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〈3 葛藤と決意の間〉
ep30 きみはわたしの友達だから①
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今日は勉強会の予定だったけど、篠原くんに会いたくなくて休ませてもらった。今まで好きでもない勉強を無理して頑張ってきた反動か、なにもやる気なんか起きなくて起き抜けからゲームをして過ごした。
学校帰りに、ちなちゃんが遊びに来てくれた。ちなちゃんを部屋に案内すると、ちなちゃんは物珍し気にきょろきょろと部屋の中を見回した。
「なるちゃんの部屋、随分印象変わったね?!」
「ちなちゃんが部屋の中にきたの、小学生以来だもんね」
そういえば、オタク部屋と化したわたしの部屋にちなちゃんを入れるのは初めてだった。
わたしは苦笑いしつつ、二人分の飲み物をミニテーブルの上に出した。
「ねぇなるちゃん、今日は篠原くん来ないの?」
「……えっと……今日は来ない……」
ちなちゃんにとっては、何の悪気なく聞いただけだったと思うけど、動揺したわたしは一瞬、なんて答えたらいいのかわからなくて言葉がつっかえてしまった。
「そうなんだぁ。この前のお菓子作りすごく楽しかったから、またやろうねって言いたかったのに」
「そ、そうだね。またみんなでやりたいね」
無邪気に笑うちなちゃんを見ていたら、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。篠原くんと喧嘩したことを言うべきか迷ったけど、またみんなで遊ぶのを楽しみにしているちなちゃんに黙っておくのも申し訳なくて、わたしは正直に話した。
「そんなことがあったんだぁ」
ちなちゃんは、くりくりした目に悲しさをにじませた。
「なるちゃんは悪くないよ。だって、勝手に話進められちゃったら、誰だって嫌だもん!」
「そ、そうかな……?」
「うん、そうだよ! 篠原くんって、ちょっと意地悪だよね!」
怒ったようにぷっくり頬を膨らませて言うちなちゃんに、わたしは苦く笑いながら頷いた。
「稚奈も篠原くんにレポート手伝ってもらった時酷かったもん! 『あと10分でこれができないと帰る』とか言ってすぐ急かしてくるし、出来たレポート見せた時も『AIに書いてもらった方がこれより上手く書けるけど、そんなことしたら本田さんが書いたんじゃないってすぐにバレるから、これでいいんじゃない?』とか、言うんだよ!? 本当に意地悪!!」
ちなちゃんは怒ったようにテーブルをぱんぱん叩いた。よっぽど、篠原くんに言われたことが悔しかったらしい。
「そんなことがあったんだ。ちなちゃん、本当によく頑張ったね……」
篠原くん、ナチュラルにそういうところあるんだよな。最初は歩み寄ってくれてると思ってたのに、気づいたら篠原くんのペースで歩かされてた、みたいなこと。
篠原くん、自分がなんでも簡単に出来ちゃうからって、誰でも同じように出来ると思ってるところ、直した方がいいと思うよ。あと、にこにこ笑って毒吐くのも良くないと思う。こっちはちゃんと傷ついてるから。
ちなちゃんと篠原くんの話をしていたら、ちょっとだけすっきりしてきた。ちなちゃんに話せて良かったな。いじめられていた時は、誰にも相談できなくて辛かったから。
「じゃあ、なるちゃん、篠原くんともう会わないの?」
ちなちゃんに心配そうに聞かれて、わたしは困った顔で笑った。
「うーん。今は、あまり会いたくないかな……」
あれから、篠原くんから来るLINEは無視しちゃってるし、今顔を会わせても気まずいだけだ。
翌日、わたしは珍しく、ひとりで外出していた。10分程度のスーパーでお菓子を買うつもりだった。もぐもぐ果汁グミとチョコレートは、部屋に常備しておきたい。せっかくだからポテチのサワークリーム味も買っちゃお。
目的の商品を買ってスーパーから出ると、意外な人物と目が合った。
「成海ちゃん、久しぶりだね!」
