推しのぬいとして黙って見ていられません!その婚約破棄改変します

みのすけ

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中編

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「ねぇ、テディ。今日転入生にいきなり話しかけられたの。初対面だと思うのだけれどなんだか嫌われているようで……私は何かしてしまったのかしら?」

転入生は魅了魔法を持つ男爵令嬢レベッカ。彼女は小説の筋書き通り王太子とその側近達に近付いた。

ここ最近のフィリア様はずっと悩んでいる様子だった。物憂げに考え込むことが増え、頻繁にため息を吐く。

それからしばらく経ってから朝の支度の時間が少し変わりフィリア様は1人で学園に通うようになった。セオに手紙を書く回数が少なくなり、セオからの贈り物は届かなくなって、休日は部屋に籠るようになった。

「テディ、私はやはり魅力がないのね。気の利いた会話もできないし、胸も大きくないし。それに自信を持って自分の意見を相手に言えないのだもの……」

フィリたん、そんなことない!
フィリたんはとても綺麗だよ!
セオのために自分を磨いて、好きになってもらえる努力をしてきたじゃない!

小説ではレベッカが王太子と側近達を魅了魔法で虜にし、彼らの婚約者達と距離をおかせる。
見かねて苦言を呈したエカテリーナに対し王太子や側近達は自分達が「嫉妬から嫌がらせを受けているレベッカを守っているだけ」と主張、自分の婚約者を冷遇することを正当化しようとするのだ。

フィリア様もセオに冷たくされ、距離を取られていた。

フィリたん、周りに相談して!
ご両親でも使用人でも、誰でもいい!
エカテリーナの話を聞くばかりではなく励ますばかりではなく、
自分も悩んでいると、どうしたらよいか分からないと他人に言えるようになってほしい!

落ち込むフィリア様の様子を見かねた使用人達が主人に報告し、フィリア様は婚約者の態度についてご両親と相談する機会を得た。
しかし相手は格上ライナード侯爵家、セオが学生であることからも様子見ということになってしまう。

くそー、身分社会の弊害!
家柄の下の者が我慢する社会が悔しい!

さらにフィリア様のご両親はセオの態度について「学生の時分のことだからあまり気にしないように」と言った。フィリア様はさすがに傷付いた顔をしていた。

貴族の家は後継をつくるため、第二夫人や愛人を抱えている貴族の男性はたくさんいる。フィリア様の父親はそんなことしないけど、ライナード侯爵家には愛人がいるのでセオの態度が改善されないのもそのせいか⁈

ギリギリギリギリ……男性優位な社会構造に歯軋りする。

さらに王太子がやっていることだから、それ以上の立場の者が諌めないと是正されないのが現状なのだろう。

悔しい!悔しい!
フィリたんはセオに誠実に向き合ってきたのに、セオから不誠実で返されるなんて!
それをフィリたんだけが我慢しろだなんて!

小説ではヒロインの虐げられる描写ばかりだが、実際はフィリア様も同じ目に遭っている。
「婚約者に見向きもされない可哀想な令嬢」
「醜い嫉妬で疎んじられていることすら分からないの?」
「魅力がないのはご自分のせいでしょう?」
「家柄を盾に下位貴族を虐める性悪女」
「大人しそうな顔して裏では酷いらしい」
「捨てられて可哀想だから俺がもらってやろうか?」

侮りさげずむ視線、嘲り、心無い言葉をかけられて追い立てられる。学園ではもはや身の置き場がない。

そんな状況なのに王太子と側近達はレベッカと楽しく過ごしてばかり。腕を組んで身体を寄せ合い、もはや友人としての距離感ではないらしい。
レベッカのそれは令嬢としてはしたない振る舞いで、王太子と側近達にとっては不貞と見做されるような行動だった。しかし周囲は容認する。これも魅了の魔法の影響だ。

加えてフィリア様とエカテリーナに対する周囲からの心無い仕打ちについて、王太子と側近達は見て見ぬふりをする。特に年長者である王太子とセオの態度が周囲に悪影響を与えているのに、本人達は気付かない。

フィリア様は毎晩涙を流すようになった。
淑女は人前で涙を見せてはいけないと教育される。
だからフィリア様は夜一人になると泣いてその日にあった辛いことを忘れようとしていた。
辛くても顔に出さないのが淑女だから、エカテリーナを支える道をフィリア様が選んだから。

ああー、作者様(かみ)よ!酷いことをなさる!
可愛い子には旅をさせよというが、この仕打ちは残酷すぎるよ!

読者として、こういう気持ちを乗り越えて結ばれるから感動するのはわかる。
でもリアルで見ると胸が痛い、痛すぎる!
いくら魅了の魔法のせいとはいえ、この痛みを抱えて自分を見捨てた男と本当に笑い合えるのだろうか?

私は元サヤ否定ではないし実際は当事者の気持ち次第だと思うけれど、セオのやったことは信頼関係ぶっ壊すレベルだろ、これ!
ある日突然態度が変わり冷たくなり周囲は手のひら返し、いくら魅了の力だとしてもやられた方は人間不信(トラウマ)になるよ、本当!

