流浪の魔導師

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4章 ドワーフの兵器編 第1部 欺瞞の魔女

227. 斯くして魔女は邪悪に笑う 12

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「むぅ……」

 低くうなるとマベットは目を閉じた。これを容認したらどうなる? どんな事が起こる? 頭の中で様々考える。しかしどう考えても、これは王と王家、そして国にとってはプラスになる事だとの考えに行き着く。しかし反面為政者いせいしゃとして、もっと言えば人としては最悪の決断となる事は間違いない。
 マベットは静かに目を開ける。突如謁見えっけんを求めてきた目の前の男はじっとこちらを見つめながら返答を待っている。両脇と背後を三人の近衛兵に囲まれ警戒されているそのさまは、さながら何かしらの犯罪を犯した囚人のようにも見える。手枷てかせ足枷あしかせが付いているかいないか、その程度の違いでしかないのではないかと。男が囚人の様に警戒されている理由は明白だ。王太子の御前おんまえで万が一中毒症状が出てしまったら一大事、その対応の為に屈強な近衛兵が付き添っているのだ。しかし男はそんな事など全くかいしていない様子だ。真っ直ぐにこちらを見るその目には何の迷いもうかがえない。それは覚悟をしている目だ。それ以外の道はないのだと、その道を進む事をすでに決めてしまっている、そんな目だ。

「ふぅぅ……」

 マベットは重たそうに息をくと「正直、判断しかねる……」とぼそりと答えた。

「殿下……!」

「分かっている。ディルよ、そなたのげんもっともだと思う。えきがある、国にも……そして恐らく、そなたら特務隊にも……いや、これをえきと言ってしまうのは……」

「益でございます。間違いなく双方にとっての益です」

「……だとしてもだ、私の裁量さいりょうでは決められぬ。すでに夜だ、一晩待て。場は用意するゆえ、明日陛下へ謁見えっけんし訴えよ。準備が整ったら迎えを送る」

「……は。それでは明日……失礼致します」

 そう話すとディルは敬礼し、そして三人の近衛兵に囲まれながらマベットの自室を出る。

「さて、どうしたものか……」

 困惑した様子のマベットはため息混じりに呟いた。すると部屋に残ったベニバスは怒りに満ちた様子で声を荒らげる。

「反対ですよ、私は! 隊長の言い分は分かります。彼らの気持ちも……しかしだからといって……」

「うむ……馬鹿な考えは止めろと、本来そう言わねばならぬ所だが……だが状況は確実に悪化の一途を辿たどっている。先の見えぬままただ待たされている辛さも理解出来る」

「……申し訳ございません、我らの力不足でこの様な事態を……」

「そなたらに責任はない、何も気に病む事はないぞ。これはもうある種生き方の……いや、死に方の問題だ。我らドワーフは死にざまを重んじる。如何いかに死ぬか……死にぎわにこそ生きざまが表れると考えるドワーフにとって、これは決してないがしろに出来ぬ問題だ。そこに余人よじんがどこまで口を挟んで良いものか……」

「あり得ません、これでは自殺の手伝いをする様なものだ……一晩待って、彼らの考えは変わるでしょうか……」

 ベニバスはマベットの考えを見抜いていた。すでに夜。とは言えまだ休むような時間ではない。王への報告は出来る。マベットはえて時間を置いたのだ。一晩待つ事で冷静になり、彼らも考えをひるがえすかも知れないと。

「…………」

 しかしベニバスの問いにマベットは答えなかった。答えられなかったのだ。そうなれば良いとは思う。しかしその望みは薄いだろう。ディルのあの目が一晩で変わる事はないだろうと、そう思ったからだ。