篠原くんの叔父さんがキラキラした笑顔でこちらに近づいてくる。篠原くんのことを避けている分、今、おじさんに会うのは気まずい。
「こ、こんにちはー……」
「こんにちは、成海ちゃん。お買い物?」
「はい」
おじさんが目を細めて柔らかく笑う。篠原くんとはまた雰囲気の違った、暖かくて素敵な笑顔だ。
「僕も今日はオフなんだ。たまには外に出ないと健康に悪いからね」
篠原くんの叔父さんは日本で数少ない独立時計師として機械式腕時計を作っている。普段自宅で作業していることが多いから、たまの休みはこうしてぶらぶら街を散歩するらしい。
「成海ちゃん、せっかくだから今日うちで夕飯を食べにおいでよ。いつも咲乃がお邪魔しっぱなしじゃ申し訳ないから、時々は来てくれなきゃ」
「えっ、でも、こっちのほうがお世話になってるので、これ以上甘えると申し訳ないですよ!」
篠原くんに勉強を教わっているのはわたしの方なのに、これ以上お礼を貰っちゃったら返すものが無くなってしまう。
「いいの、いいの。これもお礼の一環として受け取ってほしいんだ。咲乃だって、きっと喜ぶからさ」
ほんわか何の曇りもない穏やかなおじさんの顔を見て、わたしは思わずあはは……と空笑いが出た。篠原くんと喧嘩してるから行きたくない、なんて言えない。
成り行きで篠原くんのおじさんと自宅までの帰り道を一緒に歩くことになった。
おじさんはとてもいい人で、話下手のわたしに沢山話しかけてくれるから、すごく助かる。口調が穏やかで、微笑みを絶やさないところは篠原くんに似てるけど、おじさんは人懐っこくて、子供のわたしでも気負いさせない雰囲気があった。すごく暖かい人なんだな、と思う。穏やかに笑うけど、どこか冷たい雰囲気のある篠原くんとは真逆だ。
「そう言えば成海ちゃん。最近、咲乃の元気が無いようなんだけど、何か知らないかな?」
「えっ!」
心臓が飛び上がった。返答に困って目を泳がせていると、おじさんは考えるように空を見上げた。
「表情からは落ち込んでるようには見えないんだけど。でも、なんとなくそうなんじゃないかと思ってね」
「そうなんですかぁ……? いやぁ、何があったんでしょうかねー……」
篠原くんと別室登校のことで喧嘩したなんて、絶対に言えないよ!
「水族館へ行く時はあんなに楽しそうだったのに、帰ってから元気が無いみたいでね。成海ちゃんが何か知ってるかもと思ったんだけど……」
「本当に知らない?」と長身をかがめて、にっこりとわたしの顔を覗き込んでくるおじさんは、明らかにわたしが関係していると確信している。
さすが篠原くんの叔父さんだ。とぼけたふりしてしっかり退路を塞いでいく。
「いや……その……実は――」
わたしは観念して、篠原くんの叔父さんに全部話した。
「そっかあ。それは申し訳無かったね」
「いえいえ! おじさんのせいじゃないですよ!」
申し訳なさそうに謝ってくれるおじさんに、わたしは慌てて両手を振った。無関係なおじさんに謝られてしまうと、逆に申し訳なく思ってしまう。
「咲乃は時々、鋭すぎるくらいに合理的なところがあるからなぁ。結果を重視しすぎて、成海ちゃんの気持ちを置いてっちゃったのかもね」
おじさんは眉尻を下げて微笑むと、困ったように人差し指で頬を掻いた。
「スクールカウンセラーの先生を頼ろうとしたことは、正しい事だとは思うけど、やり方が不味かったね」
のほほんと言うおじさんの言葉に、わたしは複雑な気持ちを抱いた。篠原くんが、わたしのために考えてしてくれたことだっていうのは分かってる。でも、それをありがたく受け取れる余裕は、わたしにはない。ありがたさよりも、恐怖の方が勝ってしまうから。
わたしは弱い。篠原くんの厚意に応えられるような器の広さもない。
「やっぱりわたしと居たって、篠原くんの時間を無駄にしているだけなんじゃないかな……」
篠原くんがわたしに、時間や労力を割く必要は、本当にあるのだろうか。少なくても、篠原くんには何のメリットもない。前の学校でいじめられていた子への後悔があったから、不登校のわたしに付き合ってくれているんだっていうのはわかっているけど……。