王太子の側近達の婚約者はフィリア様はを除いて全員が学園を休んでいる。彼女達は学園での心無い仕打ちに耐えられかったからだ。
けれどもフィリア様はエカテリーナを支えるために針の筵の学園に通い続けている。未来の王太子妃であるエカテリーナは王太子の行動を諌めないといけないからだ。

日が経つにつれ嫌がらせはますます過激になってきているようだ。フィリア様は破られた教科書を見て悲しそうに泣いていた。昨日は制服を汚されたようだ。
王太子の婚約者であるエカテリーナは公爵令嬢であるため立場上嫌がらせするにも限りがあるからか、フィリア様に矛先が向いているようだ。

フィリア様はますます食が細くなり、儚くなっていった。見ていることしかできない私は、話を聞く以外に何もできない無力感に苛まれていた。

このモヤモヤした気持ちを、ぬいである自分では解消できるはずもない。フィリア様を害する輩と放置する周りに、イライラを溜め込む日々が続く。

そんな中フィリア様が複数の男子生徒に連れ出される事件が起こる。エカテリーナの機転で事なきを得たが、無理やり人気のないところへ連れて行かれたフィリア様はとても怖かっただろう。

フィリア様は私を抱きしめて、泣きながら小さく丸まって眠る日々が続いた。フィリア様の抱き締める腕の強さに、彼女が日々どれほどの苦悩に耐えているのかが分かるような気がした。

もし私がフィリア様の立場だったら、全て諦めてしまうだろう。感情を閉ざして生きる屍になり、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。だって奇跡は起こらない。前世でいくら祈っても失った家族は戻らなかった。

ストーリー上は学園を卒業してしまえさえすれば、フィリア様は報われる。しかしフィリア様が救われるまで、まだ先が長い。救われる日を待ちながらフィリア様の苦しむ姿をただ見守るだけ?この生き地獄をまだ続けるの?

私は限界だった。

フィリたんがどうしてこんなに辛い目に遭い続けるのか⁈それをどうして我慢し続けなければならないのか⁈

私は初めて怒鳴った。駄々をこねた。地団駄を踏んだ。前世では出来なかったことだが、フィリア様のことならできる。
だが、ぬいである身体はもちろん動かない。

小説にはフィリたんが男子生徒に連れ出される事件はなかった!嫌がらせだってこんなに過激じゃなかった!
書かれていなかっただけ?私が読んだストーリーと現実が少しずつ乖離してきている?
だとしてもフィリたんは守られるべきだ!学園には教師(おとな)もいるだろうに!

しかもフィリア様が危険な目に遭ったというのにセオは見舞いにすら来ない。さらには学園で「フィリアから男を誘った」という噂まで流れている。

このヤロー!
清廉なフィリたんがそんなことするはずないって見れば分かるだろう⁈
ケバケバしいレベッカと一緒にするんじゃねぇ!

ああ、神よ!
何のために私はここにいるのか?
目の前で大事な人が虐げられている時に、ただ見ていることしかできないのか⁈
守られるべき子供を、大人が助けなくてどうするのか⁈

私はぬいの中で暴れるが、ぬいである身体は少しも動かない。

そもそも魅了っていうチートがあるなら、転生者であること自体がレアは私にも何らかのスキルがあってもいいんじゃない⁈
もっと、何か、この世界に直接的に働きかけるようなことができない⁈

私がいくら叫んでも、ぬいである身体は微塵も動かない。

チクショー!なんとかしろー!
誰かフィリたんを助けろー!






「騒いでるのは君?見た目はただのぬいぐるみだけど、何者なのかな?」

突然声がして、何もない空間から黒衣の人物が現れる。明らかに伯爵家の使用人ではなく、明らかに普通の人にも見えない。そして小説には出てこなかった人物だ。

幸いこの部屋には誰もいない。

黒衣は私の方に歩み寄り、テディの顔を覗き込む。
黒衣から見える紅玉の瞳は、舐める様に私を凝視している。

正常な思考なら警戒するところだが、私は完全にやさぐれていた。
(何者だと?何もできないただのぬいぐるみだよ!あんたこそ何者⁈)

「へえ、魔力はなく……中に入っているものは意識体⁇無害ではあるが……興味深い」

そう言って黒衣の人物はテディの身体をふわっと持ち上げる。

「私は魔法使い。ウィンベルデン伯爵家を調べている」
(伯爵家?もしかしてフィリたんのことも調べている⁇それなら私は情報を持っている)
「情報?どんな?」
(今、貴族学園で起こっていること、王太子と側近達の変化について。教える代わりに条件がある)
「取引を持ち掛けるのか?お前、実は悪魔とか?」
(どうせなら悪魔にでもなれればよかったよ!)

そう、フィリたんを助けられるなら悪魔でもなんでもいい。ここは『あなたを愛の力で取り戻します』の世界なのだから。フィリたんの笑顔を私の愛の力で取り戻してみせる!
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