 ◇◇◇


「ディルと申したな、さわり・・・は聞いておるが……改めて問う。そなたら特務隊の要望とは何ぞや?」

 翌日。不本意ながら約束通り、マベットはディルをリドーの執務しつむ室に連れてきていた。マベットとベニバスの望みも虚しく、ディルと特務隊の考えは変わらなかったのだ。周囲を六人の近衛兵に囲まれながら、しかしディルは堂々と敬礼するとおくする事なく毅然きぜんとして話し出す。

「は。症状が進み会話あたわぬ者を除き、私は昨日一日をついやし隊員全員と話しました。そして我らの想いは一つであると、そう確認した次第。遠からず消え行くこの命を如何いかに使うか……如何にこの命に意味持たせるか。我ら特務隊の望みは一つにございます。願わくは陛下、是非ぜひ我ら特務隊にマーデイ防衛の任をお与え下さい」

「マーデイの地で玉砕するつもりか? 認めんぞ、そんな事は」

 事前にマベットから概要がいようを聞いていたリドーは、ディルの要望を間髪かんはつを入れず拒否する。しかし当然ディルは王のそんな反応を予想していた。今日のこの謁見は王を説得する為の場であると、ディルはそのつもりで望んでいたのだ。

「陛下、このままでは我ら特務隊は国をむしば病巣びょうそうとなりまする」

病巣びょうそう? 何を言うておる?」

早晩そうばん、我らの置かれている状況は国民の知る所となりましょう。先日の脱走者の件もあります、いつまでも隠し通せるものではございますまい。すれば、恐れながら陛下には世の批判が集まる事となりましょう。何故なにゆえ斯様かように問題のある実験を容認したのかと。イカれた研究者の暴走だと説明した所で、国民が素直に納得するとは思えません。そしてそれは、王家の皆様方の政敵せいてきに口実を与える事になりまする。王権を狙う有力貴族家による反スマド王家の運動を助長じょちょうする事にも繋がりかねません」

 ディルの主張にリドーは軽く笑いながら「無用ぞ」と答えた。

「心遣いは有り難く思う。しかしそれらは我ら王家の者らが請け負うべき心配事である。そなたらは何も気にせず療養を……」

「何を指して療養と申されまするか!」

 しかしディルはリドーの返答に声を荒らげた。

「癒える見込みのない療養など、いばらの鎖に繋がれているのと同義どうぎ! 縛り付けられ身動きも取れず、じわじわと命を削られるのみではございませぬか!」

「何を申すか!」

 ディルの言葉にまた、リドーも強く反論する。

「そなたらを何とか生かそうと、研究者達は日々尽力しておる! 今のそなたのげんは彼の者らの努力を足蹴あしげにするものぞ!」

「無論感謝しております! 先日主任にも話しました、君達には感謝しかないと! 彼らが開発したリ・レゾナのお陰で、一時と言えども中毒症状も抑えられ我らは何とか生き長らえている……そう、生き長らえています……しかしながら…………主任!」

 ディルは突如同席していたベニバスの名を呼ぶ。

「主任、嘘偽りなく述べて欲しい。このまま時を掛けたとして、我らが癒える可能性は……その方策はあるか!」

 ディルから向けられる突き刺さる様な鋭い視線。ベニバスは下を向くとグッと奥歯を噛み締めた。言葉が出ないのだ。「主任!!」と再び強く呼び掛けられ、ようやくベニバスは重そうに口を開く。

「極めて……極めて不本意ながら……現状レゾナブルの中毒症状を治療するすべは……」

 そこまで話すと言葉に詰まるベニバス。自身の発する言葉が特務隊の命運を決めてしまうのではないかと、そう思ったからだ。少しの間ののち、ベニバスは絞り出したかの様な震える声で答えた。