わたしはおしゃべりが苦手だし、篠原くんとは趣味だって合わない。友達として一緒にいても退屈なはずだ。学校復帰する気もない。何の目標も未来も持っていない不登校と関わったところで、本当に篠原くんのためになるんだろうか。無駄な時間を浪費しているだけじゃないか、などと思ってしまう。
険しい顔で黙り込んだわたしを見て、おじさんは困ったように笑った。
「成海ちゃんは、けして咲乃の無駄ではないと思うよ?」
「……え……?」
「だって、最近の咲乃はよく笑うもの」
学校帰りに、ちなちゃんが遊びに来てくれた。ちなちゃんを部屋に案内すると、ちなちゃんは物珍し気にきょろきょろと部屋の中を見回した。
「なるちゃんの部屋、随分印象変わったね?!」
「ちなちゃんが部屋の中にきたの、小学生以来だもんね」
そういえば、オタク部屋と化したわたしの部屋にちなちゃんを入れるのは初めてだった。
わたしは苦笑いしつつ、二人分の飲み物をミニテーブルの上に出した。
「ねぇなるちゃん、今日は篠原くん来ないの?」
「……えっと……今日は来ない……」
ちなちゃんにとっては、何の悪気なく聞いただけだったと思うけど、動揺したわたしは一瞬、なんて答えたらいいのかわからなくて言葉がつっかえてしまった。
「そうなんだぁ。この前のお菓子作りすごく楽しかったから、またやろうねって言いたかったのに」
「そ、そうだね。またみんなでやりたいね」
無邪気に笑うちなちゃんを見ていたら、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。篠原くんと喧嘩したことを言うべきか迷ったけど、またみんなで遊ぶのを楽しみにしているちなちゃんに黙っておくのも申し訳なくて、わたしは正直に話した。
「そんなことがあったんだぁ」
ちなちゃんは、くりくりした目に悲しさをにじませた。
「なるちゃんは悪くないよ。だって、勝手に話進められちゃったら、誰だって嫌だもん!」
「そ、そうかな……?」
「うん、そうだよ! 篠原くんって、ちょっと意地悪だよね!」
怒ったようにぷっくり頬を膨らませて言うちなちゃんに、わたしは苦く笑いながら頷いた。
「稚奈も篠原くんにレポート手伝ってもらった時酷かったもん! 『あと10分でこれができないと帰る』とか言ってすぐ急かしてくるし、出来たレポート見せた時も『AIに書いてもらった方がこれより上手く書けるけど、そんなことしたら本田さんが書いたんじゃないってすぐにバレるから、これでいいんじゃない?』とか、言うんだよ!? 本当に意地悪!!」
ちなちゃんは怒ったようにテーブルをぱんぱん叩いた。よっぽど、篠原くんに言われたことが悔しかったらしい。
「そんなことがあったんだ。ちなちゃん、本当によく頑張ったね……」
篠原くん、ナチュラルにそういうところあるんだよな。最初は歩み寄ってくれてると思ってたのに、気づいたら篠原くんのペースで歩かされてた、みたいなこと。
篠原くん、自分がなんでも簡単に出来ちゃうからって、誰でも同じように出来ると思ってるところ、直した方がいいと思うよ。あと、にこにこ笑って毒吐くのも良くないと思う。こっちはちゃんと傷ついてるから。
ちなちゃんと篠原くんの話をしていたら、ちょっとだけすっきりしてきた。ちなちゃんに話せて良かったな。いじめられていた時は、誰にも相談できなくて辛かったから。
「じゃあ、なるちゃん、篠原くんともう会わないの?」
ちなちゃんに心配そうに聞かれて、わたしは困った顔で笑った。
「うーん。今は、あまり会いたくないかな……」
あれから、篠原くんから来るLINEは無視しちゃってるし、今顔を会わせても気まずいだけだ。
翌日、わたしは珍しく、ひとりで外出していた。10分程度のスーパーでお菓子を買うつもりだった。もぐもぐ果汁グミとチョコレートは、部屋に常備しておきたい。せっかくだからポテチのサワークリーム味も買っちゃお。
目的の商品を買ってスーパーから出ると、意外な人物と目が合った。
「成海ちゃん、久しぶりだね!」
