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本編
-53- おいしくなる魔法
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紅茶をこぼしても、馬鹿高そうなカップを落としたとしても、蓮君がいるから元に戻してくれる。
大丈夫だっていうのがわかって、変に肩にも腕にも力が入らずコンサバトリーを目指して歩くことが出来ている。
「旭さんは、どこの養子に入るかとか、いつ籍を入れるのかとか、結婚式についてとかもう決まってるの?」
「養子先は今朝決まったって教えてくれたな。オリバーの伯父さんでクリフォード子爵家だ。エリソン侯爵領の一部でオリバーの実家からも近いらしい。
子爵家の三男って嫁側の優良物件っぽくて。断れない事態が起きないうちに、とにかく早く籍に入れたいつってた。
式はなんも聞いてないしやらねえんじゃないかな。蓮君は?アレックス様は領主だから結婚式は大々的にやんの?」
子爵家の三男ってだけで、家を継ぐわけでもないし。
こんなホテルが良いだとか、白無垢が着たいだとかドレスが着たいとかもねえし。
籍を入れたって暮らしていくのはここだし、何も変わらない。
まあ、もしかしたら家族が増えるかもしれないってことだけだ。
「うん、年内には籍を入れたいって言ってた。
養子先はアレックスのお師匠様が受け入れてくれた。
お式は半年後とかになると思う。旭さん、呼ぶから来てね」
「もちろん」
蓮君ならどんな服だって、たとえドレスだって言われても似合うだろうな。
コンサバトリーに到着すると、おはぎが扉を開けてくれた。
えらいな、おはぎ。
俺は、タイラーみたく、トレイを片手に優雅に扉を開けるなんてぜってー無理だから助かった。
俺らが到着するのを目に入れると、オリバーが立ち上がって笑顔でこちらへ来そうになった。
「だー、待て!オリバー、ステイ!いつものようなことしたらぜってー零す!」
紅茶に意識を向けながら俺が叫ぶと、オリバーがぴたっと止まる。
あ、すげー悲しそうな顔だ。
ステイ、はなかったか、わんこみたいなこと言っちまった。
けど、傍まで来てハグして腰に手なんか回されたら零す、確実に。
「入れるから、おとなしく座っててくれよ」
「…わかりました」
いうことをきいたオリバーには、あとで褒美をやろう。
とりあえず、アレックス様からだな。
「蓮君ありがとうな、手伝ってくれて。座ってくれ」
「はーい」
おはぎが俺の横で見守ってくれてる。
ゆっくり慌てずにつぐと、紅茶のいい香りが広がった。
色も香りも大丈夫そうだ。
次にオリバー、蓮君、最後に俺のだ。
タイラーもちょっとずつ回しつぎなんてなんてしないからそのままついじまったが、色は濃かったり薄かったりせずに変わりなさそうだ。
母さんはちょこっとずつ人数分注いでいたが、そもそもあれが正しい入れ方なのかもわかんねえしな。
タイラーの方が正しいんだろうな、少なくとも、こっちの世界では。
「悪いな、3人とも」
「ありがとうございます。アサヒもこちらに座ってください。っちょ、おはぎは私の隣じゃなくて向こうに座ってください」
おはぎがマグカップを手に俺とオリバーの間に座ろうとして、オリバーがすかさず一人がけのソファを指さす。
おはぎがものすごい顔でオリバーを見ている。
あー、座る場所っつーか、クッキーから一番近い場所に座ろうとしたんだろうな、おはぎは。
あっち座ったら一番クッキーからは遠いもんな。
「いーよ、おはぎ、俺の隣で。こっち座りな。クッキーはとってやるから」
二人掛けっつったって、すげーゆったりしたソファだ。おはぎが横に座ったとしてもまだ余裕がある。
オリバーは俺の隣に座りたい、おはぎはクッキーに近いところに座りたい。
なら、オリバー、俺、おはぎが並んで座ればいい。
アレックス様が笑いながら優雅に紅茶に口をつける。
なんか、試験結果を待つみたいな緊張感がやってきた。
たかがお茶、されどお茶。
オリバーのように、俺が入れたから美味しいとはならない。
一口飲んで、ちょっと驚いて俺の顔を見て、紅茶を見てる。
なんだ?どうした?まずいのか?
「美味くてびっくりした」
「なら、良かったです」
ほっと一息ついてしまう。
びっくりさせないでくれよ、こっちでは初めて入れたんだ。
心臓に悪い。
「とても美味しいですよ、アサヒ。香りが良いです。少し甘い香りがしますね、どの茶葉を使ったんです?」
「え?あー、よくわからないけど、おはぎが選んでくれたやつ」
『アレックス来たとき、タイラーそれ使う。アサヒ、黄色いのとって』
「はいはい、黄色いのね。かぼちゃだったかな、あー、良かったらアレックス様、クッキーもどうぞ」
「ああ」
おはぎご所望のクッキーを手にとって、差し出された肉球の上に乗せる。
おー、おはぎの手じゃ、クッキーが大きく見えるな。
おはぎは両手で器用にクッキーを手にして、満足そうに食べ始めた。
アレックス様とオリバーが不思議そうに互いを見てるけれど、なんだ?