「ありません……」

「陛下! お聞き頂いた通りに! このままでは我らは迫り来る死に飲み込まれるのみ! これがドワーフの死に様とは余りに……余りに救いがございません!」

「現状そうかも知れん! だが先は分からんではないか! ともすれば今日明日にでも解決策が見つかるやも……!」



「我らには時間がないのだ!!」



 苛立ちに焦り……感情のたかぶりからか突如ディルの口調が変わった。それはおよそ仰ぐべき王へ向ける言葉使いではなかった。

「先日遂に部下に死者が出た! これは始まりだ! 時間が経てば経つ程に重度中毒者は増え、同時に死者も増えるは必定ひつじょう! 何故なぜ分かって頂けんのか!」

 興奮したディルは叫ぶように話ながら一歩二歩前へ進む。しかしすぐに周りを取り囲んでいた近衛兵達に取り押さえられた。

「貴様! 陛下に対し何という口の聞き方を!」

 身体を押さえ付けられながら、それでももがく様に更に前へ出ようとするディル。「陛下! 時間がないのです! 陛下!」とディルは悲痛とも思える声を上げる。

「失礼致します!」

 と、突如伝令兵が部屋に飛び込んできた。「何か!」とマベットは伝令兵に問い掛ける。

「は! つい今しがた、地下に収容されていた特務隊に新たな死者が……」

 伝令兵の言葉に思わずベニバスは「くっ……」と声を漏らした。これで場の流れが決まってしまう、そう思ったからだ。

「お聞き頂けましたか陛下! 是非ぜひにご決断を! 我らには時間がないのです!」

 近衛兵を振りほどこうと暴れながら、ディルはリドーに懇願こんがんする。しかし近衛兵達は更に力を込めディルを押さえ付けようとする。



「……離せ」



 静かに響いたリドーの言葉。近衛兵達は思わずリドーの顔を見て、そして次には困惑した様子で各々おのおのの顔を見回す。それは王の身を守るのが役目である彼らとっては理解の出来ない指示だった。

「離して良いと、そう申した」

「……は」

 困惑しながらも近衛兵達はディルへの拘束をいた。掴まれていた肩や腕をさするディルを見ながら、リドーはぼそりと呟く。

「そなたらは……わしの子ぞ……」

 予期せぬリドーの言葉にディルは面食らった。

「国民は皆、わしの子に等しき存在……そなたら特務隊も同様だ。死なせろなどと、そんな悲しい事を申す子に……好きにせよと言える親がどこにおろうか……」

 それはまるで心の奥底から絞り出された様な言葉。まごう事なきリドーの本心だった。どこまでも優しく、柔らかく、それでいてどこかひりつく様な、そんな王のき出しの真心に触れたディルは思わずその場にひざまずいた。

「陛下の深き慈愛に満ちたお心には言葉もありませぬ……しかしなればこそ……なればこそどうか! 子のままをお許し頂きたい、子が親を案じる気持ちを察して頂きたい! 我らは国に、陛下に忠誠をお誓い申し上げた……命尽きる最期のその時まで、その忠誠を体現たいげんしとうございます! ただし悪戯いたずらに玉砕するつもりなど毛頭もうとうございません。実験部隊の名の通り最後までその役目をまっとうする所存しょぞん……我らを存分に使い実験の続きを行って頂きたい」

「待て、ディルよ。実験とは……何だそれは……?」

 ディルの言葉にマベットは思わず口を挟んだ。聞いていない。昨日の時点でディルの口から実験などという話は聞いていないのだ。ディルはひざまずいたまま、そして下を向きマベットと目を合わせる事なく静かに話す。

「広域攻撃魔法……と、申しましたか……それの実験にございます」

 広域攻撃魔法。ディルの発したその言葉を聞いた途端、ベニバスはまるで暴れるがごとく心がざわつき始めるのを感じた。嫌な予感がよぎる。も言われぬ嫌な予感が。

「待って下さい……隊長、それは……」

 ディルはおもむろに立ち上がると、しかし問い掛けるベニバスには視線を向けず真っ直ぐに前を見たまま答えた。

「途中だったのだろう? それの最終実験の。しかし我らの世話・・の為に中断した……君ら第二班の者達には済まない事をしたと思っている」

「いえ、そんな事は別に……」

 困惑するベニバスを余所よそにディルは「ご存知でしょうか陛下」とリドーに語り掛けた。

「開発局第二班には優秀な魔導師がおります。その者の発案、主導で第二班は新型魔法の研究開発を行っておりました」

「うむ……存じておるが……」

「しかし此度こたびの騒動により、彼らはその新型魔法の最終実験の中断を余儀よぎなくされております。ゆえに我ら特務隊はマーデイ防衛の任と同時にその新型魔法、広域攻撃魔法の実験再開の提案と実験への参加を……」

