始まりの場所、約束の意味

bluestar

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3.気付けばそれを恋と呼んで

信じるもの

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別荘に来てから一週間が経った。
毎朝の日課は今でも続いている。あの日、別荘に戻ると流生と涼が朝ご飯を作って待っていたみたいで、「冷めちゃうよ~」なんて言われた。
流生は「おかえり」と言って笑っていて、怜は──先に食べてたっけ。

でも……

私はカップの中の紅茶を飲み干すと、庭を見渡した。いつも隙を見て私は神田から逃げていた。そうすると白川がここに連れてきてくれて、私に言うんだ。「また逃げたのか?」って。でも白川も分かってるみたいで、いすを引いて私を座らせてくれる。んでティータイムが始まるんだけど、必ず三十分後に神田が来て私を連れていくんだよね。

今思えば──

私がここにいると知っていながら神田なりの優しさで見逃してくれていたのかもしれない。
神田の優しさはいつも目の前にはなくて、どちらかというと端のほうで光を照らしているようなそんな感じ。気付いてはいたものの、ささいなことにはまだそんなに気付いていないのかもしれない。
神田が帰ってきたら感謝しなきゃ。きっとしきれないほどなのかもしれないけれど。

「ねえ、一緒に座っていい?」

後ろから声がする。
「あ、なんだ涼か」
涼が、手に持っていたクッキーを私に差し出す。
「はい、あーん」
「え、ありがとう」 
そう言って涼の手からクッキーを取って口に入れる。
「つれないなぁ」
涼はそう言って笑うと、空になっていた私のカップに紅茶を注いだ。
「懐かしいね。とわってばいつも神田さんから逃げてさ。その度にここでティータイムやって。でもちょうどいい頃に神田さんが来るんだよね。算数のドリルもってきて」
涼は懐かしむように自分のカップに入れた紅茶を光に当てて揺らした。
翔矢といい、涼といい、私の記憶にヒットする思い出話ばかり。余計に分からなくなる。けれども分かっているのは、情報交換がされている以上、彼らにも白川と同じ記憶があるってこと。んでもって彼らを疑うと、その中にいる本物の白川をも疑うことになるわけだから、私は極力彼らを信じる。ううん。信じるも何も、それが彼らの使命ならば、私にはどうすることもできないわけなんだから。
「ねえ、とわ」
涼がカップから私へと視線を移す。
「なんで、白川を探すの?」
え?
「あ、いや。俺は八年前とわと一緒に過ごしてたから、今この状況になっても怖くないっていうか、とわがいてくれるだけで、俺は満足だから大丈夫なんだけど。でも今兄弟みんなが白川と名乗っているっていうのはとわも分かってるでしょ?だったらもう普通にしていいんじゃないのかな」
「普通って…?」
「いや…」
彼は言葉を詰まらせ、けれども一言一言選ぶように話す。
「なんか、とわにとって居心地がいいのかな…とか考えるんだ。俺たちの一言一言に左右されたりしてるんじゃないのかって。俺たちは神田さんの代わりに、もっと言ってしまえばとわの父上の代わりになりたくて来たんだ。けど、…俺たちのせいなんだよね。ごめん」
選ばれた言葉はすべて私に向けられていて、どれも温かみをもった優しい声。彼らはなぜ「白川」と名乗っているか話すことはない。けれど、私のことを考えてくれているのだけは分かっている。「わけを話さない」=「私のため」そう解釈するべきなんだろう。──だけど
「全然。気にしないで。嬉しいよ、みんなの気持ちは。でもさ、何で皆、白川って言うのかな。何か意図があるんだろうけど…。白川は私のことからかってるのかなぁ」
「それは絶対違うよ」
はやい返し。けれどもその声は強さを持たず、逆に優しく、切なそうだった。
「それは違う。信じてほしい。皆、とわを困らせるつもりなんてないんだ。もちろん俺も。それに俺はずっと見てきたんだよ、とわのこと。絶対にそんなことはしない」
「ずっと……?」
涼が微笑んだ。


ねえ、どうしてそんなに切なそうに笑うの?


その時…
「とわ」
後ろで声が聞こえた。涼を見る。涼の顔はさっきの切なそうな面影はなく、いつもと同じ笑顔で──うん、分かってるんだ。涼は絶対分かってるよ…。
「ど、どうしたの?…怜」
さっきだって涼が来た時、怜なんじゃないかって焦ったんだよね~。
何でかって? それは…
「課題、終わってないぞ」 
「え~…そ、そうだっけ?」
怜は無表情のまま頷いた。
涼に助けを求めるように視線を移す。けれど彼は「アハッ」と笑うと、「頑張ってね、とわ」と言い、あの綺麗な笑顔で逃げるように別荘に入っていった。

まさか…

「ねえ怜、なんでここって分かったの?」
「ああ」そう言うと怜はさっき涼が入っていった扉を見つめる。
「涼兄が教えてくれた」
やっぱり……。
「けど、とわも疲れて息抜きが欲しいだろうから、三十分経ったら行ってやれって」

「え?三十分?」


記憶の糸がまた、絡み始めてゆく。

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