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母娘のひととき

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食卓での話題は、主に莉愛の学校生活の事だったが、時折、智や由香里、敦に恵太も自身の話をした。


大いに盛り上がり、笑いが絶えない場となったが、莉愛以外の人間には、重い話をしなければならないという枷があり、手放しで笑う事はできなかった。


「莉愛、先にお風呂入ってきなさい。」

智が言うと、莉愛は頷き立ち上がった。


「あ、久しぶりにママと入る?」

智が少し間を置いて言うと、莉愛は驚いた表情を見せた。


「えっ、ママと?」


「うん。」


「そうだね、一緒に入ろう」


智と莉愛は戸籍上は父と娘である。
この年齢で一緒に風呂に入る事などあり得ない。
また、母ともあまりない事だろう。

しかし、ニューハーフという智の特殊な立ち位置が、莉愛の抵抗感を払拭した。

母の奈々が亡くなった後、一時的に離れ離れにはなったが、智と莉愛はずっと一緒に暮らし、お風呂も毎日一緒に入っていた。

それだけに、智と莉愛には他の家庭より深い愛情と絆で結ばれていたのは間違いないところだろう。

智も愛娘と一緒にお風呂に入りたいという願望が強かったのは事実で、胸が躍る感があったが、もう一つの命題の事を考えると、一気に萎えてしまった。
だが、これは智しか担えないものだった。


久しぶりに見る娘は、智が暫く見ない間に成長し、大人の体になっていた。


「莉愛と一緒にお風呂に入るの久しぶりだね。

すっかり大人になっちゃって」

智が莉愛の裸体を見つめて言うと、莉愛は恥ずかしがって体を隠した。

「もうヤダ、見ないでよ」


たしかに、莉愛の体は立派に成長し、すっかり大人の女性のそれになっていたが、まだ男を知らない無防備な感は拭えず、ところどころに子供である名残りを残していた。


伊東家の浴室は、古いが広く、大人二人で入れる大きさだった。

莉愛は体を洗い、湯船に浸かったが、智はメイクを落とすために、タイミングをずらして入ってきた。


莉愛もまだ十六歳と、子供といえば子供だと言える年齢で、母に甘えたい年頃である。
特に、幼少期に実の母の奈々を亡くし、小学二年で智が引き取るまで祖父母に育てられた事もあり、小学生時代は智にべったりであった。
智自体、父親であるが女性の容姿をしていたので、父性を感じる事なく100%の母性を感じる事が出来たのが仲良く暮らせた所以であろう。

莉愛はそんな思いに包まれながら、久しぶりの”母”との入浴を楽しんだ。

だが、この後、智の口から衝撃的事実がもたらされることになろうとは、この時点での莉愛は知る由もなかった。

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