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第二話
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ゴチンッ、という音とともに頭蓋に響いた鈍痛が一瞬にして俺の意識を覚醒させる。
その痛みに思わずイッテェ!? と声を上げ、反射的に仰向けになっていた体を起き上がらせた。
「ツゥ~……!! 起きて早々にこんなのってあんまりだぞまったく……」
まだ痛みが残る後頭部を抑えながら、それで俺はどうなったんだっけか? とつい先ほどまでの出来事について思い返す。
確か、ダンジョンクリアして報酬を貰ってそれから……
「……異世界、だったか?」
脳裏に思い起こされるのは【異世界への招待状。転移を開始します。よろしいですか? YES/NO】というメッセージ画面。特に何も考えずにYESを連打した結果が今のこの状況であるのだが……
「どうなってんだよマジで」
試しにメニュー画面を開こうと目の前で腕を振ってみたが、ゲームならすぐに目の前に現れるメニュー画面は10秒経っても、1分経っても、我慢して5分待ってみても現れることはなかった。
【元の世界には戻れません。それでもよろしいですか? YES/NO】
「……」
背中にじっとりとした気持ちの悪い汗が流れていくのがよくわかる。それすらも俺にとっては気持ちの悪い、受け入れがたい感覚だ。
何せ、ゲームでは汗なんか流れることなんてなかったのだから。
冗談だと笑えるならばそれでよかったのだが、現状でその域を超えつつある。どこからか運営のスタッフが【新作ゲームの先行体験でした(テヘペロ)】とドッキリと書かれたプラカードでも持ってきてくれないかと、そんな夢を見たくなる。
ハハッ、と引きつったような笑みが思わず零れた。
うまく呼吸ができない体を、まるで生まれてすぐの赤ん坊が動かすような緩慢な動作で地面を掴んだ。
いくらかの砂が指の間から零れていったが、そんなことを気にすることもなく俺は手の中に残ったそれを口の中に放り込んだ。
瞬間
「っ……!?!? ンヴォッォェ……!! ヴェェェッエエぇ……!!」
感じたことのない、何とも言い難い気持ち悪さが体中を駆け巡った。
体は瞬時にこれが食べられないものだと判断して反射で体内から吐き出そうと動いてくれる。
暫くの間、その気持ち悪さとの大乱闘が続いた。
「ヴェェアア……ペッ!! ペッ!! アホなことをしたとは思うが、本当にアホなことをしたなこりゃ!!」
確認するだけならもっと他にやり様はあっただろうに、と未だに口の中に残る気持ち悪さに顔を顰めるが、おかげで大分と落ち着いた。
非現実的なことを目の前にしての行動ではあったが、結果的にはプラス……いや今も気持ち悪いからトータルマイナスだな。土は口に入れるもんじゃない。
しかしこの口の中に残るエグみからわかることもある。
一つ確かなのは、今俺がいるこの場所は先程まで俺がやっていたゲームとは別物であるということだ。じゃなきゃ、こんなリアルな味覚何てすぐに実行されるものか。
よりリアルになったゲームという可能性もなくはないのだが、それならメニュー開いてログアウトだって可能なはずである。ログアウトできないゲームとか社会的にも大問題だし、運営側が何の対策もしないわけがない。放っておけば会社倒産のレベルの不祥事だ。
「となると本当にあのメッセージ通りにリアルの異世界、なんて可能性があるんだが……」
先ほど触れた土や近くに生えたよくわからない雑草。そして見上げてみれば青空と雲が視界の続く限りどこまでも続いている。異世界であるとするならばリアルでもゲームの中でもよく見た光景のそれである。
ビュウッ、と風が吹く。
「……ゲームじゃ、風なんてなかったんだけどなぁ」
もしかしたら、本当に焦った方がいい状況なのかもしれない。
◇
とりあえず最悪の事態を想定しておけば、後々の行動にも余裕ができるだろう。そう考えて俺は異世界へ来てしまったという仮定で話を進めることにした。
まずやることと言えば状況確認だろうか? とにかく、今の俺がどういう状況なのか。それを知っておかなければ後の行動にも支障が出る。
「とりあえず、ゲームで使ってたメニューは使えませんっと」
いくら腕を振ってみたところで慣れ親しんだ画面は出てこない。メニューがなければログアウトもできないうえ、数少ないフレンドのプレイヤーにも連絡することもできない。もちろん運営……GMへの連絡だってそうだ。
「しかし保管庫とマップは使えるときた」
意識をメニューから保管庫に切り替えて腕を振ってみれば、こちらは問題なく保管庫のリスト画面が目の前に出現。中から素材アイテムでもある【純水】を選択してみれば、大きいガラス瓶に入った水が手に出現する。
ゲームではよく見たアイテムであるが、そのデザインやらリアルさがゲームのそれではないことは放っておいて一口呷った。
