【本編完結】星を継ぐ踊り子とスチールグレイの修復士~日誌に綴られた謎と、仄かな恋の旅

苺迷音

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 悲鳴が、物理的な衝撃となって空間を叩いた。

 キィーーン!

 鼓膜を突き破るような高周波の金属音と、腹の底を揺さぶる地鳴りのごとき重低音が混ざり合い、地下空間全体が生き物のようにのた打ち回る。
 
 無理やり接続された回路がショートし、あちこちから青白い火花が散った。加圧されたパイプの継ぎ目からは、白煙のような蒸気が凄まじい勢いで噴き出している。

「う、わぁぁっ!?」

 装置に取り付いていた兵士たちが、弾け飛んだボルトや熱湯の飛沫に襲われ、悲鳴を上げて飛び退いた。

「怯むな! 押さえろ! 出力を上げろ!」

 将軍は轟音に負けない大声で怒鳴り散らす。その顔には、恐怖ではなく、狂気じみた歓喜が張り付いている。
 
 彼は目の前で荒れ狂う暴走を、手に入れた強大な力の顕現だと信じ込んでいるのだ。

「素晴らしい……! 見ろ、この振動を! この唸りを! 大地さえも震わせる力だ!」

「違う! それは力じゃない! 悲鳴だ!」

 レンが叫ぶ。アリアを庇いながら、彼は絶望的な目で暴走する装置を睨みつけた。

「循環バランスが崩壊している! 入力された動力が、行き場を失って内部で暴れているんだ! このままじゃ、圧力に耐えきれずに炉心が爆発するぞ!」

 レンには見えていた。設計図にあった空白が。
 
 そこは、ただ部品が足りないのではない。強大な水流を整流し、循環させるための調和の要が欠けているのだ。
 
 心臓に弁がないまま血液を送り込むようなものだ。送り込まれた力は逆流し、血管を食い破り、やがて心臓そのものを破裂させる。

「黙れ修復士! 貴様にはこの偉大なる胎動が理解できんのか!」

 将軍は聞く耳を持たない。だが、現実は彼の妄想を許さなかった。

 硬質な破断音が響き、装置の基部、太導管の接合輪が圧力に耐えかねて吹き飛んだ。そこから鉄砲水のような勢いで高圧の水流が噴出する。

「ぐわぁっ!!」

 近くにいた兵士が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。噴き出した水は瞬く間に床を浸し、足元のガラス床にも、微かな、しかし致命的な亀裂が走り始めた。

 細かな破砕音が響く。眼下の貯水槽、地下深くの海へと続くガラスの防壁が、水圧の乱れによって悲鳴を上げている。これが割れれば、この空間ごと全員が地下水脈の藻屑となる。

「……くそっ、もう時間がない!」

 レンはアリアの肩を強く掴んだ。

「アリア、あそこの柱の陰に隠れてろ! 絶対に動くな!」

「レン!? どうする気!?」

「あいつを黙らせる。……機械の方をな!」

 レンは上着をアリアに押し付けると、噴き出す蒸気と水の嵐の中へ飛び出した。

「レン!」

 アリアの悲鳴にも似た叫びが響き渡る。レンはそれでも真っ直ぐに機関へ突き走る。

「おい! 貴様、何をする気だ!」

 将軍が気づき、銃を向けた。だが、激しい振動と噴き上げる蒸気が視界を遮る。

 乾いた銃声が響いたが、弾丸はレンの足元の石畳を削っただけ。レンは低い姿勢で走り、懐からひとつの部品を取り出した。

 地下への入り口にあった木箱。そこに入っていた、奇妙なねじれを持つ真鍮の羽根車。

 アリアの父が設計図に空白として残し、完成品を別送した最後のピース。レンは暴れる装置の側面、カバーが吹き飛んで露出した回転軸へと肉薄した。

 凄まじい熱気と回転風圧がレンの顔を打つ。高速で回転する軸はブレており、不用意に触れれば指ごと持っていかれる。

「……合わせろ。呼吸を、脈動を……」

 レンは修復士の目になる。周囲の轟音を遮断し、機械が発する不協和音の中に、わずかなリズムの隙間を探す。壊すのではない。ねじ伏せるのでもない。聞いて、寄り添って、治す。元あるべきカタチに。

「……そこだ!」

 レンは一瞬の隙を突き、回転する軸の空洞へ羽根車を滑り込ませた。
 
 激しい金属音がして、火花が散る。レンの手袋が焼け焦げ、掌に焼けるような痛みが走る。だが、彼は手を離さなかった。ねじ込み、固定し、ロックを掛ける。

 カチリ。その小さな嵌合音は、轟音の中でも確かにレンの耳に届いた。瞬間、暴れ狂っていた振動が、嘘のように収束を始めた。

 不規則な回転をしていた軸が、羽根車の整流効果によって滑らかな円運動へと変わる。行き場を失って暴れていた水流が、螺旋を描いて正規の道筋へと導かれていく。

 悲鳴のような金属音は消え、代わりに、風が抜けるような澄んだ駆動音が響き始めた。

「……な、何をした……?」

 将軍が呆然と立ち尽くす。
 
 噴き出していた蒸気が止まり、不快な振動が消えた。
 
 装置全体が柔らかな青い光を帯び始め、その光が床のガラスを通して地下の水脈へと広がっていく。重く力強い響きが、空間を満たした。

 アストロラビウムの循環システムが、数十年もの間眠りについていた装置が、アリアの父の遺志と、それを継いだ修復士の手によって、ついに動き出した。

「……直った」

 レンは水濡れの顔で、焼けた手袋を脱ぎ捨てながら息を吐いた。

「……おのれ、クソガキがぁっ!!」

 静寂を引き裂くように、将軍の絶叫が響いた。
 
 彼は怒りで顔を歪め、再び銃口をレンに向けた。

「俺の兵器を! 俺の力を! よくも骨抜きにしやがったな!!」

 もはや理屈ではない。自分の思い通りにならなかったことへの癇癪。
 
 殺意の籠もった指が、引き金にかかる。レンは避ける場所もない。

 だが、その時。

「やめて!!」

 凛とした声と共に、一人の影がレンの前へと飛び出した。

 薄紫のドレスを煤と埃で汚し、けれどその碧い瞳だけを星のように輝かせたアリアが、両手を広げて立ちはだかっていた。
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