「いつもより美味しい気がしますが…」
「そりゃ、お前は俺が入れたから、変に美味く感じてるだけじゃねーの?」
「いや、そういうわけじゃないと思うが?」
アレックス様が笑いながら俺にツッコミを入れる。
ってことは、アレックス様もそう感じてるのか?
「俺が手から水を出したのと、あと、仕上げにおはぎが美味しくなる魔法をかけたのが、タイラーとは違うと思いますが」
「美味しくなる魔法?」
『ん。美味しい?』
「ああ、美味い」
『ん』
満足そうにおはぎが大きく頷いて、マグカップの苺ミルクを美味しそうに飲む。
うん、おはぎの魔法効果のようだ。
「さて、どうするかな」
「どうしましょうか?」
アレックス様が呟き、オリバーも同じように呟く。
ん?なにがどうするんだ?
俺と蓮君が首を同時にかしげると、アレックス様もオリバーも一瞬息を飲む。
「可愛いことしないでください、アサヒ」
「なんだよ、可愛いことって。なにがどうしましょうか、なのか気になっただけだろ?」
「おはぎのことですよ。ケットシーですよ?妖精ですよ?バレたら、即捕まっちゃうような存在ですよ?」
「は?おはぎ捕まんの!?」
なんだ、それ。
おはぎが捕まるってそんなのは聞いていない。
領主に相談案件、ってだけだったじゃねえか。
「や、バレなきゃいいんじゃないか?っていうか、うちの領だったら大丈夫な気がするんだよな。
そういうのあんまり気にしないっていうか、暢気だから。
可愛いな、くらいにしか思わないと思うんだ。
だが、帝都だと、まずい。
ケットシーじゃなくて、獣人に間違えられる可能性の方が断然高い」
「あー確かに。十分あり得ますね…」
アレックス様とオリバーが頭を抱えながらおはぎを同時に見る。
『アサヒ、つぎ、みどりの取って』
「ん、ほうれん草だな」
肝心のおはぎはというと、2人の様子を全く気にせず、クッキーを美味しそうに頬張っていた。
大丈夫だっていうのがわかって、変に肩にも腕にも力が入らずコンサバトリーを目指して歩くことが出来ている。
「旭さんは、どこの養子に入るかとか、いつ籍を入れるのかとか、結婚式についてとかもう決まってるの?」
「養子先は今朝決まったって教えてくれたな。オリバーの伯父さんでクリフォード子爵家だ。エリソン侯爵領の一部でオリバーの実家からも近いらしい。
子爵家の三男って嫁側の優良物件っぽくて。断れない事態が起きないうちに、とにかく早く籍に入れたいつってた。
式はなんも聞いてないしやらねえんじゃないかな。蓮君は?アレックス様は領主だから結婚式は大々的にやんの?」
子爵家の三男ってだけで、家を継ぐわけでもないし。
こんなホテルが良いだとか、白無垢が着たいだとかドレスが着たいとかもねえし。
籍を入れたって暮らしていくのはここだし、何も変わらない。
まあ、もしかしたら家族が増えるかもしれないってことだけだ。
「うん、年内には籍を入れたいって言ってた。
養子先はアレックスのお師匠様が受け入れてくれた。
お式は半年後とかになると思う。旭さん、呼ぶから来てね」
「もちろん」
蓮君ならどんな服だって、たとえドレスだって言われても似合うだろうな。
コンサバトリーに到着すると、おはぎが扉を開けてくれた。
えらいな、おはぎ。
俺は、タイラーみたく、トレイを片手に優雅に扉を開けるなんてぜってー無理だから助かった。
俺らが到着するのを目に入れると、オリバーが立ち上がって笑顔でこちらへ来そうになった。
「だー、待て!オリバー、ステイ!いつものようなことしたらぜってー零す!」
紅茶に意識を向けながら俺が叫ぶと、オリバーがぴたっと止まる。
あ、すげー悲しそうな顔だ。
ステイ、はなかったか、わんこみたいなこと言っちまった。
けど、傍まで来てハグして腰に手なんか回されたら零す、確実に。
「入れるから、おとなしく座っててくれよ」
「…わかりました」
いうことをきいたオリバーには、あとで褒美をやろう。
とりあえず、アレックス様からだな。
「蓮君ありがとうな、手伝ってくれて。座ってくれ」
「はーい」
おはぎが俺の横で見守ってくれてる。
ゆっくり慌てずにつぐと、紅茶のいい香りが広がった。
色も香りも大丈夫そうだ。
次にオリバー、蓮君、最後に俺のだ。
タイラーもちょっとずつ回しつぎなんてなんてしないからそのままついじまったが、色は濃かったり薄かったりせずに変わりなさそうだ。