篠原くんの叔父さんがキラキラした笑顔でこちらに近づいてくる。篠原くんのことを避けている分、今、おじさんに会うのは気まずい。
「こ、こんにちはー……」
「こんにちは、成海ちゃん。お買い物?」
「はい」
おじさんが目を細めて柔らかく笑う。篠原くんとはまた雰囲気の違った、暖かくて素敵な笑顔だ。
「僕も今日はオフなんだ。たまには外に出ないと健康に悪いからね」
篠原くんの叔父さんは日本で数少ない独立時計師として機械式腕時計を作っている。普段自宅で作業していることが多いから、たまの休みはこうしてぶらぶら街を散歩するらしい。
「成海ちゃん、せっかくだから今日うちで夕飯を食べにおいでよ。いつも咲乃がお邪魔しっぱなしじゃ申し訳ないから、時々は来てくれなきゃ」
「えっ、でも、こっちのほうがお世話になってるので、これ以上甘えると申し訳ないですよ!」
篠原くんに勉強を教わっているのはわたしの方なのに、これ以上お礼を貰っちゃったら返すものが無くなってしまう。
「いいの、いいの。これもお礼の一環として受け取ってほしいんだ。咲乃だって、きっと喜ぶからさ」
ほんわか何の曇りもない穏やかなおじさんの顔を見て、わたしは思わずあはは……と空笑いが出た。篠原くんと喧嘩してるから行きたくない、なんて言えない。
成り行きで篠原くんのおじさんと自宅までの帰り道を一緒に歩くことになった。
おじさんはとてもいい人で、話下手のわたしに沢山話しかけてくれるから、すごく助かる。口調が穏やかで、微笑みを絶やさないところは篠原くんに似てるけど、おじさんは人懐っこくて、子供のわたしでも気負いさせない雰囲気があった。すごく暖かい人なんだな、と思う。穏やかに笑うけど、どこか冷たい雰囲気のある篠原くんとは真逆だ。
「そう言えば成海ちゃん。最近、咲乃の元気が無いようなんだけど、何か知らないかな?」
「えっ!」
心臓が飛び上がった。返答に困って目を泳がせていると、おじさんは考えるように空を見上げた。
「表情からは落ち込んでるようには見えないんだけど。でも、なんとなくそうなんじゃないかと思ってね」
「そうなんですかぁ……? いやぁ、何があったんでしょうかねー……」
篠原くんと別室登校のことで喧嘩したなんて、絶対に言えないよ!
「水族館へ行く時はあんなに楽しそうだったのに、帰ってから元気が無いみたいでね。成海ちゃんが何か知ってるかもと思ったんだけど……」
「本当に知らない?」と長身をかがめて、にっこりとわたしの顔を覗き込んでくるおじさんは、明らかにわたしが関係していると確信している。
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申し訳なさそうに謝ってくれるおじさんに、わたしは慌てて両手を振った。無関係なおじさんに謝られてしまうと、逆に申し訳なく思ってしまう。
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おじさんは眉尻を下げて微笑むと、困ったように人差し指で頬を掻いた。
「スクールカウンセラーの先生を頼ろうとしたことは、正しい事だとは思うけど、やり方が不味かったね」
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わたしは弱い。篠原くんの厚意に応えられるような器の広さもない。
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わたしはおしゃべりが苦手だし、篠原くんとは趣味だって合わない。友達として一緒にいても退屈なはずだ。学校復帰する気もない。何の目標も未来も持っていない不登校と関わったところで、本当に篠原くんのためになるんだろうか。無駄な時間を浪費しているだけじゃないか、などと思ってしまう。
険しい顔で黙り込んだわたしを見て、おじさんは困ったように笑った。
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