鉄砲水のような勢いで高圧の水流が噴出する。
「ぐわぁっ!!」
近くにいた兵士が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。噴き出した水は瞬く間に床を浸し、足元のガラス床にも、微かな、しかし致命的な亀裂が走り始めた。
細かな破砕音が響く。眼下の貯水槽、地下深くの海へと続くガラスの防壁が、水圧の乱れによって悲鳴を上げている。これが割れれば、この空間ごと全員が地下水脈の藻屑となる。
「……くそっ、もう時間がない!」
レンはアリアの肩を強く掴んだ。
「アリア、あそこの柱の陰に隠れてろ! 絶対に動くな!」
「レン!? どうする気!?」
「あいつを黙らせる。……機械の方をな!」
レンは上着をアリアに押し付けると、噴き出す蒸気と水の嵐の中へ飛び出した。
「レン!」
アリアの悲鳴にも似た叫びが響き渡る。レンはそれでも真っ直ぐに機関へ突き走る。
「おい! 貴様、何をする気だ!」
将軍が気づき、銃を向けた。だが、激しい振動と噴き上げる蒸気が視界を遮る。
乾いた銃声が響いたが、弾丸はレンの足元の石畳を削っただけ。レンは低い姿勢で走り、懐からひとつの部品を取り出した。
地下への入り口にあった木箱。そこに入っていた、奇妙なねじれを持つ真鍮の羽根車。
アリアの父が設計図に空白として残し、完成品を別送した最後のピース。レンは暴れる装置の側面、カバーが吹き飛んで露出した回転軸へと肉薄した。
凄まじい熱気と回転風圧がレンの顔を打つ。高速で回転する軸はブレており、不用意に触れれば指ごと持っていかれる。
「……合わせろ。呼吸を、脈動を……」
レンは修復士の目になる。周囲の轟音を遮断し、機械が発する不協和音の中に、わずかなリズムの隙間を探す。壊すのではない。ねじ伏せるのでもない。聞いて、寄り添って、治す。元あるべきカタチに。
「……そこだ!」
レンは一瞬の隙を突き、回転する軸の空洞へ羽根車を滑り込ませた。
激しい金属音がして、火花が散る。レンの手袋が焼け焦げ、掌に焼けるような痛みが走る。だが、彼は手を離さなかった。ねじ込み、固定し、ロックを掛ける。
カチリ。その小さな嵌合音は、轟音の中でも確かにレンの耳に届いた。瞬間、暴れ狂っていた振動が、嘘のように収束を始めた。
不規則な回転をしていた軸が、羽根車の整流効果によって滑らかな円運動へと変わる。行き場を失って暴れていた水流が、螺旋を描いて正規の道筋へと導かれていく。
悲鳴のような金属音は消え、代わりに、風が抜けるような澄んだ駆動音が響き始めた。
「……な、何をした……?」
将軍が呆然と立ち尽くす。
噴き出していた蒸気が止まり、不快な振動が消えた。
装置全体が柔らかな青い光を帯び始め、その光が床のガラスを通して地下の水脈へと広がっていく。重く力強い響きが、空間を満たした。
アストロラビウムの循環システムが、数十年もの間眠りについていた装置が、アリアの父の遺志と、それを継いだ修復士の手によって、ついに動き出した。
「……直った」
レンは水濡れの顔で、焼けた手袋を脱ぎ捨てながら息を吐いた。
「……おのれ、クソガキがぁっ!!」
静寂を引き裂くように、将軍の絶叫が響いた。
彼は怒りで顔を歪め、再び銃口をレンに向けた。
「俺の兵器を! 俺の力を! よくも骨抜きにしやがったな!!」
もはや理屈ではない。自分の思い通りにならなかったことへの癇癪。
殺意の籠もった指が、引き金にかかる。レンは避ける場所もない。
だが、その時。
「やめて!!」
凛とした声と共に、一人の影がレンの前へと飛び出した。
薄紫のドレスを煤と埃で汚し、けれどその碧い瞳だけを星のように輝かせたアリアが、両手を広げて立ちはだかっていた。
キィーーン!
