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第1部 貴族学園編

36 早すぎる死

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 床に座っている私を見下ろしているのは、光の精霊王だった。美しい羽根は、今はたたまれている。
 私は精霊王に手を伸ばした。
 私の願いを叶えられるとしたら、この世界に彼しかいない。

「ねえ、リョウ君が消えちゃったの。黒い火に燃やされて、いなくなっちゃった。お願い、リョウ君を一緒に探して! ねえ、どこにいるのかな?」

 精霊王は私の隣に座った。そして、私の手を引き寄せた。彼の膝の上にのせられて、両腕でくるむように抱きしめられた。
 そして、この世の中で一番ひどい言葉を告げられた。

「彼は……もうこの世にはいないよ。死んでしまった。消滅したんだ」

「うそ! うそつき! やめてよ! そんな意地悪言わないで! うわー!」

 精霊王の言葉を消すように、私は大声で叫んで泣いた。泣き叫びながら、彼の腕から出ようともがいた。

「寿命だったんだ。彼の運命で決まっていたんだ」

 何を言ってるの? 寿命? そんなわけないでしょ!

「なんで6歳の子が死ななきゃいけないの?! 寿命だなんて、そんなわけないでしょ!? まだ6歳なんだよ。これから、これからもっと楽しいことをいっぱいして、大きくなって、恋をして、成功して、それから、それから……うわぁー、いやだっ! いやだよー!」

 リョウくんがたどるはずだった未来を想って、それが突然ぶつりと切り取られてしまったことが悔しくて、私は泣きわめいた。

「なんで? なんで、リョウくんが死ななきゃいけないの? なんで、こんなひどいことが起きたの? 誰のせい?! 勇者?! 聖女リシア?! ちゃんと魔王を浄化しといてよ! それとも父様が悪いの?! そんな恐ろしい石を持って帰らないでよ! もしかして母様のせい?! 魔道具の写真機なんて使うから、あの魔道具が光ったせいで、リョウくんは……うぁ、リョウくん!! ううっ、リョウ君を返して! 返してよ! あなた、光の精霊王でしょ! リョウ君を生き返らせて!! お願いよ、生き返らせてよ!」

 自分でも何を言っているのか分からなくなってた。ただ、リョウ君がいない。それが、受け入れられなくて、この世界を、世界中を罵りたかった。

 精霊王は私に黙って殴られながら、悲しみがあふれた声で語った。

「生き返らせることはできないよ。……僕も、リシアが98歳で死んだ時は悲しかった。勇者リョウが死んだ時も……。彼は104歳だった。寿命だったけど、でも、……もっと長く生きてほしかった。ずっと一緒にいたかった。……僕は、それから500年ずっと、ずっと一人ぼっちで、二人のことを想って世界を漂っていた」

 彼の言葉があまりにも辛そうだったので、私のやつ当たりする手が止まった。見上げると、うるんだ銀色の瞳があった。その瞳に込められた感情を私は悟った。

 ああ、私だけじゃない。彼も大切な人を失ったんだ。そして、ずっと一人なんだ。

 熱くなった激しい気持ちが、すうっと冷めていった。
 ただ、どうしようもない悲しみだけが残った。

「今まで、どうやって、生きていたの? 大切な人をなくして、どうやって生きられたの?」

 この精霊は500年もずっと悲しみに沈んでたの? こんな気持ちでずっと一人でいたの? そんなのとても耐えられない。

「リョウが僕に役割を与えてくれたんだ。遺産を残したい人がいるからって。僕はそれを託された。受け取る人が現れるまで、遺産を守っている。それに、……彼は僕に希望もくれた。いつか、リシアそっくりな女の子が僕の契約者になるって予言してくれた。その希望だけが、僕を生かしていたんだ」

 精霊王はすがるように私の手を取った。

 その希望が私? 本当に私でいいの?
 ただ、日本人としての記憶があるだけの私が、彼の500年間の希望だったとでもいうの?

「君も、彼に望みを託されたはずだ。彼がやり残したことを君がしたらいい。それが、残された者の唯一できることだから」

 精霊王の言葉にはっとした。リョウくんがやり残したこと?

 それは、……勇者の遺産?

 勇者の残した魔石のせいで死んでしまったのに、まだ勇者の遺産を探せと言うの? 

 でも、もしも、リョウ君が夢に出てきたら、きっと私にこういうはずだ。

「絶対に、勇者の遺産を見つけて!」

 と。

 それなら。リョウ君が私にそれを望むなら、私は、リョウ君のために、遺産を探そう。

 できることは何でもしよう。
 そのためには、どんな力でも手に入れなきゃいけない。

 私は聖女リシアの生まれ変わりなんかじゃないけど。
 だって、そんな記憶なんてないから。
 でも、精霊王が誤解してるなら、それでもいい。
 彼の力を借りて、勇者の遺産を探そう。

 そしたら、そうしたら、リョウ君は私を褒めてくれる?
 喜んでくれる?
 私にできることは、私の生きる目標は、それしかないよね?

「あなたと契約するには、どうしたらいいの?」

 私はかすれる声で、光の精霊王に尋ねた。
 彼は、少し驚いたように銀色の瞳を見開き、そして、うっとりするほど綺麗な微笑みを見せた。
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