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2 生贄の聖女

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 私の名前はフェリシティ・エヴァン。エヴァン王国の王女だった。
 100年前に、生贄の聖女として精霊界に連れてこられた。それからずっと、時を止められた姿で過ごしている。


「そろそろおまえの役目は終わる」

 久しぶりに部屋に来た精霊宰相は、冷たい声でそう言った。

「人間界に返してくれるの?」

 卵をなでるのをやめて、冷たい美貌の精霊を見上げた。100年間ずっと温め続けた精霊王の卵は、ほんのりと温かい。私が人間界に返されると言うことは、つまり、この卵が……。

「ああ、もうすぐ新しい精霊王が降臨される。その時におまえのような人間が側にいたのでは、また、我が君が傷つけられるかもしれないのでな。もとの世界に戻るがよい」

 100年続いた監禁生活が、ついに終わりを迎えることになった。

 ようやく終わるのね。この卵が孵って、新しい精霊王が誕生する姿を見たかったけれど……。

 あれから100年も経っている。

 私が人間界に戻っても、知っている人は誰も生きていない。
 どこに行けばいいの?
 兄の子孫は、私を受け入れてくれる?
 どうやって人間界で暮らせばいいんだろう。
 あの人のいない世界なんて……。

「心配は無用だ。おまえが失ったものは、全て新しく用意しよう。王女の地位に家族や婚約者も、以前と似たようにしてやろう。人間の冒した罪は許しがたいが、次代の精霊王を育てたことに免じて、全てを元通りに近づけてやろう」

 精霊宰相はそう告げて、私の首にかけたチョーカーを外した。

 元通り? 
 待って、何をするつもりなの? これは時間を止めるチョーカーだって言ってたじゃない? それを外したら、私は老婆に?

「おぎゃあ?!」

 やめてと言ったはずなのに、口から出たのは、赤子のような泣き声だった。
 何かがおかしい! 
 目の前の景色が遠くなった。そして、私の手が、めちゃくちゃ小さい?!

「うあ、うあ、あぶ。おぎゃ?」

 私、赤ちゃんにされちゃった?!

 ころんとカーペットの上に落ちた私を、精霊宰相は片手で乱暴につまみ上げた。

 ちょっと、痛い、痛いってば。

「もう一度、人間として生き直すがよい。私からの温情だ。これで、人間界との確執は失くすことにしよう」

「あぶあぶあぶ!」

「なんだ? 喜んでいるのか? では、行くぞ。預け先も決めてある。ちょうど赤子を望む者がいてな。一晩中祈りをささげる熱心な信者だ」

「あぶー! あぶあぶ!」


 そうして、連れてこられたのは、精霊王を奉る精霊教会だ。
 王都の中心にある寂れた建物の中で、精霊王の像に向って熱心に祈るメイド服の女性がいた。

「精霊様! 赤ちゃんをください! 赤ちゃんを連れて帰らないと、公爵様に殺されます! どうか金髪に紫の目の赤ちゃんを授けてください! 王妃様が産んだ茶色の子じゃだめなんです! 紫の目じゃないと!」

 メイドは泣きながら、必死に祈りをささげている。

「分かってます。紫の目の、王族の血をひく赤ちゃんなんて、そこらへんに落ちてるわけないですよね。でも、見つけてこないと、わたし、罰を受けるんです! いつもいつも、絶対できない命令をして、私を殴るんです。どうか助けてください! うわーん!」

 メイドは、髪を振り乱して、大きな声で泣き叫んだ。

「お願いします! 紫の目の赤ちゃんをください! 王位継承権を持つ紫の目の子供が必要なんです!」

 めちゃくちゃな願いを口にしているメイドを見ながら、精霊宰相は、かごに入れた私に語り掛けた。

「どうだ? 金髪で紫の目の赤子を探しているぞ。しかも王族として育ててもらえるらしい。ちょうどいいと思わないか?」

 無理やり赤子にされたショックと、精霊界からの転移のせいで、吐きそうになっている私は、抗議して、

「あぶー!」

 と大声で泣いた。

 すぐに口をふさがれる。

 く、くるしい! 息ができない!! 赤ちゃんはもっと優しく扱えって!! この冷血精霊!

「!? だれかいるの? ま、まさか今の話を!」

 メイドがあわてて立ち上がって振り向いた。

「! あなたは!」

 まぶしい美貌の上級精霊を見て、メイドはぽっと頬を染めた。

「そなたの願いを叶えよう。この赤子を授ける。名はフェリシティ・エヴァンだ」

 精霊宰相はうっとりしているメイドに冷たい視線を向け、私が入ったかごを押し付けた。

「! え? 赤ちゃん! 本当に?!」

「うあ! ああ! あぶ! あぶ! あぶー!!」 

 やめてー! それ、絶対、不幸になる。そんな所に行きたくない! 

 大声で泣いて、一生懸命抵抗したけれど、非情な精霊には通じない。

「ふむ、落ち着きがないな。赤子とはこんなにうるさいものなのか。そうか……。記憶があるせいで混乱しているのだな。温情だ、その記憶をしばらく封印してやろう」

 なにー! やめろ! やめろ!

「おぎゃあ、おぎゃあああ!」

 そして、記憶を消された私は、再びエヴァン王国の王女として、新しい人生を生きることになった。
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