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12 虹色

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 顔色の悪い私を心配したのか、帰りの馬車までリュカ様がエスコートしてくれた。
 腕を組んで、私の手をおいてくれる。正式なレディに対するエスコートだそうだ。

 こんなこと、お兄様にもしてもらったことはない。
 お兄様と一緒に歩く時は、いつも私の手をぎゅっと握ってくれる。抱き上げて運んでくれることもある。

 だって、お兄様は私をレディじゃなくて、病弱な妹だと思ってるから。


「今日は本当にありがとう」

 本物の王子様にエスコートしてもらって、お礼まで言われるようなこと、私は何もしていない。

「ルルーシアは頑固だからね。本当に困っていたんだ。侍女を引き受けてくれて助かるよ」

 リュカ様は立ち止まり、私を金色の瞳で見つめた。あたりはすっかり暗くなり、ランプの炎が揺れている。

 侍女を引き受けるなんて、一言も言っていない。
 でも、王族に逆らえる人なんていないから、私が喜んで了承したと思ってるの?

「ごめんね。勝手に決めて」

 でも、リュカ様は私に謝った。

「妹は、気難しいし、口も悪いけど、でも、俺の妹だからね。ただ、ちょっと、いろいろあってね」

「ルルーシア様は、もしかして、私が色なしだから侍女にしたいんですか?」

 私を侍女にしたい理由なんて、それしか思いつかない。
 みんなから嫌われる色なしを側に置くなんて、変わり者でひねくれてるとしか思えないけれど。

「それもあるのかもね。ルルーシアは、普通の貴族令嬢を嫌っているから。でも、君にとっても学園に通うのは悪いことばかりではないよ」

 悪いことじゃない? 
 色なしで、三大魔法が使えないから、きっといじめられるのに? 私なんかが侍女になったら、他の令嬢にやっかまれるって分かってるのに?

「だって、そうじゃなきゃ、アリアちゃんは、このままギルベルトの愛人になるしかないだろう?」

 !今、なんて?!
 ! 愛人?! 
 ギルお兄様の?

「ギルベルトが、アリアちゃんとの同居を条件に婚約したっていうのは有名な話だよ。みんな、君が愛人になるって思ってる」

「違います! ひどいっ! お兄様はそんなことしません! 私達はただの従妹です!! お兄様は、私に同情してるだけ! そんなの、あんまりです!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

 私が大声で叫んだので、リュカ様はあわてて止めようとする。

「なんで?! なんで、そんなひどいこと、言うんですか!!」

 相手が王子様だって分かってても、止められない。

「ギルお兄様は、ただの従兄よ! そんな、そんなこと考えるような人じゃありません! ひどいです! なんてことを言うんですか! あんまりよ!」

「ごめん、ごめんって。ああ、おまえたち、大丈夫だから離れてろ」

 リュカ様は私に謝った後、近づいて来た近衛騎士を手を振って追い払う。

「本当に悪かったって。こんな言い方するんじゃなかったね。冗談だったとしても」

「冗談、ですか?」

 私を警戒するように取り囲む近衛騎士に気が付いて、声を落とす。

「うん、冗談だよ。ギルベルトは、そういうつもりで一緒に住もうとはしてないと思うよ。……少なくとも、今はね」

 ほっとしたのに、後で付け加えられた言葉に王子をにらんでしまう。

「いや、だってさ。ただの従妹に対する態度じゃないから。学園でも有名だよ。君への溺愛ぶり」

 学園で私のことが噂になってるの? 
 いやだ。そんな学園に行きたくない。

「だからさ、ルルーシアの侍女になったら、三大魔力がなくても学園に入れるし、卒業したら貴族として認められるんだよ。そのまま、卒業後も妹の侍女になったら、ギルベルトに頼る必要がなくなるよ。……まあ、君が新婚夫婦の邪魔をしたいのなら、別にいいけど」

 最後に付け加えられた言葉に、また目をとがらせる私を見て、リュカ様は面白そうに笑った。

 でも、リュカ様の言葉に心が揺れる。
 侍女になったら王宮に住める。お給料ももらえる。いじめられるかもしれないけど、でも、一人でちゃんと生きていける。
 お兄様に迷惑をかけなくていい。

「俺も、力を貸すからさ。ルルーシアを頼むよ。あの子が生まれた時に王妃が亡くなったから、それをずっとこじらせてるんだ。世間では、城に引きこもってるって噂になっているけど、実際は、魔法塔に入り浸って魔力の研究をしているんだ」

 リュカ様は、ルルーシア様について教えてくれた。
 彼女が生まれた時に、王妃様が亡くなった。国王陛下は最愛の妃を亡くして、しばらく心を病んだそうだ。
 それを知ってから、ルルーシア様は、ずっと城に引きこもって、貴族たちと交流を持たず、表舞台には出てこない。

 でも、その間に、魔法塔で魔力についての研究していたんだって。
 魔力なしについても研究しているそうだ。なぜ、色なしが生まれるのか。なぜ魔力がなければ死んでしまうのか。色なしの子を産んだら、死んでしまう母親についても。
 だから、私を侍女にしたいんだろうって。

「ルルーシアはさ、魔法のことになると夢中になりすぎるから、いろいろ人とは違うことをするだけなんだ。でも、俺の大切な妹なんだ」

 王女様の話をするリュカ様は、優しい目をした。妹想いの兄。その様子は、まるで私に優しくしてくれる時のお兄様のようで、リュカ様を少し身近に感じられた。

 すっかり日が暮れた王宮の庭園で、ランプの炎に照らされて、短い金髪が輝いている。まるで星の光ように。

「綺麗だね」

 金の光に見とれていたら、リュカ様がそう口にした。

「アリアちゃんの髪。銀色に光ってる」

 手が伸びてきて、私の肩にかかった髪をすくう。

「ねえ、色なしの子の髪は真っ白なんだって。こんな風に輝くことはないんだよ」

 リュカ様の黄金の瞳が、きらきらと光っている。
 私は、普通の色なしとは違うの?

「それに、ほら」

 髪から手を放したリュカ様は、私の頬に手を触れた。

「君の目は、今、虹色に光っている。無色じゃなくて、何万もの色があふれている」
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