「待って下さい!!」

 たまらずベニバスはディルの話をさえぎり声を上げた。

何故なぜ貴方が我々の実験の提案を……何を考えているんです!?」

 しかしディルはベニバスの問い掛けを無視してリドーへの訴えを続ける。

「陛下、これはマーデイ防衛、魔法実験、そして国の病巣となりる我ら特務隊の処分……それらを同時に実行出来る一石三鳥とも言える策にございます」

「処分だと!? そなた、何を言っておる!?」

 驚きの声を上げながら、リドーはガタッと椅子から立ち上がる。慌てた様子の王とは対照的に、ディルは不気味な程静かに述べた。



「知れた事にございます。敵と交戦中の我ら特務隊を……新型魔法で諸共もろとも吹き飛ばすのです」



 一瞬、場が静まり返った。この男は一体何を言っているのか、誰もが理解が及ばなかった。しかし次の瞬間「ふざけるな!!」と怒鳴り声が響く。声の主はベニバス。ガツガツと靴を鳴らしながら、デルカルは近衛兵を押し退けディルに詰め寄る。

「何を勝手な事を! 我ら二班に同胞どうほう殺しの汚名を着せる気か!?」

 ベニバスに詰め寄られたディルだったが、しかし相変わらず前を見えたまま、まるで何事もなかったかの様に落ち着き払った様子で答える。

「君らではない。彼女だ。彼女が一番上手くその魔法を扱えるのだろう?」

「彼女だと……それは……レイシィの事か!?」

「そう言った」

 瞬間、ベニバスの鼓動はドクンと大きく脈打った。そして無意識の内にディルに掴み掛かった。

「ふざけるな!! あんたは俺の部下を、レイシィを大量虐殺者にするつもりか!! そんなもの承服しょうふく出来るはずがない!!」

 ベニバスに襟首えりくびを掴まれ、激しく身体を揺さぶられ、そこでようやくディルはベニバスに視線を向ける。

「そうか? しかし本人からは色よい返事をもらっているが……?」

「貴様ぁ……話したのか! レイシィに! 勝手な真似を!!」

 激昂げきこうし今にも殴り掛かりそうな勢いのベニバス。突然の事で呆気あっけに取られていた近衛兵達は「何を見ている! 早く止めろ!」と叫ぶマベットの声で我に返り、慌ててベニバスを押さえに入る。と、



「静まれぃ!!!!」



 響き渡る大きな声。場を一喝したのはリドーだった。静まり返る部屋の中、リドーは「ふぅ……」と息をき椅子に腰を降ろすとジロリとディルを見る。

「ディルよ、そなたの要望は分かった。一旦下がり別室で待っておれ」

「……は」

 ディルは素直に従った。敬礼しくるりときびすを返す。が、しかしすぐには動かなかった。その場に立ち止まったまま「済まんな、主任」と自身を睨み続けるベニバスに語り掛ける。

「君に部下がいるように私にも部下がいる。君が部下を想うように私も部下を想う。あいつらの事を考えたら、もはやなりふりなど構っていられない。酷い事をしているという自覚はある、恨んでくれて構わんよ」

 そこまで話すとディルは近衛兵達に囲まれながら部屋を出た。ベニバスはいまだ興奮冷めやらぬ様子で、ふぅふぅと肩で息をしながら無言でディルを見送った。
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