先ほど土に塗れた口の中が一気に洗われるのがよくわかる。ある程度すすいでは吐き出すことを繰り返してすっきりしたところで残りの水を飲み干した。
「……ガラス瓶は消えた、か」
ただこれがリアルであるならば、瓶はその場に残りそうなものなんだがどうもそういうことではないらしい。ますます意味のわからない事態に頭が痛くなるが、今はそれを無視するほかないだろう。
そして周辺マップも機能はしている。
俺を中心とした半径1kmを表示し、適性反応(モンスター)を赤で、フレンド登録したプレイヤーを緑で、何かイベントやクエストのある場所を青で表示してくれるほか、その名の通り簡単な周辺地図の道や街の場所などが見れる便利機能。更にスキルと併用すれば敵対プレイヤーを黄色で表示してくれたりもする。まぁ気配を消すスキルのレベルによっては無効化されてしまうんだが。
ともかく、プレイヤーなら誰もが持つこの二つについては問題なく使用は可能らしい。
次にステータス画面。
ゲームでは自身の体力ゲージにあたるHPや魔法を使用するエネルギーの残量を表すMP。他にも魔法攻撃や武器攻撃の威力に影響する知性や筋力、また所持スキル一覧などといったステータスが表示される画面があるのだが、これはメニューと同じく見れないようになっていた。
一応自分のことなので見なくても問題はなく覚えてはいるのだが、見れないは見れないで少々不安にもなる。何かメモにでも残せれば残しておこう。
そして装備画面。
身に着けている装備品の着脱や装備品の効果を確認できる画面だが、こちらも使用不可。そのため、装備の着脱も一瞬ではなくリアルと同じように自分で脱いだり着けたりをせざるを得なくなっている。
実に面倒くさい仕様だ。
あとは環境的な話ではあるが……どこかもわからない草原の真っただ中ときた。
マップで確認してみた限り、周辺には適性反応はなし。しかし地図からして少なくとも1km先までこの草原は続いているようだった。
「野宿……は、どう考えても無理だよなぁ」
そういうアイテムがないわけではないが、安全が確保できていると言えない状況での野宿は危険だろう。なら、できるだけ安全な……町や村などの人のいる環境で休むほうがいいに決まっている。
「願わくば、人のいる世界でありますように」
もしくはこれがゲームか夢で、すぐにでも目覚めますように。
当ても目的地もない、行き当たりばったりで適当な方向に向けて足を動かす。
街があるなら、陽が落ちる前には着きたいなぁと、そんなことを考えながら。
その痛みに思わずイッテェ!? と声を上げ、反射的に仰向けになっていた体を起き上がらせた。
「ツゥ~……!! 起きて早々にこんなのってあんまりだぞまったく……」
まだ痛みが残る後頭部を抑えながら、それで俺はどうなったんだっけか? とつい先ほどまでの出来事について思い返す。
確か、ダンジョンクリアして報酬を貰ってそれから……
「……異世界、だったか?」
脳裏に思い起こされるのは【異世界への招待状。転移を開始します。よろしいですか? YES/NO】というメッセージ画面。特に何も考えずにYESを連打した結果が今のこの状況であるのだが……
「どうなってんだよマジで」
試しにメニュー画面を開こうと目の前で腕を振ってみたが、ゲームならすぐに目の前に現れるメニュー画面は10秒経っても、1分経っても、我慢して5分待ってみても現れることはなかった。
【元の世界には戻れません。それでもよろしいですか? YES/NO】
「……」
背中にじっとりとした気持ちの悪い汗が流れていくのがよくわかる。それすらも俺にとっては気持ちの悪い、受け入れがたい感覚だ。
何せ、ゲームでは汗なんか流れることなんてなかったのだから。
冗談だと笑えるならばそれでよかったのだが、現状でその域を超えつつある。どこからか運営のスタッフが【新作ゲームの先行体験でした(テヘペロ)】とドッキリと書かれたプラカードでも持ってきてくれないかと、そんな夢を見たくなる。
ハハッ、と引きつったような笑みが思わず零れた。
うまく呼吸ができない体を、まるで生まれてすぐの赤ん坊が動かすような緩慢な動作で地面を掴んだ。
いくらかの砂が指の間から零れていったが、そんなことを気にすることもなく俺は手の中に残ったそれを口の中に放り込んだ。
瞬間
「っ……!?!? ンヴォッォェ……!! ヴェェェッエエぇ……!!」
感じたことのない、何とも言い難い気持ち悪さが体中を駆け巡った。
体は瞬時にこれが食べられないものだと判断して反射で体内から吐き出そうと動いてくれる。
暫くの間、その気持ち悪さとの大乱闘が続いた。
「ヴェェアア……ペッ!! ペッ!! アホなことをしたとは思うが、本当にアホなことをしたなこりゃ!!」
確認するだけならもっと他にやり様はあっただろうに、と未だに口の中に残る気持ち悪さに顔を顰めるが、おかげで大分と落ち着いた。
非現実的なことを目の前にしての行動ではあったが、結果的にはプラス……いや今も気持ち悪いからトータルマイナスだな。土は口に入れるもんじゃない。
しかしこの口の中に残るエグみからわかることもある。
一つ確かなのは、今俺がいるこの場所は先程まで俺がやっていたゲームとは別物であるということだ。じゃなきゃ、こんなリアルな味覚何てすぐに実行されるものか。
よりリアルになったゲームという可能性もなくはないのだが、それならメニュー開いてログアウトだって可能なはずである。ログアウトできないゲームとか社会的にも大問題だし、運営側が何の対策もしないわけがない。放っておけば会社倒産のレベルの不祥事だ。
「となると本当にあのメッセージ通りにリアルの異世界、なんて可能性があるんだが……」
先ほど触れた土や近くに生えたよくわからない雑草。そして見上げてみれば青空と雲が視界の続く限りどこまでも続いている。異世界であるとするならばリアルでもゲームの中でもよく見た光景のそれである。
ビュウッ、と風が吹く。
「……ゲームじゃ、風なんてなかったんだけどなぁ」
もしかしたら、本当に焦った方がいい状況なのかもしれない。
◇
とりあえず最悪の事態を想定しておけば、後々の行動にも余裕ができるだろう。そう考えて俺は異世界へ来てしまったという仮定で話を進めることにした。
まずやることと言えば状況確認だろうか? とにかく、今の俺がどういう状況なのか。それを知っておかなければ後の行動にも支障が出る。
「とりあえず、ゲームで使ってたメニューは使えませんっと」
いくら腕を振ってみたところで慣れ親しんだ画面は出てこない。メニューがなければログアウトもできないうえ、数少ないフレンドのプレイヤーにも連絡することもできない。もちろん運営……GMへの連絡だってそうだ。
「しかし保管庫とマップは使えるときた」
意識をメニューから保管庫に切り替えて腕を振ってみれば、こちらは問題なく保管庫のリスト画面が目の前に出現。中から素材アイテムでもある【純水】を選択してみれば、大きいガラス瓶に入った水が手に出現する。
ゲームではよく見たアイテムであるが、そのデザインやらリアルさがゲームのそれではないことは放っておいて一口呷った。
先ほど土に塗れた口の中が一気に洗われるのがよくわかる。ある程度すすいでは吐き出すことを繰り返してすっきりしたところで残りの水を飲み干した。
「……ガラス瓶は消えた、か」
ただこれがリアルであるならば、瓶はその場に残りそうなものなんだがどうもそういうことではないらしい。ますます意味のわからない事態に頭が痛くなるが、今はそれを無視するほかないだろう。
そして周辺マップも機能はしている。
俺を中心とした半径1kmを表示し、適性反応(モンスター)を赤で、フレンド登録したプレイヤーを緑で、何かイベントやクエストのある場所を青で表示してくれるほか、その名の通り簡単な周辺地図の道や街の場所などが見れる便利機能。更にスキルと併用すれば敵対プレイヤーを黄色で表示してくれたりもする。まぁ気配を消すスキルのレベルによっては無効化されてしまうんだが。
ともかく、プレイヤーなら誰もが持つこの二つについては問題なく使用は可能らしい。
次にステータス画面。
ゲームでは自身の体力ゲージにあたるHPや魔法を使用するエネルギーの残量を表すMP。他にも魔法攻撃や武器攻撃の威力に影響する知性や筋力、また所持スキル一覧などといったステータスが表示される画面があるのだが、これはメニューと同じく見れないようになっていた。
一応自分のことなので見なくても問題はなく覚えてはいるのだが、見れないは見れないで少々不安にもなる。何かメモにでも残せれば残しておこう。
そして装備画面。
身に着けている装備品の着脱や装備品の効果を確認できる画面だが、こちらも使用不可。そのため、装備の着脱も一瞬ではなくリアルと同じように自分で脱いだり着けたりをせざるを得なくなっている。
実に面倒くさい仕様だ。
あとは環境的な話ではあるが……どこかもわからない草原の真っただ中ときた。
マップで確認してみた限り、周辺には適性反応はなし。しかし地図からして少なくとも1km先までこの草原は続いているようだった。
「野宿……は、どう考えても無理だよなぁ」
そういうアイテムがないわけではないが、安全が確保できていると言えない状況での野宿は危険だろう。なら、できるだけ安全な……町や村などの人のいる環境で休むほうがいいに決まっている。
「願わくば、人のいる世界でありますように」
もしくはこれがゲームか夢で、すぐにでも目覚めますように。
当ても目的地もない、行き当たりばったりで適当な方向に向けて足を動かす。
街があるなら、陽が落ちる前には着きたいなぁと、そんなことを考えながら。
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