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第1部 貴族学園編

16 運動会

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 さあ、いよいよ、待ちに待った運動会。

 料理人の作ったお弁当を持って、早起きして貴族学園に出発だ!
 窓越しに見える空は、雲一つない晴天。運動会日和だね。

「わくわくするね。オスカー様の家の騎士さんも来てくれるし、ぼく、がんばるよ」

「そうだね。でも、母様は、来てくれないけどね」

 私の言葉をリョウ君は聞かなかったふりをした。
 親が来てくれないのは、やっぱり悲しいんだよね。ごめん、リョウ君、嫌なこと言った。

「僕には、姉さまがいるから。姉さま、ずっと一緒だよ」

 謝ろうと口を開いたら、リョウ君はそう言って、にっこりと笑った。紫の瞳が太陽の光を受けてキラキラ光った。

 ああ、良い子だ。

「うん、ずっと一緒よ! 私も、リョウ君だけだよ!」

 私達は手をつないで、メイドと一緒に貴族学園に向った。
 母様は、昨夜遅くまで仕事してたから、朝は起こさないでって書き置きがあったので、顔も見ずに。


 運動場には大きなテントがたくさん張ってあった。
 競技を見やすい前の方の席は上級貴族、少し離れた場所には下級貴族のテント。序列がとても分かりやすい。
 私達は二人で、離れたところにあるベンチに座ろうとしたけど、オスカー様が呼びに来た。

「こっちにおいで。俺と一緒に座ろうよ」

 ええっ。無理だよ。上級貴族ゾーンには近づきたくない。
 首を振ってリョウ君を引き留める私に、オスカー様はなおも言い募った。

「俺の親も来れなかったんだ。領地に魔物の大群が押し寄せて来たからって。だから、俺、1人だから、一緒に座ってよ。俺たち、友達だろ?」

 そんなこと言われても……。でも、リョウ君は「友達」って言葉に弱いらしくて、

「うん、友達だもんね」

 と止める私を引っ張って、真ん前のテントまで連れて行った。大きな黒いテントには、筋肉ムキムキの騎士団員が12名控えていた。

「お嬢、いらっしゃい。坊ちゃんも、今日は勝ちに行きましょう。期待しててくださいね」

「いっちょやってやるぞ! 必ず優勝させて見せます!」

 やる気オーラが半端ない騎士さんが出迎えてくれた。

 オスカー様、1人で寂しいなんて言ってたけど、どこが1人? どこが寂しいんですか? このテント、めちゃくちゃ暑苦しいんですけど。

「あ、始まるよ。来賓の挨拶だ。やっぱり。近衛騎士がいるのは、陛下が来るからだった」

「え?、陛下? 国王?」

 私は騎士さんが持っていた双眼鏡を貸してもらって、運動場の指令台の上に立つ男の人を見た。

 レンズ越しに見えたのは金色の髪に紫の瞳の男性。ああ、この人が国王。

 初めて見る実父の姿に、私はひどく失望した。

 凡庸で、特徴のない顔立ち。美しくも醜くもない普通の容姿。そんな風に陰口をたたかれる国王の姿は、私によく似ていた。絶世の美女と言われた実母ではなく、地味な顔立ちの父親に似たんだね、私って。

 つまらなそうな顔の国王は、つまらないスピーチをして指令台から降りた。そして、つまらなそうに歩いて、近衛騎士と一緒に貴族学園の建物の中に入って行った。

 息子の競技を見たりしないんだ。ここまで来たのに、貴族学園の中で涼むだけなの? 真実の愛の相手との子供でしょ?

 私は王太子の薄い水色の瞳を思い出した。いつもイライラしてて、乱暴で、怒りっぽくて、紫の瞳に強い劣等感を持って、私をにらみつける王太子。……もしかして、彼は……大切にされてない?

 ああ、いけない、いけない。うっかり同情するところだったじゃない。あんなわがまま王子はどうなってもいいんだってば。私にはかわいくて賢いリョウ君がいるもんね。

 浮かんだ考えを振り払うように頭を振って、私は双眼鏡を騎士さんに返した。それから、流れて来た音楽に合わせて、テントの前でみんなと一緒に準備体操をした。


「続きまして、タンポポ組によるモンスター競争です! 契約獣探しのダンジョンへ潜る予行演習。見どころは子供たちの素早い走りと、護衛役の捨て身の防御! そして、モンスターに扮した王都警備隊員のペンキ砲による攻撃です!」

 あ、行かなきゃ。いきなりメイン競技だ。
 リョウ君と一緒に、手をつないで入場門へ向かう。
 筋肉マッチョな騎士団員6人も一緒だ。心強い。

「がんばって!」

 オスカー様の声援に、騎士さんはマッチョポーズで答えた。

「われら辺境騎士団の本気を見せてやりましょう!」

「モンスターなど、一匹残らず駆逐してやる!」

 いやいや、モンスター役の警備隊員への攻撃は、失格になるからやめてくださいってば。あなたたちに求められるのは盾役ですって。


 私の順番は後ろの方。出席番号順ではなく、貴族の階級順らしい。
 1人ずつ、ダンジョンに見立てた門をくぐって、競技コースに入っていく。
  設置された木の衝立でかくれながら、モンスター役のペンキ攻撃を避けて、テーブルに置かれた契約獣カードを引いて帰ってくる。かかった時間によって勝敗が決まる。
  青いペンキは毒に見立てられて、ちょっとでもかかると即失格、黄色いペンキはしびれ薬で減点される。ピンクのペンキは急所以外は大丈夫等、こまかくルールが決められている。

 木の衝立は練習の時より小ぶりになって、観客に見やすくなっていた。あんまり隠れる場所がない。

 ルビアナちゃんがAランク冒険者と一緒にスタートした。
 私達タンポポ組は、クラスメイトの競技を見守る。

「あ!」

 護衛役が青いペンキをかけられた。
 でも、かばわれたルビアナちゃんは無事だ。
 護衛が一人脱落して、他の二人と一緒に、ルビアナちゃんはテーブルの方へ走った。

 あと少しでカードに手が届く!

 かたずをのんで見守る中、うしろの衝立からモンスターの面をつけた敵が出現。
 持っているペンキ砲が、ルビアナちゃんに向けて発射される!

「危ない!」「きゃあ!」

 思わず悲鳴が上がるけど、ペンキの色はピンク。
 ルビアナちゃんは護衛にかばわれながら、契約獣カードをなんとか手に取った。後はスタート地点に戻るだけだ!

「急げ! 走れ!」
「早く! 早く!」

 クラスメイトの声援の中、1人だけになった護衛役と一緒に、ルビアナちゃんはゴールした。大歓声があがる。
 召使い先生が白い板に、ルビアナちゃんのタイムを記入した。暫定一位。これが後の子達の基準値になる。

 そして、次の子が出発して、クラスメイトはまた、声援を送る。

 私も、リョウくんと一緒に大声で友達を応援した。

「がんばれ、がんばれ!」
「走って! 早く!」
「後ろだ! 逃げろ!」

 護衛役が脱落して、カードを手に持った子供がペンキをつけて帰ってくる。白熱の競技はあっという間に過ぎ、板に書かれたタイムがどんどん更新されていく。
 今は、ポール君が1位だ!

「次は姉さまだね。がんばってね」

「うん、行ってくる。騎士さんたち、絶対にモンスターを攻撃しないでね」

「ああ、物足りないなぁ」

「王都の警備隊だろ、あんなへなちょこ、俺のこぶし一つで簡単にのしてやれるのにな」

 不満そうな騎士さんにダメ出しをしてから、スタート地点に向かう。さあ、やってやるか。
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