母さんはちょこっとずつ人数分注いでいたが、そもそもあれが正しい入れ方なのかもわかんねえしな。
タイラーの方が正しいんだろうな、少なくとも、こっちの世界では。
「悪いな、3人とも」
「ありがとうございます。アサヒもこちらに座ってください。っちょ、おはぎは私の隣じゃなくて向こうに座ってください」
おはぎがマグカップを手に俺とオリバーの間に座ろうとして、オリバーがすかさず一人がけのソファを指さす。
おはぎがものすごい顔でオリバーを見ている。
あー、座る場所っつーか、クッキーから一番近い場所に座ろうとしたんだろうな、おはぎは。
あっち座ったら一番クッキーからは遠いもんな。
「いーよ、おはぎ、俺の隣で。こっち座りな。クッキーはとってやるから」
二人掛けっつったって、すげーゆったりしたソファだ。おはぎが横に座ったとしてもまだ余裕がある。
オリバーは俺の隣に座りたい、おはぎはクッキーに近いところに座りたい。
なら、オリバー、俺、おはぎが並んで座ればいい。
アレックス様が笑いながら優雅に紅茶に口をつける。
なんか、試験結果を待つみたいな緊張感がやってきた。
たかがお茶、されどお茶。
オリバーのように、俺が入れたから美味しいとはならない。
一口飲んで、ちょっと驚いて俺の顔を見て、紅茶を見てる。
なんだ?どうした?まずいのか?
「美味くてびっくりした」
「なら、良かったです」
ほっと一息ついてしまう。
びっくりさせないでくれよ、こっちでは初めて入れたんだ。
心臓に悪い。
「とても美味しいですよ、アサヒ。香りが良いです。少し甘い香りがしますね、どの茶葉を使ったんです?」
「え?あー、よくわからないけど、おはぎが選んでくれたやつ」
『アレックス来たとき、タイラーそれ使う。アサヒ、黄色いのとって』
「はいはい、黄色いのね。かぼちゃだったかな、あー、良かったらアレックス様、クッキーもどうぞ」
「ああ」
おはぎご所望のクッキーを手にとって、差し出された肉球の上に乗せる。
おー、おはぎの手じゃ、クッキーが大きく見えるな。
おはぎは両手で器用にクッキーを手にして、満足そうに食べ始めた。
アレックス様とオリバーが不思議そうに互いを見てるけれど、なんだ?
「いつもより美味しい気がしますが…」
「そりゃ、お前は俺が入れたから、変に美味く感じてるだけじゃねーの?」
「いや、そういうわけじゃないと思うが?」
アレックス様が笑いながら俺にツッコミを入れる。
ってことは、アレックス様もそう感じてるのか?
「俺が手から水を出したのと、あと、仕上げにおはぎが美味しくなる魔法をかけたのが、タイラーとは違うと思いますが」
「美味しくなる魔法?」
『ん。美味しい?』
「ああ、美味い」
『ん』
満足そうにおはぎが大きく頷いて、マグカップの苺ミルクを美味しそうに飲む。
うん、おはぎの魔法効果のようだ。
「さて、どうするかな」
「どうしましょうか?」
アレックス様が呟き、オリバーも同じように呟く。
ん?なにがどうするんだ?
俺と蓮君が首を同時にかしげると、アレックス様もオリバーも一瞬息を飲む。
「可愛いことしないでください、アサヒ」
「なんだよ、可愛いことって。なにがどうしましょうか、なのか気になっただけだろ?」
「おはぎのことですよ。ケットシーですよ?妖精ですよ?バレたら、即捕まっちゃうような存在ですよ?」
「は?おはぎ捕まんの!?」
なんだ、それ。
おはぎが捕まるってそんなのは聞いていない。
領主に相談案件、ってだけだったじゃねえか。
「や、バレなきゃいいんじゃないか?っていうか、うちの領だったら大丈夫な気がするんだよな。
そういうのあんまり気にしないっていうか、暢気だから。
可愛いな、くらいにしか思わないと思うんだ。
だが、帝都だと、まずい。
ケットシーじゃなくて、獣人に間違えられる可能性の方が断然高い」
「あー確かに。十分あり得ますね…」
アレックス様とオリバーが頭を抱えながらおはぎを同時に見る。
『アサヒ、つぎ、みどりの取って』
「ん、ほうれん草だな」
肝心のおはぎはというと、2人の様子を全く気にせず、クッキーを美味しそうに頬張っていた。
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