鼓膜を突き破るような高周波の金属音と、腹の底を揺さぶる地鳴りのごとき重低音が混ざり合い、地下空間全体が生き物のようにのた打ち回る。
無理やり接続された回路がショートし、あちこちから青白い火花が散った。加圧されたパイプの継ぎ目からは、白煙のような蒸気が凄まじい勢いで噴き出している。
「う、わぁぁっ!?」
装置に取り付いていた兵士たちが、弾け飛んだボルトや熱湯の飛沫に襲われ、悲鳴を上げて飛び退いた。
「怯むな! 押さえろ! 出力を上げろ!」
将軍は轟音に負けない大声で怒鳴り散らす。その顔には、恐怖ではなく、狂気じみた歓喜が張り付いている。
彼は目の前で荒れ狂う暴走を、手に入れた強大な力の顕現だと信じ込んでいるのだ。
「素晴らしい……! 見ろ、この振動を! この唸りを! 大地さえも震わせる力だ!」
「違う! それは力じゃない! 悲鳴だ!」
レンが叫ぶ。アリアを庇いながら、彼は絶望的な目で暴走する装置を睨みつけた。
「循環バランスが崩壊している! 入力された動力が、行き場を失って内部で暴れているんだ! このままじゃ、圧力に耐えきれずに炉心が爆発するぞ!」
レンには見えていた。設計図にあった空白が。
そこは、ただ部品が足りないのではない。強大な水流を整流し、循環させるための調和の要が欠けているのだ。
心臓に弁がないまま血液を送り込むようなものだ。送り込まれた力は逆流し、血管を食い破り、やがて心臓そのものを破裂させる。
「黙れ修復士! 貴様にはこの偉大なる胎動が理解できんのか!」
将軍は聞く耳を持たない。だが、現実は彼の妄想を許さなかった。
硬質な破断音が響き、装置の基部、太導管の接合輪が圧力に耐えかねて吹き飛んだ。そこから鉄砲水のような勢いで高圧の水流が噴出する。
「ぐわぁっ!!」
近くにいた兵士が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。噴き出した水は瞬く間に床を浸し、足元のガラス床にも、微かな、しかし致命的な亀裂が走り始めた。
細かな破砕音が響く。眼下の貯水槽、地下深くの海へと続くガラスの防壁が、水圧の乱れによって悲鳴を上げている。これが割れれば、この空間ごと全員が地下水脈の藻屑となる。
「……くそっ、もう時間がない!」
レンはアリアの肩を強く掴んだ。
「アリア、あそこの柱の陰に隠れてろ! 絶対に動くな!」
「レン!? どうする気!?」
「あいつを黙らせる。……機械の方をな!」
レンは上着をアリアに押し付けると、噴き出す蒸気と水の嵐の中へ飛び出した。
「レン!」
アリアの悲鳴にも似た叫びが響き渡る。レンはそれでも真っ直ぐに機関へ突き走る。
「おい! 貴様、何をする気だ!」
将軍が気づき、銃を向けた。だが、激しい振動と噴き上げる蒸気が視界を遮る。
乾いた銃声が響いたが、弾丸はレンの足元の石畳を削っただけ。レンは低い姿勢で走り、懐からひとつの部品を取り出した。
地下への入り口にあった木箱。そこに入っていた、奇妙なねじれを持つ真鍮の羽根車。
アリアの父が設計図に空白として残し、完成品を別送した最後のピース。レンは暴れる装置の側面、カバーが吹き飛んで露出した回転軸へと肉薄した。
凄まじい熱気と回転風圧がレンの顔を打つ。高速で回転する軸はブレており、不用意に触れれば指ごと持っていかれる。
「……合わせろ。呼吸を、脈動を……」
レンは修復士の目になる。周囲の轟音を遮断し、機械が発する不協和音の中に、わずかなリズムの隙間を探す。壊すのではない。ねじ伏せるのでもない。聞いて、寄り添って、治す。元あるべきカタチに。
「……そこだ!」
レンは一瞬の隙を突き、回転する軸の空洞へ羽根車を滑り込ませた。
激しい金属音がして、火花が散る。レンの手袋が焼け焦げ、掌に焼けるような痛みが走る。だが、彼は手を離さなかった。ねじ込み、固定し、ロックを掛ける。
カチリ。その小さな嵌合音は、轟音の中でも確かにレンの耳に届いた。瞬間、暴れ狂っていた振動が、嘘のように収束を始めた。
不規則な回転をしていた軸が、羽根車の整流効果によって滑らかな円運動へと変わる。行き場を失って暴れていた水流が、螺旋を描いて正規の道筋へと導かれていく。
悲鳴のような金属音は消え、代わりに、風が抜けるような澄んだ駆動音が響き始めた。
「……な、何をした……?」
将軍が呆然と立ち尽くす。
噴き出していた蒸気が止まり、不快な振動が消えた。
装置全体が柔らかな青い光を帯び始め、その光が床のガラスを通して地下の水脈へと広がっていく。重く力強い響きが、空間を満たした。
アストロラビウムの循環システムが、数十年もの間眠りについていた装置が、アリアの父の遺志と、それを継いだ修復士の手によって、ついに動き出した。
「……直った」
レンは水濡れの顔で、焼けた手袋を脱ぎ捨てながら息を吐いた。
「……おのれ、クソガキがぁっ!!」
静寂を引き裂くように、将軍の絶叫が響いた。
彼は怒りで顔を歪め、再び銃口をレンに向けた。
「俺の兵器を! 俺の力を! よくも骨抜きにしやがったな!!」
もはや理屈ではない。自分の思い通りにならなかったことへの癇癪。
殺意の籠もった指が、引き金にかかる。レンは避ける場所もない。
だが、その時。
「やめて!!」
凛とした声と共に、一人の影がレンの前へと飛び出した。
薄紫のドレスを煤と埃で汚し、けれどその碧い瞳だけを星のように輝かせたアリアが、両手を広げて立ちはだかっていた。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
側妃の愛
まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。
王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。
力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。
Copyright©︎2025-まるねこ
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる