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24話 隊長

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 はぁ、幸せだなぁ……。

 気づけば、楽しい楽しい渓流釣りの日から1週間が経過していた。
 そろそろ異世界にも慣れてきたし、これといった大きな問題も起きないし、魚釣りにも行ったし、俺は今、最高のセカンドライフを過ごせている。

 まぁ、ここ1週間のご飯が川魚の塩焼きメインだったのは少し辛かったけど……。

「じゃあシェルヴィ様、行きましょうか」

「うむ」

 俺はシェルヴィ様の左手を取った。

「2人とも気をつけていくにゃ」

「いってらっしゃい……にゃ」

「はい、いってきます」

「いってくるのだ!」

 そして、今日も今日とてシェルヴィ様を学校に送り、新しく確立された普通の日常を満喫する……はずだった。

 それは山の中腹に差し掛かった時のこと……。

「ハ、ハース様……!」

「ん?」

 どこからか聞こえる謎の声。

 あれ?
 今の声、どこかで……。
 え~っと、確か、う~ん、なんか狼の……。

「わ、我ら獣魔隊。
 ふ、再びハース様の元に、つ、仕えたいと、ぞ、存じますガ……あっ」

 ……ガ?
 ガ……ガ……ガ……ガウ……あっ。

「この独特な語尾……フェンリアルか!」

「おいハース、そのふぇんりあるって誰なのだ?」

 まぁ1週間以上も前のことだし、シェルヴィ様は覚えてないだろうな。

「えーっとですね。
 少し前に学校で会った紫髪の女性なんですけど、覚えてませんか?」

「うーむ……。
 少し前だと、我を襲った凶暴な狼くらいしか覚えてないのだ」

「あっ、その人です」

「なんだあいつか」

 シェルヴィ様がフェンリアルを思い出したその時。

「おい、あいつとは何だ!
 あいつとは!」

「おい、落ち着けって!」

 突然真上の木々が揺れ、上から人が降ってきた。

「うわっ、何か降ってきたのだ!」

「シェルヴィ様、早く俺の後ろへ!」

「う、うむ」

 俺の脇腹を掴み、顔だけを出すシェルヴィ様。
 尊い……。

 山道の途中にある少し開けた場所。
 そういえば、ここで初めてフェンリアルに会ったんだっけ。

「あっ、えっと、その、驚かすつもりはなかったガウ……」

「おいフェンリアル、この人は本当にアース様じゃない……のか?」

 俺の髪から足先まで、全身をくまなく見る謎の男。

「違うガウ。
 この方はハースさんガウ!」

「ハース……。
 でもよ、この姿……ほぼアース様じゃねぇか!」

 えーっと、うん、君は誰だろう?
 あっ、もしかして……知り合いの知り合いとかいう全然知らない人が来ちゃったって感じかな。

「ハース様、ぜひ握手をお願いします!」

 いや距離近っ!

「あっ、はい。
 どうもどうも」

 なぜか俺は、突然近づいてきた赤髪の男と握手を交わした。
 なんかライオンのたてがみみたいな髪だな。

「うわぁ……!
 握手してもらっちゃったよ……。
 よし決めた、俺はもう一生手を洗わない!」

 あっ、やばい人だ……。

「レオル!
 まずは自己紹介ガウ」

「あっ、申し遅れました。
 俺はレオルと言います。
 獣魔隊では、前衛を担当しておりました」

 じゅ、獣魔隊……?
 なんだろう、すごく面倒事に巻き込まれそうな名前だ……。

「これはご丁寧にありがとうございます。
 俺はハース、こちらにいらっしゃるシェルヴィ様の世話役を任されております」

「うむ。
 我がそのシェルヴィなのだ」

「はい、よろしくお願いします!」

 あれ?
 意外と律儀で元気のいい若者って感じだな。

「わ、私はフェンリアルガウ。
 お久しぶりガウ……」

「フェンリアル、久しぶり」

「久しぶりなのだ」

「はいっ……!」

 でも、フェンリアルの方は前より緊張しているような感じがする。
 どうしたんだ?

「そ、それで……獣魔隊の隊長に戻る気は、ありませんか?」

「……ん?
 もう1回聞いてもいいかな」

「あっ、もちろんガウ。
 獣魔隊の隊長に戻る気は、ありませんか?」

 あはは、フェンリアルは何を言ってるんだろう。

「隊長に戻る?」

「はい」

「俺が?」

「はい」

 はい、嫌な予感的中っと。
 どうして戻るなんだ?
 獣魔隊なんて名前、今日初めて聞いたのに。

 いやいや、とにかくここはさっさと断ってシェルヴィ様と早く学校に……。

「お願いします!」

 なんか頭下げてきたぁぁぁああ!

「アース様に助けられたこの命。
 アース様の元でアース様のために使うのが、俺の人生だと思っております。
 ですから、どうか、どうか、よろしくお願いします!」

 おいおい待て待て。
 なんかすごく断りづらい空気出来ちゃってないか?

 うーん。
 いや、これならまだギリギリ断れるか。
 ただ、これ以上は流石に無理だぞ。
 神様頼む……。

 しかし、神様は俺をとことん困らせたいらしい。
 レオルが頭を下げた少し後、突然ガサガサと木々が揺れ、多くの人影が上から降ってきた。

「俺からもお願いします!」

「私からも!」

「僕からも!」

 その人たちからは、シマウマ、キリン、ゾウといった、どこか動物っぽい雰囲気を感じる。
 でもなぜだろう。
 そこに猫の姿はない。
 メジャーな動物なのに、不思議だ。

「えーっと、多くない……?」

 しかも、その全員が今、俺に向かって頭を下げている。
 はっきりいって、断れるわけがない。
 こうなったらもう、俺が取れる選択肢はこれ1つだ。

「シェルヴィ様、俺はあなたの世話役であり従者です。
 ここはシェルヴィ様にお任せします」

 あぁ、やっちゃった……。
 でも、すごく楽になったのも事実。
 シェルヴィ様、本当にごめんなさい。

 でも、主従の契約の時みたいな判断は辞めてくださいね。
 俺は心の中でそう祈った。

「そ、そうなのだ。
 ここは主である我が決めるのだ」

 そしてこの瞬間、俺に向いていた全員の頭がシェルヴィ様に移った。

「……うっ、圧がすごいのだ……」

 シェルヴィ様負けないで……。

「うむ、決めたのだ。
 ハースは……」

 シェルヴィ様お願いします。
 俺を救ってください!

「隊長に戻るのだ!」

 うん、知ってた。

「うおおおおおお!」

「ハース隊長っ!」

「ハース様っ!」

 よし、切り替えろ俺。
 俺はもう獣魔隊隊長ハース・シュベルトなんだ!

「じゃあ、改めて俺の口から言わせてもらおうかな。
 今日から獣魔隊隊長になったハースです。
 よろしくお願いします」

「パチパチパチ」

 拍手喝采を受ける気持ちはこんな感じか。
 すごく気持ちいい。

「じゃあ、ハースの主である我の命令も聞いてもらうのだ」

 あれ?

「もちろんガウ!」

「もちろんです!」

 シェルヴィ様の前で跪くフェンリアルとレオル。
 あの~シェルヴィ様?
 もしかして……。

「我とハースを学校まで運ぶのだ!」

 やっぱり、自分の足にした!

「お任せガウ!」

「お任せください!」

 フェンリアルとレオルは、それぞれ狼とライオンの姿に戻ると、俺とシェルヴィ様を乗せ、学校へ走った。

「いってらっしゃいませ!」

「お気をつけて!」

「ハース様好きです!」

「シェルヴィ様最高!」

 こうして俺は、100人を超える獣魔隊の隊長となった。
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